要するにいらないそうです

 能力がないから勇者ではない。

 そう言われた。


「ちょ、ちょっと待ってください!能力ならあるじゃないですか!ほら!」


「落ち着いてください、リュート様」


 俺は必死にステータスを見せるが、イリスの表情は芳しくない。

吊るされた男ハングドマン』の文字は見えていないようだった。


 どうなってるんだ……。

 というかまずい。この流れはまずいぞ。

 強制的に送還されるとかじゃないだろうな……!

 そうしたら……死ぬのか?



「勇者じゃないってことは俺はどうなるんですか!?」


「あ、あの……」


「おい、落ち着け榊。イリスに当たってもしょうがないだろう」


「そうだ!見苦しいぜ?」



 イリスに問う俺を見て、話を聞いていたのか、伊佐山と赤垣が間に入ってきた。

 俺は、無意識に相当な剣幕でイリスに詰め寄っていたようだ。

 周りのクラスメイトからも冷ややかな視線を集めていた。



「なになに?どしたん?」


「いや、なんか榊君能力ないんだって……」


「うえっ!?それで八つ当たり!?ダッサ……」


「勇者じゃないって……確かに影薄かったしな」


「ぶはっ!いやっ影は関係ないっしょ……かわいそ~」



 好き勝手に盛り上がるクラスメイト達。

 交友関係の無さがこんな時に響くなんて……。

 だが、こちらは死活問題だ。ここで見捨てられたら死ぬだけだ。冗談じゃない!



「俺はどうすれば良いんですか!?」


「―――落ち着いてくだされ」



 その一声は威厳に満ち、この間に響き渡った。

 騒がしかったクラスメイト達も声を静め、その人物に注目する。


 イリスの次に紹介された人物。

 ルクス帝国皇帝、ガルシオ。



「不安にさせてしまい申し訳ない、異界の方。実を言うと初めての事ではないのだ。その時の策も講じておる。どうか落ち着いてくだされ」


「……あ、いえ、こちらも取り乱してしまいすみませんでした……」



 周りの状況や皇帝の言葉でなんとか平静を取り戻す。

 だけど、初めての事じゃないって事実は冷静に考えてやばすぎる。

 戦う力のない人間を巻き込んでおいて何度も同じことをしてきたのか?

 俺のことも勇者ではなく、異界の方と呼称が変わっている。

 一連の流れを見て、不安は募るばかりだ。クラスメイトからも顰蹙をかってしまった。

 現状は、何ら好転していない。


 落ち着きを取り戻した場を見て、イリスが話し始める。


「皆様、ステータスの確認お疲れさまでした。どれも強力な能力ばかりで、我々人類の未来を預けるに足る素晴らしいものでした。特にショータ様、シュージ様、ミナセ様、ムツキ様は過去の英雄と呼ばれた勇者様の能力を継承されています!これ以上無い程頼もしい方々です!」


「力になれそうで良かったよ。でも、俺達だけじゃなくて、クラス皆で努力するよ」


「へへっ!まーたカッコいいこと言っちゃってよ!ま、でもその通りだぜイリスちゃん!俺達にどーんと任せちゃってよ!」


「うむ、誰かを守るために磨いてきた私の武技を、惜しみ無く発揮させてもらう所存だ」


「……………」


「って、おいおい!ここは睦月もなんか言うとこだろぉ!?」


「あははっ!木ノ本さんは平常運転だねー!」


「そうだな、でもなんか安心するぜ!」


「うんうん!いつも通りって感じで力抜けちゃうよぉ」



 そんないつも通りのやり取りを見て、クラスメイト達は朗らかに笑い合う。

 まるで、俺の存在を忘れたかのように。


 なんだよ……これ。



「それでは、皆様にはこれから一年間、この帝城にて訓練を受けていただきます。座学、戦闘術、実戦など様々なものがあります。ですが!今はその事はお忘れください!この後ささやかな歓待の宴をご用意しております!その後、一週間はこの世界に慣れていただけるような期間にしたいと思っています」


「おお!まじかよ!俺観光行きてぇ!翔太!一緒に行こうぜ!」


「秀二、気が早いよ」


「異世界の武術……是非とも学びたい」


「異世界の料理とかめっっちゃ興味ある!あ~スマホ使えたらなぁ~」


「猫耳の女の子とかと一緒に遊びてー!」


 

