第八界—5 『黄泉ノ鎧』


「お前が最後の敵だと嬉しいッ……最初の敵だもんなァ!」

「君の最後の敵はアーマードナイトだよ……!」

「意味の分からない事をッ!」


 橋の中央、その空中にて。俺とアーマードハデスは互いに左拳を放ち、また同じ様に首を左に曲げ回避した。

 もう命危機に瀕したくない事、そして初めて俺の前に現れた敵が最後に倒す存在となってくれれば流れ——話としては綺麗になってくれる……という事。そんな事を考え、口にした——のだが、アーマードハデスはその言葉に対し、否定する様な事を理解不能な言葉で返してくる。


「ゼァッ——な!?」

「幽霊みたい——とは思ってんじゃないかな……!」


 拳を避けた直後、宙で身体を一回転させ、その勢いにより回し蹴りをしようとした——が、その蹴りがアーマードハデスの頭部に衝突する寸前。アーマードハデスはその身を緑の煙に変え、俺をすり抜けさせ背後に肉体を再形成。その場で再びハデスサイクラーを振り上げ、そして俺の首を刈り取ろうとする。


「なッ……!?」

「早撃ち速度なら光にだって負けないよ!」


 確実に命を奪おうと、激しい金切り声の様な音と共に高速回転する刃が首に接触する直前。黄金の光線が3度、その全てが同時に放たれている様に見える程の速度で並び放たれアーマードハデスの右腕は切り飛ばされ……ハデスサイクラーは俺の首に当たる事無く落ち、無惨に橋の上に転がった。


「よそ見するんじゃッ……ねぇ!」

「しるぎッ——」


 アーマードハデスの意識がアーマードバトラー……その手に握られたバトライルブラスターに向けられたその一瞬の隙にその肩を踵で蹴り落とす。


「痛がらないからやりやすいッ……泣き叫んでもやめないけどさ!」

「ッ……うざいなぁ……」


 橋に向かい墜落する最中もアーマードハデスはバトライルブラスターの閃光、その猛攻を受ける。今度は左腕、その次は左足……そして右足と、橋に到達する頃にはダルマとなっていた。4つの切断面からは流血する事は特になく、ただゆっくりと、物の隙間から溢れる液体窒素の水蒸気の様に緑の煙が漏れ出すだけであった。


「このままッ……ナイトサイザーランス!」


 橋に転がるアーマードハデスに向け、重力に引かれ降下を開始した時、ナイトサイザー ランスモードを作り出す。そして確実に息の根を止める為両腕で強く握り締め、その刃先をアーマードハデスの首に向けた。


「最初から居たわりには呆気なかったなァ!」


 と、激戦を感じさせるあの戦いの開幕からは想像も出来ない程早く無惨な姿となったアーマードハデスを煽る様な事を叫びながら降下する——が。

 俺の身が橋に、ナイトサイザーの刃先がアーマードハデスの首に到達するその寸前。直前の俺の叫びは前振り……滑稽なフラグとなった。


「ッ!?」

「勇気はいるよ。痛くはなくともね」


 突然、アーマードハデスの頭部は残像が残る程の速さで自ら高速回転し、一瞬の内に首が糸の様になる程ねじれさせ、そしてその末に首と胴を切り離す。それによってナイトサイザーが首を貫く事はなく、首と胴体の間の灰色に風穴を開くだけであった。


「そしてまた覚悟が無くともその勇気を与えてくれたのは……」

「おかしいだろ……なんなんだよお前ッ——」


 軽く飛び、こちらに人魂を向ける様にして橋の上を転がるのを止め、そして頭だけになりながらも言葉を発するアーマードハデス。その生物とは思えない行動、尋常ならざる光景に動揺し……俺の心の中ではその衝撃と、ここまで起こってきたあの日を連想させる事象による錯乱が入り交じる。


 そして、アーマードハデスの頭の周りを緑の煙が覆い始め——


「君の語り飽きたし脳天行くよッ……!」


 そして、その煙が頭部の真下に首の様な形を象った瞬間、沈黙しアーマードハデスの言葉を聞いていたアーマードバトラーにより流星の如く放たれた一瞬の輝きの線。それによってアーマードハデスの頭部……人魂の真上には風穴が開き、衝撃により跳ね飛び……橋の外、荒波の中へと墜落した。


