第九界—3 『姫ノ結末』


「人じゃなければ……おばけとか?」

「……」

「冗談言ったんだから何か言ってよ」

「……」


 男は特に何も語らず、私の顔を見つめ、それから僅かに視線を横にずらして、その瞳を怪しく輝かせて私の背後……路地裏の外を凝視する。


「いや……流石にこんなガキを使いはしないか……」

「乱暴な言い方だね」


 男は一瞬、1度だけ左手を鞄の方に移動させようとした……けれどすぐに遠ざからせる。


「俺を売ったところでお前に得は無いぞ……別に懸賞金が掛かっている訳じゃあないし、もし取り押さえられる途中で逃げ出したらお前の命は……」

「売るって……? そんな人身売買だとかに興味は無いんだけど……」

「ッ……?」


 私の返答、戸惑いの言葉を聞いて男は瞼を細め……私に懐疑的な、不思議そうな視線を向ける。


「俺の事を警察に通報する……って事だ」

「なんで?」

「あ……? いや……流石に知ってんだろ! 顔だって報道されてるし……」

「ニュースとか見ないから分からないけど何かしたの?」


 首を軽く傾げ、簡単に男の言葉を否定する。


「……最近何か事件があったとか……学校とかで……友達だとか教師から聞いたか?」

「私学校行ってないからさ」

「なっ……!?」

「義務教育だから入学はしてるけど1回も行ってないね」


 私の言葉……私の現状を聞いて男は驚愕した様な声を零す。


「そんなことよりさ」

「なんだ……?」


 彼に目線を合わせる様に屈み、好奇心に心を突き動かされる様な輝く瞳で男の瞳を強く見つめる。


「貴方、私に拾われない?」

「……ほぉ?」


 彼の黒の手袋に覆われた右手を強く、両手で握り締めそう言って……言い方によっては勧誘をする。男はその言葉を聞いて困惑しつつも興味深そうな声を返してきた。


「なんか臭いし……多分全然お風呂入ってないんだろうから入れてあげるし、ご飯を食べさせてあげるし!」


 男の乗り気な態度を見て調子付き、言葉に勢いを増させる。


「それはまァ魅力的な話ッ——だが? お前にとってのメリットは? 何故俺みたいな明らかな厄介者の世話をしようとする……頭飛んでんのか?」

「ッ……」


 男の言葉、異常性を問う言葉を聞いて思わず表情を歪めてしまう。


「ハッ……そこで肯定せず嫌な顔するかッ! いいぜ乗った!」

「ほんと!?」


 男は立ち上がり、私の手を逆に握り返してその身に引き寄せる。その瞳は先程の威嚇する様なモノとは違い、好奇心と期待感に満ち溢れている様であった。


「じゃあ私のお家に行こっか! あの2人が起きるまでに帰んなきゃだからねぇ」

「久々の風呂だな」

「あっ……そういえば貴方のお名前は?」

「……本名は言えないが——そうだな。鮮血刃の名なら良い」

「鮮血刃……ダッ——いい名前だね」

「だろ?」

「……うん」


 そんなこんなで……こんな、今思えば奇怪な流れで私はこの男——鮮血刃、とかいうダッサイ名を名乗る者を”所有物”として拾い上げた。


 私はこの時、男の事を知らないと言った……ニュースなんて見ていないといった。

 確かにニュースは見ていなかった……が、その日の昼辺りに父親から連続殺人犯がこの街に逃げ込んでいる——と、そんな情報を聞いていた。だからなんとなく……確信するまでは行かなくとも彼がその殺人犯だとは理解していた。

 それでも私は彼を拾う……だって、なぜなら、彼なら……もう人とは呼べない存在の殺人犯ならきっと、こんな私でも受け入れてくれると思っていたから。



『でもそんな事は無かった。彼は普通の人間だった——承認欲求に人としてのたがを外されただけの、ただの人間だった』



 それから数日後、白姫の死からちょうど1年が経った日の深夜。


「ッ……?」


 微かな……遠くから聞こえる怒号と悲鳴、激しい金属の不快音が私の耳に入り目を覚まさせられる。


「あれっ……鮮血刃さん……」


 起き上がり……周囲を見渡してみると就寝前はベッドの横に背を掛けて眠っていたはずの鮮血刃の姿が無くなっていた。


「トイッ——お花でも摘みに行ったかな……さっきの音……」


 怒号と悲鳴、不快音が何による物かは分からないが……おそらく誰かと誰かが争い、そして傷を負わされた——それか……


「殺されたとか……まぁ鮮血刃さん人殺しさんらしいし、一見の価値あり——かな?」


 と……そう一言、自分の好奇心を言葉にしてからベッドから降り……不審音の発生源へと向かう。


 鮮血刃さんは人殺しさんで、今まで何にもの人々の命を奪っている。そして怒号と悲鳴が”私の家の中”から聞こえてきた——となれば、おそらく殺されたのは——


「さーては見つかっちゃったなぁ鮮血刃さん。だから部屋から出るなって言ってたのにさ……はぁ」


 殺されたのが誰か、なんとなく理解しながらも慌てる様子はなく……ただ鮮血刃さんの間抜けさに呆れ、ため息をつく。


「っと……ここかなァ?」


 しばらく歩いた後、私は唯一開かれた扉の前で足を止め、そしてその中を覗き込む——するとそこには……


「よォ!」

「やっほ、派手にやったねぇ」


 床に転がる2人の男女……私の両親であった者、物の残骸。それから流れ出し……白いカーペットを鮮血色に染める水流——そして、それらをそうさせた張本人、その身を血に染め上げ、深紅にまみれたチェンソーを手に持つ鮮血刃さんの姿があった。


