第十一界—4 『地球ノ鎧』


「話は早いって……その言い方じゃ本当にお前が……」

「あぁそうだ。あの崩壊した世界も、夜が永遠に続く事もこの夜空の流星群も……全て俺のせいだ」


 ナイトは開き直った様に、一切悪びれる様な様子を見せずに語る。

 だが今気になるのはそんな事じゃない。

 ナイトのせいなのか……とかじゃないし、ましてや厳密に言えば夜ノ開界でもない事に関してでもなく——


「……ちゃんとした理由があるんだよな?」


 それだけが気になっていた。

 もうこの状況がナイトのせいだという事は分かりきっている。

 だから、せめてナイトがこの状況を作り出した事に真っ当な理由があってほしい……俺はそう望み、そして問いかけていた。


「当然だ」

「ちゃんと説明してくれるよな……今回こそは」

「勿論そのつもり……だがその前にそこのお前」

「えっ……僕?」


 気まずそうにして少し距離を取っていた啓示にナイトは声をかける。


「階段の前まででいいから今すぐバイクを持ってこい。家に無いのなら盗品でいい」

「えぇ……兄さんのならあるけど……」

「ならそれは持ってきてほしい……お前も自分の世界が滅びるのは嫌だろ」

「……分かった」


 啓示はしばらく迷った様に目を泳がせた後……破壊された街を見てから了承の返事をし、階段を駆け下りていく。


「さてと……何から話そうか……時間は無いが全てをお前に明かさないとならない」

「とりあえず時系列順にして話したらどうだ? それが1番話しやすいだろ」

「それが良さそうだな……少し長くなるかもしれないから座っていいぞ」

「おう」


 ナイトの提案通りベンチに腰掛ける。


「それじゃあまずは……俺がこの地球——いや、この地球が存在する世界線に来た所の話から始めよう」


 ナイトはそう言ってかつての事……そして今に至るまでの事を語り始める——


「俺はナイトワールデスとして自身の世界を広げる為、世界の外からこの世界線へと飛び込んだ。いつもの様にな……だがそのにイレギュラーが発生した」

「イレギュラー……?」


 言い方からして何かしらの異常事態の事だろうか。


「世界が新たに作り直されたんだ」

「世界が……作り直される……」

「世界が作り直された事の詳細、原因だとかは俺も知らない……だが世界線に飛び込む時、時空の歪みみたいな物に一瞬だけ入る事になる」


 そういえばフラワーワールデスが同じ様な事を言っていた気がする。

 無数の球が浮かんでいてそれに触れたら世界に入れる——とかなんとか。


「ワールデスならそのくらいの歪みなんて大した事無かった——のだが、世界の作り直しにより一瞬だけ歪みが強くなった。そして飛び込み、歪みと接触する一瞬と歪みが強まる一瞬が重なってしまったんだ」


 ナイトはアーマードナイトの拳の部分だけを作り、その両手を重ね合わせながら語る。


「つまり……強大な歪みに巻き込まれた——そういう事か?」

「あぁそうだ。そしてそれが原因で俺は肉体を失い、魂——いやエネルギーだけの存在となった」


 ワールデスの強靭な肉体を失った時点でナイトはもうナイトワールデスは無くなったのだろう。


「そして俺は消えそうになりながらこの地球に漂着し……そして器を求めた」

「器……代わりの肉体か」

「あぁそうだ。贅沢は言っていられないからどんな粗末な物で良かったんだ」

「ゴミでも?」

「ゴミは流石に」


 消えそうになっているとはいえ流石にゴミは選ばなかったか。


「で……結局何を選んだんだ?」

「……」


 話が脱線しそうになっていたので会話の流れを元に戻す為に問いかける。

 するとナイトは1度柵の向こう側の俺の家に視線を向け、それから俺に移し……そして。


「お前が子供の頃にダンボールで作った鎧だ」

「……え?」


 そんな予想外の解答を答える。

 何故俺が子供の頃にヒーローへの憧れを擬似的にでも叶える為に作ったあの……まさしく粗末な鎧にわざわざ入ったんだ……?


