第九界—2 『姫ノ結末』
——回想
私……黄金 黒姫の家は少し特殊——良くない言い方になってしまうけれど、はっきりと言って異常である。お金持ちだとかそういうのは関係なく両親の愛が深く……過保護だったのだ。今思えば身代金目当ての誘拐などを恐れてだったのかもしれないけれど……私は小学生になるまでは決して家を出てはならないと釘を刺されていた。小学生になれば家を出ても良いとしたのはおそらく、そこまで成長すればある程度の判断を自分で出来るという事、それと社会性を身に付けさせなければならないという判断だったのだろう。
でも私は小学生になっても家を出なかった。別に家を出たくなかった——とか、引きこもりだというわけではない。
黄金 白姫……私の6歳下の妹が生まれた事だ。生まれた事が私が家から出ない理由というわけではなく、彼女が生まれた時から背負う事となった運命が理由である。
彼女は生まれつき病弱であり、少なくとも大人になる事なく死んでしまう事が確定していた。
だから私は義務教育なので一応小学校に入学しはしても1度も行かず、両親からも隔離して、彼女を独占する様に1人で世話をしようとしていた——
「おはよう白姫! 今日は顔色良さそうだね! あとまたおっきくなってる!!」
「ッ……私が起きた瞬間に叫ぶのやめてよね……もうずっとそれしてるけどさ」
早起きとも遅起きとも言えない、そんな時間に白姫が瞼を上げた瞬間。私は待ってましたとでも言う様に大きな声で、笑顔で彼女に声を掛ける。
「いやぁやっぱり心配だからさ……ちゃんと確認しないとたまに……というか結構な頻度でめちゃくちゃ死にそうかな顔してる時あるし」
「それと叫ぶのとは無関係だと思うんだけど」
「……まぁ、うん。元気そうだし朝食はペーストにしなくても良さそう——ッどうかした?」
あからさまに話を逸らし、白姫の朝食を作る為にその場を離れようとする。だけれどその動作は私のスカートの裾をベッドに寝転がったままの白姫に掴まれ止められた。
「いや……少し怖い夢を見た……から話したい。話して気を紛らわせたい」
と、そう手を微かに震わせながら……訴えかける様な目の色で言う。
「いいよいいよ。朝食の事があるから長話は無理だけど夢の内容くらいなら」
「夢の事は思い出したくもないから話さない。話すのは夢じゃなくて現実の事がいい」
「現実の事かぁ……」
ベッドの横に座り込み、寝転がる白姫と目線を合わせる。現実の事……といっても私もそんな現実に生きてはいない……外の事は全然分からないから何を話せばいいか分からない。
「んー……ん〜……!」
唸る。脳内から、現存する記憶の中から話題を引き出そうとする。普段の会話とかは別に平気なのだけれど何かを話してくれと、そう頼まれると困る……何も思い付かなくなってしまう。
「別に何も思い付かないならいい。一緒に、ここに居てくれるだけでも十分だから」
「……いつからだっけ、そんなに大人っぽい喋り方するようになったのって」
ふと気が付いた……というより前々から知ってはいたがなんとなく、その明らかに5歳のモノとは思えない口調が気になった。
「……そう?」
「そうだよ。会話だけをみたら私がお姉ちゃんだって分からないと思う……5歳上の私と同じくらい言葉知ってるし」
なんなら姿さえ見なければ行動含めても分からないかもしれない。
「まぁ……自分で言うのもあれだけど達観してるんじゃない。それか諦め……後者の方かもね。語彙の方はやる事が無くて暇で色んな辞書を読み漁ったからじゃないかな……変に難しい言葉は使うつもりないけどね」
「それはつまりほんとはもっと知ってるけど私に合わせてるって事……?」
「……かもね」
「ッ……」
白姫は少し気まずそうに目を逸らして言う。その思いやりが私の心を、姉としての尊厳を打ち砕く。
「諦めかぁ」
「……逃げた?」
「諦めただけだよ」
「姉である事を……!?」
「……諦めかぁ」
なんとか尊厳の事から話題を切り替えようと白姫の発言の1部の事を言及する。一瞬話題が戻りかけたが意地で通す。
