第22話 化石を掘る

 化石から、その生物が生きていたときの姿を復元する。

 そのために、つるはしとスコップとのみを使い分け、ていねいに化石を掘り出す。

 そして、そこに、「がらんとした空」ではなく「厚い立派な地層」が埋まっていることを証明する。

 校本全集の作業って、つまりこの「大学士」の作業だったのだな、と思います。

 インクの色、どちらが上に重なっているか、消しゴムで消したところには何が書いてあったか、綴じあとがあるのは原稿の何枚めから何枚めまでか、原稿に折った痕があるのは……と「化石」を掘っていく。

 どうしてそこまでするのか?

 その答えは、やっぱり「証明するにるんだ」だったでしょう。

 校本全集の作業は、比喩ひゆ的に言うと、それまで「がらんとした空」しかないと思われていた場所に「立派な地層」があることをはっきりさせました。

 「銀河鉄道の夜」のばあい、「最下層」の地層は「青い橄欖かんらんの森」(橄欖はオリーブ)と孔雀くじゃくの場面からブルカニロ博士との別れまでが残っていて、ほかの部分は残っていません(第一次稿)。途中で紹介した菊池武雄たけおの回想から、この段階でも「ケンタウル祭の夜」の場面はあったと思われますが、それそのものは現在は残っていません。

 その上の地層は、車掌が「切符を拝見いたします」とやって来る場面から、第一次稿と同じところまでです。ここでは途中で乗り込んでくる姉弟の姉は三人でした(第二次稿)。

 その上の地層で、現存するケンタウル祭の夜の場面から、やはりブルカニロ博士との別れまでが残っています。ここで姉弟の姉が一人になります。

 そして、最後に「堆積たいせき」した地層が「黒インクによる手直し」ということになり、ここで「午後(午后)の授業」から「家」の場面までが書き足され、さらに、現在の結末部分が書き足されました。そのかわり、この段階でブルカニロ博士はいなくなり、ブルカニロ博士の分身(アバター?)と思われる人物や、博士が物語に介入してきているらしい描写などが削除されます(第四次稿)。

 校本全集まではこの「地層」の構造がわかっていなかったので、「地面から見えている部分」のすべてを「銀河鉄道の夜」として採録して本文が決められていました。

 その「地層」を明らかにしたことで、「賢治がその生涯の最後に書いた原稿」が確定できたのです。

 骨になって、原形をとどめていないような「化石」から、賢治が書いた最後の内容、書きたかった内容を確定したのです。

 こういう作業を、童話も詩も、賢治のすべての作品について校本全集では行いました。たいへんな作業量です。

 その作業の中心にいたのが、天沢退二郎さんと、やはり詩人の入沢いりさわ康夫やすおさんでした。

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