第十一界—5 『地球ノ鎧』


「でもなんでだ? 地球を守る為だけならあの世界を作る必要は無かっただろ」

「囮だ。流石に何も無ければワールデス達も気が付くだろ」

「それは……そうか」


 ワールデス達はナイトの事を知っている。

 ナイトが来ているのだから夜ノ開界と少し能力が違ったとしてもナイトが何かをした……そう考えてもおかしくはないという事なのだろう。


「それにあれは副産物、意識しなくても勝手に作られる」

「副産物……?」

「夜、それは精密な心を持つ——不幸を感じる生命体……地球で言えば人間の眠る時間だ」


 昼夜逆転している人の話はよく聞くが……まぁ大抵の場合はそうだろう。


「そして眠る時、その心は何を見る?」

「……夢を見る」

「そう夢だ。あの世界は夜……眠る時の副産物である夢——それを地球の鎧の上に現実の物として実体化させた物だ」

「あッ——そういう事かッ……! あの世界は崩壊していたんじゃなく夢だから曖昧だった……上手く模造し切れていなかったのか」

「そういう事だ」


 崩壊した世界を見ていた時、物体が破壊されたというよりも形を歪められていた様になっていたのもそれが……上手く模造されなかった事が理由なのだろう。


「……誰の夢なんだ?」

「薄々勘づいてはいるだろ」

「……」


 ナイトの言う通り誰の夢なのかはなんとなく……確信出来ている訳では無いが分かっていた。


「俺か」


 それが正解なのならば様々な事に説明が付く。

 俺の夢だから俺にとって印象深い事が鮮明に、精巧に作られたりしている……という事なのだと分かる。

 俺の自宅だけが崩壊していなかったり、何故か高校に小学校の教室が存在したり、花屋に並ぶ花の中であの菊だけが色を持っていたり……黒姫があの世界に存在していたのも直前に印象に残されたからだろう。


「それと地球だな。アーマードナイトの変身者であるお前とあの鎧に覆われている地球の夢……記憶を元に作られている。まぁ説明しなきゃいけないのはこれくらいで終わりだな」

「……」

「どうかしか?」


 考え込むようにして、少し大袈裟に悩んだフリをする。


「……本当にそれだけか? あの世界は夢を象るだけ……なのか?」

「何が言いたい」


 夢……それは心が映された事——なのならば、夢が実体化させられるだけでなく……


「俺の理想を叶える……そんな世界になっているんじゃないか?」


 アーマードハデスが繰り返し言っていた”朝日の理想”……その言葉を思い出しながら問いかける。


「……」

「正解……なんだな」


 ナイトは何も言わず……ただ沈黙を貫こうとする。

 その静寂が肯定を意味している事は明らかであった。

 本当の事を言えば否定してほしかった。

 きっぱりと、そんな事は有り得ないと……だがそんな思いに反してナイトは沈黙を破り……また語り始める。


「お前は6年前のあの日からずっと白波は自分を憎んでいると、殺したいとさえ思っているだろうと……そう考えていたな?」

「まぁ……そうだな」

「そしてそれを自分への戒めにしていた……けどな、いつのまにかそれはお前にとって在るべき事……理想となっていた」


 その言葉は重たく、声は冷たく……ナイトの語る姿は冷徹に感じられた。


「お前は罪を背負える程心が強くない……だから白波からの憎悪を仮想し、ヒーローへの憧れを封じる事を贖罪とした。そのせいでハデスの鎧はお前への殺意を白波に強要する。お前を殺したくないのに……全くもって恨んでもいないのにな」

「ッ……」


 何を、どう言えばいいか分からない。

 反論しようにも、同意しようにも……何も言えない。

 自分のこれまでの言動に胸が締め付けられる……血の気が引いて身体がふらつく、全身が微かに震える。


「……これ以上この事について追求するのはやめた方が良さそうだな」

「そうしてくれると有難い……」


 ナイトは気を遣った様に、少し気まずそうに言う。

 これまで俺という人間の根底には白波に憎しみを抱かれているという前提があった。

 そしてそれを生きる為の支え、罪の意識を薄れさせる為に利用していた……だが、今この瞬間、その支えは完全に崩れ……それどころか今の白波に対する負い目、新たな罪悪感が芽生えてしまう。


「じゃあ今度こそ終わり——」

「俺も模造品なんだろ」

「……」


 ナイトは俺の問いかけにまた黙り込む。

 俺はあの世界でアーマードナイトとして戦っていた。

 だがその期間にも俺はこの普通の世界で生活していたらしい。

 そんな2つの相反する事実——それを矛盾させなくさせる為にはあの世界に作られた物……者達と同じ様に俺もナイトに作られた模造品であると……そう考えるしかなかった。


「そしてワールデスの世界が閉じるのはワールデスが死んだ時——だったらあの夜空を消すにはアーマードナイトが……俺とお前が一緒に死ぬしかない……そうなんだろ」


 ナイトが大切に思っているのはあくまで本物の朝日 昇流であって俺ではない。

 だから俺が死ぬ事は大した問題じゃないのだろう。


「……頼む」


 ナイトは1度迷った様に視線を泳がせ……それから真っ直ぐと俺を見つめてから言う。


「もうあの夜空に……崩壊世界に限界が来ている。さっきの流星群どころの事態ではなくってしまう……だから、その前に、それに朝日が巻き込むれて死んでしまう前に俺と一緒にッ……アーマードナイトとして死んでほしい」

「……分かった。死んでやるよ……アーマードナイトとしてな」


 それだけ言って、ナイトの願いに応える事を宣言して立ち上がる。

 だがアーマードナイトとして死ぬ事……それが崩壊世界を終わらせ、この世界を救う前にやらなければならない事がある。


「でもまだ死ぬ訳にはいかないんだろ……アーマードハデスは俺を、いや朝日 昇流を殺そうとする。だからアーマードハデスを倒してから死ななきゃ本物の俺を殺そうとする」

「……それどころかあの世界からの制御を失ったアーマードハデスが何をしでかすか分からないな」


 どうせ死ぬなら世界を救って死にたい……ナイトが守りたいと願う本物の朝日を守ってからこの命を散らしたい。


「なら殺すしかないよな……白波を」

「……それじゃあ降りるぞ」

「えっ……夜空の上に行くんじゃないのか?」

「その為に降りるんだ」


 ナイトは俺に背を向け階段の方へと向かう。


「……分かった」


 これからどうやってあの世界に戻るのか……それは分からないがナイトを信じるしかない。

 だからその背を追いかけ階段を下る。

 これから世界と本物の朝日を守る為に……自らを殺す為に。

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