「物心ついた頃から自分は長くないと、こうしてここで、このベッドの上……この部屋以外の何も、世界を知らずに終わりを迎える——そんな事を知っているんだからそりゃあ諦めるよ……生きる事を、というわけではないけれどね」
「……」
私の発言、話題の誘導により白姫の憂いに触れる事になってしまった。私が原因ではあるが……どう言ってあげれば良いか分からなかった。
「たまに考える。自分の意義だとか、そういうのをね……私は、黄金 白姫は世界になんの影響も与えず、それどころか私自身の人生を象る事も出来ずに死んでいく」
白姫は微かに唇を震わせながら……露わにはしないものの僅かな焦燥の色を感じさせながらその言葉を連ね続ける。
「そんな私に、こんな冷たい手でしかこの限られた世界と触れ合えない私に存在意義なんてモノは……」
「あるよ」
「ッ……?」
瞳から色彩を失わせながら、その白い……私の様な太陽に一切晒していない事による白さではなく、病的な白さを持つ左手を見つめる白姫の言葉を遮り、その手首を強く握りしめる。
「こうやって頬に当てるとさ、その冷たい手でも心が温まるんだよ。温まって、なんだか嬉しくなって……ね」
「……そう」
彼女の手を頬に触れさせ……そして強く押し付ける。その手は彼女の言葉通り命ある者とは思えない程に冷たく……私から温もりを奪う……が、その流れが私に彼女との繋がりを感じさせた。
「やっぱり黒姫は温かい……熱いくらいにさ」
「……ありがと?」
「褒めてるよ」
そんな風に……私は白姫を”家族”として繋がり合っていた——けれど。
『家族だと、そう思っていたのは白姫だけ、私はそんな風には思ってなどいなかった』
ある日突然、白姫が死んだ。前日まではいつも通り、彼女にとっての元気ではあったのにも関わらずいきなり死ぬ——いつ死ぬか分からない、突然が必ず来る事は分かっていた。だがやはり唐突に感じてしまう。
覚悟をしていた……絶望に打ちひしがれ、枯れてしまう程涙を流す——又は涙も出ない程焦燥するであろうと、そう思い込んでいた。
『でもそんな事は無かった』
何も思えなかった。
何も感じなかった。
悲しみも何も無く……ただ呆気なく、こんなもんかと感じてしまう。
私の中に残ったのは、白姫により遺されたのはただ1つ……ぽっかり穴の開いた様な空虚感。その感覚によって、白姫が居なくなって私はようやく気が付いた——
『私は白姫を”家族”ではなく”所有物”として見ていた』
だから独占していた。
だから懇切丁寧に世話をしていた。
それを理解して……私は黄金 黒姫を軽蔑し、諦める。自分がまともな人間ではなく、身体が弱くこんな私を姉と敬ってくれた白姫を家族と見れない人間なのだと絶望した。
そしてそれからも……白姫が死んでからも私は自分の家も出なかった。両親も白姫を失い、自分の子供を失う恐怖感を知ってしまった為か、家から出そうとせず——私の引きこもり行為を肯定した。
『そしてその1年後……私は報いを向ける。私の業、その贖罪を受ける事となる』
白姫の死から1年が経つ数日前のある日の深夜……私は窓から気まぐれで……何かに引き寄せられる様に外に出て散歩をしていた——
「葬式の時以来……2回目かな、外を見るのは」
一定の感覚で並ぶ街灯の光、そして狭いとも広いとも言えない一本道の先に、塀と塀の間に収まる月……その光。その黄色い光達により照らされながら歩いていた時。
「ッ?」
横道、この道の最中……ある路地裏が不思議と気になった。何の変哲もないただの暗闇に包まれた道……だがその奥に何かが、何者かが居る様に感じられる。
「……よし!」
その狭い路地裏に勢い良く流れ込む風に、道の奥に押し込まれる様にして背を押されながら入り、その奥へと進んで行く。
「ッ……」
その最奥、月光のみが光源となり照らされる場所。そこで私は足を止め……そこにいた、私が感じていた何者かを見つめる——
「人?」
「じゃなかったら何に見える」
暗闇に身を隠す様に薄汚れた黒のコートを纏い、ギラついた狼の様な瞳でこちらを見つめ……黒く大きな鞄と共に地面に転がる男……それが私が見つめる何者かの正体であった。
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