「鎧ってのは内に命を内包する物だからな、丁度良かったんだ」

「……いつだ? いつあれの中に入ったんだ?」

「10年くらい前だったはずだな」

「10年前って……」


 俺がヒーローへの憧れを拒絶してあの鎧を使わなくなったのは6年前……という事はつまり。


「あの頃の俺はお前を纏ってたって事か!?」

「そうなるな……」


 ナイトは俺の驚愕を示す言葉を聞いて、微笑む様に目を細め、何処か懐かしむ様な視線を向けてくる。


「最初はなんでこの俺が人間如きの……それも子供の鎧として使われなきゃいけないんだとか思ってた……けど」

「けど……?」

「気が付けばお前のヒーローに憧れる姿を見て楽しくなっていた……お前が無機物のはずの鎧にヒーローの事を語る姿を微笑ましく思っていた」

「……懐かしいな」

「でもお前は突然……あの日から俺を使わなくなった」


 あの日——というのはおそらく6年前の白波が死んだ日の事だろう。

 それ以来、俺は地下室にあの鎧を……ナイトを閉じ込め続けて……


「理由も何も分からなかった……ただただ寂しかったのは覚えている」

「……悪かった」

「別にいい……今はもうヒーローへの憧れを取り戻している訳だし」

「随分時間が掛かったけどな」


 6年前……ナイトはそれだけの時間の中で俺があの地下室の扉を開くのを待っていたらしい。

 あんな狭くて寒くて……そして暗い部屋で6年か……考えただけで気が狂いそうになる。


「よし……それじゃあここからが本題だ」


 ナイトは直前までの声色から切り替え、真面目なトーンでまた語りを始めようとする。


「本題——崩壊した世界とあの夜空の事か?」

「そうだな」


 となるとさっきまでの前提知識……その割には世界が作り直されただとか、俺が小さい頃に遊んでいた手作りの鎧にナイトが宿っていただとか……結構な内容だった気がする。


「何から……いや時系列順に、だったな」


 ナイトは視線をあちらこちらに向かせながら言う。

 時間が無いとか言ってたし少し焦っているのだろうか。


「2022年10月16日の事だ」

「俺とお前が出会った——いや再会した日か」

「そう、その日……俺は大分力を取り戻したしあの鎧を完全に自分の肉体に変えてお前に会いに行こうか……とか考えていた」

「自分の肉体に変えたら……今のお前みたいになったって事か」

「その通り」


 それじゃあある意味アーマードナイトは俺が作り上げた鎧って事になるのか。


「だがあの日、ある問題が発生した」

「問題……?」

「ワールデスだ。俺がいつまで経っても姿を現さない事を不審に思ったんだろうな。わざわざこの地球まで来ようとして、それから俺の代わりに世界を広げようとした」

「来ようとして……広げようとした?」


 少し違和感を覚えた。

 ワールデスは実際に地球に来て、世界を広げていた——なのにまるでその目的を果たせなかった様な言い方をナイトはする。

 単なる言い回しの問題だろうか……?


「だから俺はスノーワールデスが地球の大地に辿り着き、世界を開き……あの夜空の天井でそれを阻止した。言うなればそう……地球の鎧だな」

「……」


 今度の言葉でさっきの違和感は確信へと変わった。

 やはりナイトはワールデスが地球に来れていない、という前提で話している。


「なぁナイト……俺は実際にこの地球でワールデスと戦ってた……それにあいつらは実際に地球で世界を開いてなかったか? 阻止しようとしたのかもしれないけど……」

「俺達の居たあの世界は地球じゃない」

「……は?」


 ナイトは夜空を——その更に上を見上げて平然と、そんな異常な事を語る。


「あの世界は地球じゃない、あれは地球の鎧……その上に存在する」

「じゃあつまり……」


 ナイトはあの夜空を地球を覆い、守る為に作った事から地球の鎧と呼ぶ。

 そして……その地球の鎧の上にあの世界があるという事はつまり——


「この夜空の上で俺達は戦っていたのか……?」

「正解だ」


 そんな有り得ない……馬鹿げた事でもナイトに言われると何故か納得出来てしまう。

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