2 これはこれで


 この世界には、不思議な力がある。

『わたしたち』で言うところの、超能力。サイコキネシス、テレパシー、千里眼、予知にテレポート。様々な能力がこの世界では散見され、また、あらゆる場所で活用されている。

 この世界で超能力とはとても身近なところにあって、『これ』はそんな世界でのお話なのである。


 時折、どういうわけか、とっても強い力を持って生まれてくる子がいる。

 そんな子たちを養育する施設ーー『聖ケデル学園』が、わたしのバイブルである『壁を乗り越える。恋をする。』というゲームの、舞台となるわけで…………。


 ……そこで、ヒロインが学園生活を謳歌したり、能力を磨こうと奮闘したり、攻略キャラたちといちゃこらしたりすることもある、がちがちの乙女系鬱ゲーな、わけ、で…………。


「…………」


 鏡台の前に立つ。

 相変わらず、部屋はがらんとしていて、わたし以外に誰もいない。

 目の前の人間も、変わらない。腰まで届いた金色の髪。大きく丸い碧眼。透けてしまいそうなほど、真っ白な肌。日本人とは程遠い、そんな顔……。


「はあ……」


 憂いを帯びた顔がまた芸術的だなんて、他人事な感想。しかし気分は上がらない。この顔が自分のものだという感覚が、とんと湧かないからなんだろう。


 壁を乗り越える。恋をする。

 わたしたちの世界では一世を風靡したと言っても過言ではない乙女ゲームだ。発売当初、乙女ゲームマニアの間で電撃が走ったと言う。

 何がすごいって、乙女ゲームだというのにいちゃこら展開は程々に、鬱要素をふんだんに取り入れたという点がやばかった。

「え、何これまじ?」「普通にやってたらバッドエンドになったんすけど……」「ガゼットくん強く生きて(´;ω;`)」「スタッフは我らに恨みでもあるのか」などなど、ネット上では相当な言われようだったと言う。


 そんな鬱要素の半分くらいを担当していたのが、『フレデリカ・アプリコット』という人間だ。


 頭が良くて運動神経抜群で、さらには顔まで良いときた。お父上は国軍の偉い人。まあとにかく、何でも持っているような人で、唯一の欠点は、その性格。

 これがまあ、すごい。

 何がとは言わないが、いろいろすごい。

 とにかく、主人公が気に食わない。どうにも癪に障る。それだけの理由で、手を替え品を替え、ありとあらゆる悪行の限りを尽くした。

 編入してきたばかりの主人公を孤立させることは勿論、本人を目の前にしての陰口は当たり前。攻略キャラを寝取ろうとしたり、金に物を言わせて主人公に暴行を加えさせたり……すごいのが、本人は一度も、直接手を下していないことである。


 とにかく極悪。

 悪魔が人間の格好をしているだけーーとは、一プレイヤーの言だ。


 そういう悪役キャラには、当然ながら天罰が与えられるものだ。お約束、というやつである。

 彼女の最後は、だいたいのエンディングで共通している。


 共通項、すなわちフレデリカの死。


 自殺、他殺、事故に病気。死因はいろいろとあるものの(なぜだかバリエーションには事欠かない)、ハッピーエンドでは必ず、フレデリカは死んでしまうのだ(ちなみに、トゥルーエンドやバッドエンドなどでは、フレデリカが死ぬこともあれば、主人公や攻略キャラが死ぬエンドもある。戦争エンドもある)。


 フレデリカが、死。

 そして、フレデリカはわたし。

 今のわたし。

 つまりわたし is フレデリカ。

 わたし=フレデリカ。

 要するにわたし=死。


「うわぁぁぁぁぁぁあぁぁあぁあ!!」


 堪えきれず、わたしは目の前の鏡に頭突きをしてしまっていた。

 甲高い音を立て、鏡にひとつ亀裂が走る。次いでやってくる疼痛。


 痛い。

 ずきずきする。

 ということは、夢ではないということだ。

 痛い=not夢。

 わたし=フレデリカ。

 わたし=死。

 つまり、夢じゃないから、つまり。

 わたしがフレデリカなことは間違いなくて、わたしはどういうわけだかフレデリカになっていて、その是非はともかく、大事なのはわたしがフレデリカなことだから、つまり、近い将来、ーーわたしは死ぬわけで。


「……なんということだ」


 割れた鏡の向こうで、やはり人形のような顔をしたわたしはつぶやいた。

 頭から血を流していたわたしは、やっぱり惚れ惚れするような美少女だった。


 ……これはこれで(なんて、思っていないよ! 切実なんだから!)

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悪役令嬢として破滅フラグを回避したいのだけど、歴史の修正力が邪魔をする @sssssssATI

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