第十一界—6 『地球ノ鎧』
——
「お……大分改造しやすそうなバイクだな」
「見てすぐにそれ言うんだ……つい最近までヒーローへの憧れはもう無いとか言ってた奴だとは思えないよ」
「……だな」
階段の下まで降りてみるとそこには啓示が居て、そしてその横には丸目のヘッドライトを持つ細めのバイクが停められていた。
「それで、なんで啓示にバイクを持ってこさせたんだ?」
「夜空をぶち抜いてその上に行く為だ……それにお前、バイクは好きだろ?」
「まぁ……そりゃな」
ヒーロー好きでバイクが好きじゃない奴なんてそうそういない。
「それじゃあお前……朝日の友達、このバイクはもう2度と帰ってこないかもしれないが……それでもいいか?」
「流石にそれはまずいだろ」
「まぁいいよ。さっきの流星群に吹き飛ばされた事に出来るし」
「いいんだ……」
「それが朝日の役に立つなら……あぁでも……」
啓示は1度言葉を詰まらせ……バイクの左側のサイドミラーに映る自分の顔を見つめて、次に右側のサイドミラーに映る俺の顔を眺める。
「ヒーローに憧れ続けてくれるよね? たとえなれなかったとしてもさ」
「それはもちろん……けど俺はお前の友達の朝日じゃない……ただの模倣品、偽物の朝日だからな」
啓示がヒーローに憧れていてほしいと願う対象の朝日はあくまで本物の朝日……だから俺は違う……俺がヒーローへの憧れを持ち続けようとそれは啓示にとって何の意義もない。
「偽物……? まぁ……よく分からないけど構わないよ。君という模倣品がヒーローへの憧れを持つならさ、朝日がヒーローへの憧れを取り戻すかもしれない……そういう希望になってくれるだけでもいい。それが僕の理想だから」
「……理想か」
理想……今の俺には他の何よりも重たい言葉であった。
本物の朝日を生かしたいとあうナイトの理想、本物の朝日にヒーローへの憧れを取り戻してもらいたいという啓示の理想……それらを守る為にこれから俺は俺自身の理想——白波からの憎悪を受ける事を否定しに行く。
「それで……バイクは使わせてもらえる事になったけどどうやって空の上に行くんだ?」
「決まってるだろ。上がるんだよ」
「いやだからその方法ッ——」
若干呆れながらあの崩壊した世界へ戻る方法についてナイトに問おうとした……その時だった。
「うぉッ……またか!」
衝撃音が轟き、大地が激しく揺れる。
そして空を見上げると案の定夜空からは漆黒の雫が落ち……巨大な落石となって地上に向かい降り注いでいた。
「今だ朝日行くぞ! 俺達が地上に落ちたのはあの夜空が不安定になり柔らかくなった事、そして今こうして雫となり降り注いでいるのはあの時以上に! 壊れてしまう程に柔らかくなっているからッ……つまり今ならその上に昇る事が出来る!」
「それは分かったッ……けどどうやってあの位置まで行くっていうんだよ……!」
「こうするッ……!」
ナイトは言葉ではなく動作で俺の問いに答えようとする。
俺と共にアーマードナイトになる時の様に自らを分解、変形し……そして——
「アーマードナイトッ……ライドバイクモード!」
「なっ……許されるのかこれ……!?」
「凄いのぶっ込んでくるね……」
バイクに鎧として纏わり付き、アーマードナイトバイクモードへと姿を変える。
車体は紺色の走行に覆われており、丸目のヘッドライトを囲むようにして三日月型の……黄色く輝くバイザーが正面に設置されていた。
「さぁ乗れ朝日! この不安定になっているタイミングを逃し、次の不安定になる時が来ればその時こそは夜空が崩壊し、地上の全てが押し潰されかねない!」
「……分かった!」
色々思うところはあったが威勢よく返事をし、バイクに跨りハンドルを強く握り締める。
世界の危機が迫っている状況で不謹慎かもしれないが……正直今、俺はバイクに乗った瞬間心を躍らせていた……高揚感と幸福感に心を包まれていた。
「じゃあ……頼んだよ朝日!」
「任せろッ……ゼァァァ……!」
息を吐く様に、いつも戦う時の掛け声をわざと……自分自身で模倣する様にして唸る。