 これからの生活への期待で胸を膨らませる一同は、騎士達に連れられるようにして宴場へ向かう。


 俺は思い足取りでその後を続く。

 そこへイリスが声をかけてきた。



「リュート様、すみませんでした。心細い思いをさせてしまいましたね」


「……いえ」



 空っぽだ。形だけの謝罪であることが一目でわかる。イリスの眼は、俺の価値を写していない。



「ですが、リュート様に意思がお有りでしたら、まだ出来ることがございます!帝国としても、是非とも協力していただきたいことなのですが……」



 ああ、わかった。

 皇帝ではなくイリスが俺達の歓迎を行った理由が。

 人を操る魔性なのだ。この女は。美貌を、仕草を、声音を使い掌握するのだ。

 自覚が有るかはわからない。だが、彼女は劇毒だ。蝕まれて溺れる。



「ここにいて、俺に出来ることはないんですよね……?」


「残念ですが……」


「わかりました。是非協力させてください」


「本当ですか!?ありがとうございますっ!それでは、明日一日はゆっくりと身体をお休めください。リュート様には明後日からご協力いただきます!」



 あのクラスメイト達といるよりはマシだろう。


 俺は宴会には出なかった。





■   ■   ■   ■





 異世界召喚の翌日。


 俺は帝城の書庫に向かっていた。

 クラスメイト達は、揃いも揃って城下の帝都へ観光に行ったそうだ。

 得体の知れないモノ達との戦闘に繰り出されるというのに呑気なことだ。



 書庫に入ると、先客がいた。


 木ノ本睦月だ。



「……木ノ本か」


「……榊…」



 木ノ本は呟くと、自分の隣の椅子を引いた。

 ここに座れと言うことだろう。

 木ノ本の隣は、高校の図書室での定位置である。

 何故か気まずさを感じながらそこへ座った。



「……お前は行かなかったんだな」


「本……読みたかった。魔王とか、魔族とか、魔物とか……そっちは?」


「行けると思うか?」


「……ごめんね」


「なんでお前が謝るの?」


「………庇えなかった」



 いや、天使か。

 

 木ノ本とこうやって話すようになったのは偶然だった。

 たまたま頑張った古文のテストで木ノ本より良い点を取った。

 その時期、丁度図書室で会い、教えを乞われやることもなかったから教えた。それだけだ。

 

 それから、本の趣味が合うことや無言が心地良いと思う同士でちょくちょく絡むようになった。



「……榊、これ……」


「何これ?」


「御守り……ごめんねの代わり」



 いやだから天使か。

 

 青く輝く水晶のペンダントのようなものを貰った。



「私、『魔術創造クリエイト』って能力だったからそれで作った……割れると魔法が発動するようになってる」


「スゲーな、もう使いこなしてるのか。……ありがとう、大切にするな」


「ん」



 そこから暫しの沈黙。書庫に静謐が満ちる。

 だが、とても心地良い沈黙だった。

 

 すると、木ノ本は綺麗な黒髪を揺らすと俺に目を向ける。



「………榊は、これからどうするの?」


「……なんか、俺にも出来ることがあるんだと。クラスの奴らと一緒に何か出来る気もしないし……でもなにもしないのもな」



 一応、命を繋いで貰ったのは事実っぽいし。

 恩を仇で返すような真似はしたくなかった。



「……なにか、手伝える?」


「いや、木ノ本は訓練があるだろ。なんか凄いんだろ?お前の能力。……頑張れよ」


「………そっか」



 そこから会話はなかった。

 居心地良く感じていた沈黙がむず痒くなり、俺は席を立った。



「……もう、行くの……?」


「ああ、その出来る事ってのが明日かららしいんでな。早めに休んどく」


「…………残れば?」


「……やっぱ、嫌な予感する?」



 木ノ本は答えない。だが、沈黙は肯定だ。



「もともと死んでた命だ。……怖いけどな」


「……………」


「じゃあな」



 木ノ本はまた答えなかった。




■   ■   ■   ■






 木ノ本と書庫で話した翌日から俺は途轍もない速さで走る馬車に乗っていた。


 今日で、一週間が経つ。

 馬車の御者を努めている帝国の騎士の話では今日には目的地に到着するらしい。



 そして徐に馬車のスピードが落ち始めた。



「着いたぞ、降りろ」



 初日にはあった勇者に対する畏敬の念など感じられないおざなりな言葉遣いで騎士が言う。


 馬車を降りると、薄暗い鬱蒼とした森の中だった。



「あの……ここは?」


「魔族領だ」



 あーはいはい。やっぱり。お決まりだよな。


 ……死ぬのか、俺。



「お前に与えられた役割は、奴らの油断を誘うことだ。勇者召喚が失敗したのだとな。お前の死体を見れば、奴らの行動も一足遅れになるかも知れんとのことだ。まあ、それがなくとも一人の人間を賄うのもそれなりの金が必要だからな。要は――――」


「厄介払い、だろ」


「ははっ、御愁傷様。無能はいらないんだと」


「……ふざけんな、勇者とか魔族とか、知るかよんなもん」


「お前が生き残ったら聞いてやるよ」



 騎士はそう言うと、皮の水袋を俺に向かって放り投げた。



「じゃあな、勇者もどき」



 こんなこと言われる程この騎士と関わったことはない。大方あの皇女がなにか言ったか。


 走り去る馬車を見ながら大きなため息をつく。


 異世界に来てから八日。

 元の世界の日付から数えると、



「最悪の誕生日だな、クソが」



 俺は木ノ本に貰ったペンダントを握り締めた。

 

 ただで死んでやるものか。足掻いてやる。


 出来ることなどない?

 いや、ある。あるんだ。

 

 俺の、『吊るされた男ハングドマン』の直感が頻りに脳内で囁くのだ。



『試練を開始します』


 

 この森に入った時から、五月蝿いくらいにそう告げるのだ。



 

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