第九界—4 『姫ノ結末』
「これが……貴方の世界?」
「私に開界の能力は無いね。これはナイトの世界……いや、君の世界と言った方がいいかもしれない」
状況に対する動揺を無くす為、これまで起こった事……私の知っている情報に現状を照らし合わせようとする。だが……どうやらこの回想の空間は開界とは関係のない……あったとしても私には理解の出来ない事だったらしい。
「だったらこれは何? さっきまで私の思い出だと勘違いしてたけど……」
「合ってるよ」
「え……いや流石に違うでしょ」
思い出、それは脳内に強い印象が残した記憶の事であり、決して実体は無い。夢だとか幻覚だとかそういう類の物である。だからこうやって実物となって、現実の物となって現れるはずがない。
「この世界はさ、夢……みたいな物を現実に、実物として作り出した物なの。だからその世界の上で意図的に思い出を思い出したのなら実物に出来る——まぁ私も多少は干渉したけどさ」
「夢を現実に……聞こえはいいけどろくな物じゃないらしいね」
夢を現実に——言葉だけ聞けば浪漫に溢れていてとても心躍る様なモノに思える……が、今こうして自分の死体を見る羽目になっている時点で良い物では無いのは確実である。
「……そう、ろくな物じゃないんだ。君にとっても、私にとっても……」
「誰にとっても?」
「……1人だけ幸せになる人がいる」
彼女の言葉に繋げて言ってみた……けれど簡単に否定されてしまう。
こんなろくでもない事で幸せになれる人なんているのだろうか……?
「朝日だよ」
「……それはどうして?」
意外な様でそこまで違和感の無い答えであった。彼女の言葉を肯定する訳では無いけどなんとなく朝日が幸せになる為の世界と聞くと理屈ではないが、感覚的に腑に落ちる。納得はしつつも、朝日を庇う気持ちで問いかけた。
「この世界が朝日の夢であり、憧れであり……そしてそう、理想であるから」
「へぇ……? 大事な相手に殺される世界が理想だって言うんだ」
流石にこれに関しては納得出来なかった。
アーマードハデスが正体を、人間としての姿を見せた時の反応からして彼女は朝日にとっての大切な人。そんな相手に殺されたいと思う訳がない……そういう方面の趣味がある訳でもなさそうだったし。
「そうだよ。私に殺される事が朝日にとっての理想だよ」
「ずいぶんとはっきり言うね……所詮は他人のくせにさ」
たとえ大事な存在であろうと人と人は他人同士でしかない。私にとって白姫が宝物であったとしても……それでも他人だったのだから。
「他人でも分かるよ……それくらい朝日は私に……心の底から殺されたがっている——憎まれたがっている」
「まぁ……もしそうだとして、貴方が言っている事が真実だとしてさ?」
いつ攻撃が来ても良い様に身構え……僅かに後退りしてから少女に言葉を掛ける。
「貴方がそれに従う必要は別に無いんじゃない? というか……経緯は分からないけど貴方自身が朝日を殺したがって、その感情を肯定する為に朝日が願っているだとかなんとか……ッ!」
途中まで言って、最後まで言い切る前に気が付く。私が威勢よく……知った様な口で心を語られた彼女に表情は無い——か、その見開かれた瞳からは純粋な怒りの感情そのものが感じられた。
そして、私の言葉が続かなくなった事で今度は彼女が口を開く——
「は?」
それだけだった。
他には何も無く、ただその一言、1文字だけを彼女は声にする。だけれどその1文字は彼女怒り、その全てを感じさせる程のモノであった。
「あー……やばいッ!」
私は彼女に背を向け走り出す。逃げ出す。
あの顔は、あの声は純粋な怒り——殺意そのものが込められていた。
アーマードハデスとして戦っていた時の冗談を言っている様な声色とは違う。彼女の心の底からの本当の憎悪を向けられていた……だから逃げる、逃げなければ死ぬ……”また”殺されてしまう。
「ここッ……私の家じゃない! ずっと廊下だけが続いてるッ……!?」