鼓膜を叩き付ける衝撃音を遮断し、ただただまっすぐ、階段のその先の夜空……更にその向こう側に意識を向け……そして——
「行くぞッ……ナイトォ!」
「突っ走るッ!」
アクセルを回し、初めから最大速度で発進……階段の上を駆け上がらせる。
自身の足で登っていた時とは段違いの速度で上がる……夜空が迫る。
「展望台の上には乗り上げずに飛ぶぞ朝日!」
「分かった……!」
アクセルを回したままブレーキを踏み……前のめりになる。
バイクのマフラーは赤い輝きを纏い始めた。
急停車したバイクは強く、大きく震え……そして。
「昇ッ……れぇぇぇえええ!」
「空を駆けるぞ……!」
ブレーキから足を離し、身体を持ち上げハンドルを強く引っ張り上げた瞬間、バイクは高く舞い上がり……そしてマフラーは後方に向かい赤い輝きを光線の如く解き放ち、その反動により飛翔する——
——
「あ……また地面柔らかくなってきた」
太陽が沈んだ後、灰色の……夜空の上の世界。
満天の星の下、その中の橋の上……その端にて、白波は地面にゆっくりと沈む両足を見て呟く。
「この沈む感覚あんま好きじゃないんだよな……動いたら勢いよく沈んじゃうし」
不満げに、誰に聞こえるわけでもないのにわざと大きな声で独り言をしていた時だった。
「私を纏え」
「君も喋れてたんだ」
もう現れないと思っていたはずの緑の煙が私の身体から出てきて、鋭い目と口の様な3つの空白を……顔の様な物を作り出してから語り掛けてくる。
緑の煙は今まで1度も喋ったりなどした事は無かった……が、ナイトとバトラーの様な鎧が会話するのだからアーマードハデスの鎧となるこの煙が喋るのは当然だった。
「私を纏えって……もうこの模造品の世界に朝日は居ない……私達が鑑賞する事は出来ない。だからもうアーマードハデスなんていう朝日を殺す為の鎧は要らないんだよ」
「いいや、朝日 昇流は来る……だからアーマードハデスは必要」
「来るってどうやって……」
私にまた朝日への殺意を強要しようとする緑の煙に対して苛立ちと呆れの混ざった様な声で問いかけた……その時だった。
「ゼッ……ァァァア!」
「なっ……!?」
突然住宅街の方の道が隆起し、そして突き破って夜空色の鎧を纏うバイクが……そしてそれに乗る朝日が姿を現す。
「よっ……と、ちょうど地面が安定したみたいだな」
「解除ッ……!」
元の硬さに戻った地面にバイクを着地させた後、朝日はバイクから飛び降り……バイクを覆っていた鎧は勢い良く弾け飛び……そしてナイトに姿を戻した。
「なんで……なの?」
私は喉を震えさせながら、拳を握り締めながら問いかける。
一体何故……どうして帰ってきたのか、どうして私の前に姿を現したのか……どうして、どうして——
「どうして私に殺されたがるの!?」
「それがあの日……本物の白波が死んだあの日からの朝日 昇流の理想だからだ」
朝日は物怖じする様子は無く、真っ直ぐとこちらを見つめそんなふざけて言葉を返してくる。
「……けど」
朝日は一瞬夜空を埋め尽くす星々を見つめてから私の方へと……私と緑の煙へと視線を向け……そして。
「お前には殺させない……俺を殺すのは俺だ」
と、そう迷う素振りは一切見せずにその言葉を口にする。
朝日 昇流の理想が緑煙 白波に殺される事であり……緑煙 白波の理想が朝日 昇流を殺さない事であると理解しながら、自分の理想を否定しながら言う。
「そしてその前に……俺を殺し、この夜空の世界を終わらせるその前にッ……!」
朝日は橋に足を踏み入れ、ナイトは何も言わないまま朝日の後ろを着いていく。
「アーマードハデスを……この世界の白波を終わらせる!」
「……へぇ」
朝日の心を縛り付けた橋。
その両端に2人は立ち……対峙する。
そして、両者の背後にはナイトと緑の煙、アーマードの鎧となる者達が浮かび……互いが互いを強く睨み合っていた。
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