「お前、俺に妙に懐いていたが……俺はこれまでこんな風に沢山殺してきた……これからも殺す!」

「自分を貫く人は好きだよ」

「あァ……?」

「……? 褒めてるよ?」


 皮肉だとでも思われてしまったのだろうか? 鮮血刃さんは不可解そうに首を傾げ、不快そうに唸る。


「これはお前の両親だ。腹が減って冷蔵庫を漁っていたら女の方に見つかって、男を呼んだ。だから女を殺してやって来た男を殺した」

「そんな丁寧に説明しなくていいよなんとなく察せるし」


 過程がなんであれ、私の両親が殺された結果に変わりは無いし……別に興味だって無い。


「お前の……親はな? 夜食の為に殺された……どう思う?」

「連続殺人犯の鮮血刃さんが家に潜んでるんだからそんな不思議でも何でもないでしょ」

「そういう事じゃないだろ……!」


 鮮血刃さんは私の返答に対して何故か声を震わせ……困惑、又は激昂する様に言う。


「あー……まぁ困るよね。パパが働いてくれないとお金無いし……というかしばらく仕事行ってないとかでそのうち警察にバレちゃわない!?」

「いやだから……」

「逃げよっか」

「はッ……!?」


 これからの事。鮮血刃さんが警察に捕まってしまえば私の所有物とし、手の届く場所に置いて事は出来なくなってまう。それだけは避けたい……となると。


「そう、つまり駆け落ち……みたいな?」


 昔小説かなんかで読んで1度やってみたかったから実際にそれを出来る機会がやってきて嬉しかったりする。


「そうと決まれば旅支度! 私の分の支度が終わったら鮮血刃さんの……は、お父さんの物使えばいっか」


 そう言って、駆け落ちに心を躍らせながら鮮血刃さんから視線を外し……自室に向かい歩き出した。


「鮮血刃さんってバイク乗れるのかな? パパのヤツがあるけど……鮮血刃さんの服装的にバイク似合いそうだから乗れてほしいな」


 わざと鮮血刃さんに聞こえる様に……アピールする風に独り言をする。


「おい」

「ん? なぁに——」


 私は鮮血刃に呼ばれて振り返る。

 疑いなど持たず、確証の無い信頼を彼に向けて振り返った——が。



『鮮血刃はチェンソーを振り上げていた。それはもう鬼の形相で……怒りと恐怖に震えた様な顔をして』



 彼が人殺しに興じていたのはきっと承認欲求、特別な存在である事を世に知らしめたかっただけだったのだろう。

 あの馬鹿みたいな名前もその一環であり……必死な顔して私に今の思いだとかを問い詰めてきたのは恐怖してもらいたかったから。子供に懐かれる様な存在になりたくなかった——私から異常な者だと思われたかったから。

 けれど私は彼の行動を受け入れてしまった。怯えも、怒りもせず普通の者として許容してしまった——から彼は私にプライドをズタボロにされ、怒りを覚え、私に恐怖したのだろう。


 だから殺した。だから殺された。


 今思えば何故彼に背を向けたのかは分からない……けど、あの時は本気で彼を信じていた。彼なら私を普通の者として受け入れてくれると、私の物であり続けてくれると——



『まぁそんな事はなく私は死んじゃったんだけどね』



 今の……大体17歳の姿をした私は12歳の頭部を裂かれた私の死体を見下ろして呟く。

 この続きは……そんな物は無い、あるとしたら私がこの崩壊した世界で歩んできたアーマードバトラーとしての物語である。



『終わり、これでおしまい。私の……黄金 黒姫の回想はもう——』



『あ?』



 何か……この回想がおかしかった、違和感があった。

 回想……思い出を思い出す事——それは記憶を自分の意思で再び脳内で描こうとする事。だからおぼろげであって——


「だけど私は今、本当に私の死体を眺めている——っ!?」


 私が眺める私の死体が実在していると気が付いた瞬間。私の心の中での呟きは実際の発言となった。


「なにこれ……なんなんのこれ!?」


 現実だ。私の思い出、脳内で浮かべただけの事がリアルとなっていた。パパとママの死体、私の死体、記憶の中の屋敷自体までもが実在の物となる。

 鉄の匂いが鼻の奥へ奥へと流れ込んでくる。パパとママと、私の血の滴る音が耳の奥へ奥へと流れ込んでくる。


「ッ……鮮血刃さん……」


 そして、他の回想の中の物、者と同じく鮮血刃さんも実在し……生きてこちらを睨み付ける。

 鮮血刃は私の死体から視線を外し……そして生きている私に視線を向けた。殺意の込められた視線を、まるで私の過去を嘲笑うかの様に。


「これにて」

「ッ……!」


 鮮血刃の身は揺らめく水面の如く歪み……それを緑の煙が覆い隠し……そして。


「ボーナスタイムッ——終了です!!!」


 煙が晴れた時、そこには……鮮血刃が居た所にはアーマードハデス——その正体であった銀髪の少女が姿を現した。

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