この新たに私の思い出から作られた世界はどうやら記憶の1部しか再現してくれない……つまり玄関、出口なんて物は作られていないらしい。
「でもワールデスの世界が広げられるのは地球……地球には限りがある……! 体力が持つはずもないけど……やるしかなッ——」
「逃げるな……めんどうッ!」
「あぁぎ……グィッ!」
必死に逃げようと走るが左肩を何か鋭い物に突き刺され、その熱……いつかの死に迫る感覚を思い起こさせる痛みを耐える事は出来ず転倒してしまう。
「ぁあ……ヴっ——! 果物ナイフってこんな深く刺さるの……!?」
私の肩に刺さったのは、私の逃亡を妨害したのは小さな銀色の刃……果物ナイフだった。刃先の鋭さからして、刃の細さからして明らかに人の肉体をここまで深く、ざっくりと突き刺せるはずがない……のにも関わらず持ち手までもが身体の中に入ってきている。
「っ……慣れてきたしまだ……!」
「逃げたらトドメ……逃げなければトドメまでが長くなる」
「どっちにしろ死ぬじゃん……!」
「もう死んでるじゃん?」
「うるさいッ……」
痛みを無理矢理堪え、再び逃げ出そうとするが彼女の発言によりやめさせられた……やめざるを得なかった。
「なんで私を殺そうと……!」
「私はこの世界、朝日昇流の世界におけるラスボスでありクライマックスに要らない存在を処分する役割を任されてる……それがアーマードハデス」
「私は要らない存在って事……?」
「そうだよ。要らない、最初から無意義、何の存在意義も無い……それが君」
彼女は詰め寄る様に……
「無意義って……いやッ……でも——」
敵に言われた言葉なのに、気にする必要のない言葉なのに……その言葉は果物ナイフと同じ様に私の心に強く突き刺さった。
「そう、君は今はもうバトラーさえも失った。朝日も本当に君の物になった訳じゃない……だから君は何も持ってない! この世界においてなんの意義も持たず自分以外の存在を所有物としていない! それが君……黄金 黒姫という存在を模倣した無駄な延長線!」
「何の意義も——自分の存在も持たない……」
言い返す事が出来ない。
否定してやりたいのに何故か納得してしまう。
「朝日の2号ヒーローを重要とする考え方がキッカケで、たまたまこの世界が作られる直前に印象に残っていた君がその2号ヒーローに選ばれた……つまり必然でも何でもなく偶然! 君じゃなくてもアーマードバトラーにはなれた……だから君自身に価値は無い!」
何も所有物とする事が出来ていない——
「はは……」
なんだかもう、全部がどうでも良くなってくる。何かを、1つでも自分の物にしたい……そう思って白姫が死んだ日から……いやきっと生まれた時から思ってきた——それに気が付いた時はそれを貫こうと決意した……けど……
「そっか……私、私ですらないんだ……何も持ってない……1つでいいから欲しいのに持たない、いや持てない……!」
「だから私が終わらせる」
「……そう」
今更分かった。黄金 黒姫は少し離れた所で頭を真っ二つに分けられてるあの死体で、私は違う……私は何者でもない。黄金 黒姫の模造品、成長したらこうなるかもしれない……そんな空想の存在。
「ならさっさと終わらせてよ……」
「終わらせるよ……ハデスサイクラッー!」
私の絞り出す様な言葉に彼女は応え、アーマードハデスにはならず右手の中に緑の煙を作り、ハデスサイクラーを象ってから振り上げた。
「……」
この刃が振り下ろされた時私は終わる。
降車駅を乗り過ごしてからの時間の様な何の意味も持たない存在……そんな私が——
「ッ……」
何も持たないまま——
「シルァァァ!」
この名前も知らない少女によって振り下ろされた刃によって、何も自分の物に出来ず、自分という存在さえ私の物ではなく……そのまま終わる——
迫る。
高速回転する刃が、本物の黄金 黒姫を殺した刃と似た刃が近付き……そして私の頭部を真っ二つに——
「嫌ッ……」
死んでいようとなんだろうと、それに関してはどうだっていい……けれど。
「それだけは嫌だッ!」
「ッ……」
溢れ出した涙と共に感情をそのまま言葉にして叫び、横に転がる様にして跳ね除ける。
ハデスサイクラーの刃は私に避けられた事でそのまま床を切り裂き、突き刺さった。
「私は全ての私に関わる物を所有物として見る事が出来ないッ……所有物にしたい願うそんな人間ッ……だからぁ!」
立ち上がり、よろめきながら後退りをし、そして嗚咽混じりに言う——ほとんど絶叫する。
「だから何も持たずに死ぬのは嫌だ……!」
「この状況で何を所有物にするんだか」
「ッ……」
何を自らの物とするのか。
この場にある物、存在する者……となると1つしかない。
「貴方が私の物になればいい! そうすれば貴方の事で頭がいっぱいになってる朝日も付いてくる物に出来る! 2人まとめて私の物! 私が死ぬその時まで私がずっと——」
「やっぱりおかしいよ……君」
「あ……」
おかしい——朝日にも言われたその言葉。
それは私にとっての地雷……それは私の全てを否定する言葉だった。
「ッ……わかってる……そんなのずっと前から理解してよ……」
その言葉からはさっきまでの勢いが失われ……声は震え、弱々しいモノであった。
「だったら、わかってるのからどうしてそのおかしな考えを貫くんだろうね……!」
彼女はハデスサイクラーを揺らして無理矢理床から引き抜こうとしながら
「だって……それが私だから……誰かを自分の所有物にしたいって思考回路が私を、私っていう存在を作り上げてる……私の核になっている! 他の事なら変えれる、変われるけどそれだけは変えられない……だってッ——!」
だって……その言葉の後の発言で1度私の声は出なくなる。喉が震え過ぎて何も言えなくなる……けど言わなきゃいけない。
私という存在を肯定する為に、私という存在を証明する為に——
「だってッ……人間なんだよ……!?」
私がどれだけおかしな、異常な存在だったとしても人間である事に変わりはない……いや、変わりあるとしても私は人間でありたいと願う。
自分の存在を作り上げた概念を否定してしまったらもう人間とは言えない。
「人間だから思いがあるのなら、私のこの思考回路だって許されるはずでしょ!?」
「……哀れだね」
それだけ言ってハデスサイクラーを引き抜き、そして再び刃を高速回転させる。
「勝手に哀れんでろバカ! 私は……死ぬとしても何かを私の物に……いや奪う! 何でもいいからッ——」
私は再び言葉を詰まらせる……が、今度は恐怖や絶望によるモノではなく、むしろ歓喜……ある事に気が付いた事によるモノであった。
「はっ……はは! 思い付いた! これなら朝日から奪える! そして貴方からも奪った事になってそして私の物になる!」
と、そうこれまでした事の無い様な満面の笑みを浮かべながら叫び、そしてハデスサイクラーを持つ彼女に背を向け走り出す。
その向かい先は無限に続く廊下の先ではなく——
「ははははははははははッ!!!」
目をつぶって朝日曰くおかしな思考回路を巡らせながら絶叫する様に笑い声を上げる。
今私が向かっているのは朝日の所、そこに辿り着けるかは分からないけれど、辿り着けさえすれば朝日からあるモノを奪える。そしてそのモノはきっと……2人の関係性を勝手に予想した結果からの考えになるけれどあの少女が欲しかったモノ、だからあの子から奪った事になる。
「私をこの世界に勝手に作った朝日と私を殺すあの子から奪って私のモノッ……所有物に出来ッ——」
叫び、目を開ける——すると。
「本当に哀れ……でも同情はしない方がいいよね?」
私の目の前にはアーマードハデスの姿があり……そしてその手に握られたハデスサイクラーは私の顔の目の前、唇と触れる寸前の所で刃を回転させていた。
けれど私は走る事をやめたりなどせず——
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