「ふぅ……脳天貫けば流石に死ぬでしょ。にしても、黙って聞いてたけどよく分かんない事語ってたね——っし、とりあえず帰ろっか」

「……そうだな」


 呆気ない決着。アーマードハデスの正体も分からず、最後のトドメも静かなモノであり……どこか物足りなさを感じさせる戦いであった。

 と、そんな刺激を望んでいる風な事を考えながら、帰還の為、橋に突き刺さったナイトサイザーを引き抜く。


「にしても雨も降ってないのにすごい荒れっぷりだけど……ワールデスが世界を開いてる……のはもう無いよね」

「そういえば……」


 川が氾濫する理由と言うと豪雨以外にはあまり考えられない。だがそんなモノが最近降っていれば流石に気付く。

 雨が降っていないのに水浸しになる地面。

 雨が降っていないのに荒れ狂う川。

 明らかに異常であり……自然の理から逸脱している様に思えた。

 そんな風にアーマードハデスから、その鎧の出現と共に狂い始めた環境に意識が向けられ始めた時……


「ッ……なんだ……?」

「どうした?」

「いや……なんか見られてる気がして」


 どこかから視線を感じた。アーマードバトラーはもう既に俺に背を向け帰路を辿ろうとしいてるから彼女とは別の何者かの視線であるはず……


「……特に何もいないが」

「気のせいか——」


 視線の正体を探ろうと周囲を見渡す。右を見て……足元の胴体を跨いで後ろ、そして左、それから上も確認してみる——が、何者も存在しておらず、それはつまり俺の感じた視線が気のせいであるという事——


「いや違う」


 脳内にある光景が浮かぶ。


 バトライルブラスターの閃光に脳天を貫かれる直前、アーマードハデスの頭部からは下に向かい……本来であれば胴体が存在していた方向に向かい緑の煙が溢れていた。そしてその煙は頭部の下に、まるで元の姿に戻ろうとするかの様に首のような、くびれを持つ円柱型にまとまっていた。

 となると、アーマードハデスは再生——無から新たな肉体を作り出す事が出来るのかもしれない。そんなこの世の理から逸脱した存在が脳天を貫かれた位で終わりを迎えるのだろうか。これに関しては主観になるがおそらく死んだりするはずがない。


 今呟いた”違う”という言葉の意味する事。その1つが前述した事であり……そしてもう1つは何処かからの視線が気のせいであるという事。つまり、俺は今、確実に何かに見つめられている。


「1つだけある……」


 そう、1つだけ存在していた。橋の上からでも、その外の街の中でもなく、ましてや空でもなく……それら以外に1つだけ俺に視線を向ける事の出来る場所があった……俺自身がそれを作り出していた。

 そう、その場所……文字通り覗き穴は——


「下かッ……!」


 勢い良く、視線についての答えに気が付いた瞬間に胴体の真上……俺がナイトサイザーによって開いた風穴。その穴からは緑の光——アーマードバトラーの人魂の目が映り……こちらを見つめていた。奇襲を仕掛けるでもなく、波に流されるでもなく……ただ見つめる……というより、呆然と見つめている——そんな風に感じられる。

 すぐさまナイトサイザーを振り上げ、再びその、先程突き刺した位置に刃先を向け……振り下ろした時。


「邪魔だね——あの子」

「ッ……ヤバイ!」


 アーマードハデスはそれだけ言って、橋の下を移動し穴から人魂の光を隠す。そして、その移動の際には胴体や両足の存在を視認出来た。だがそんな事は大した問題ではなく、本当に意識するべきは”あの子”という言葉と人魂の移動方向が波に垂直の、俺から見た前方であった事。

 その2つから明らかにこれからアーマードハデスに彼女が狙われる——


「黒姫ッ……今すぐ跳べ!!!」

「えッ——」


 アーマードバトラーが殺意の矛先となったいる、という事であった。

 すぐさま叫び、警告する。だがアーマードバトラーが俺の言葉を聞いた瞬間に理由が分からなくとも跳躍するのではなく……言葉の意味を理解しようと振り返った時点でもう逃れる事が出来るはずもなく——


「まずは君ッ……部外者から始末する!」

「なッ——!?」

「間に合わないッ……!」


 アーマードバトラーの立っていた位置だけ橋が崩壊……いや破壊され、その下から飛沫と共に姿を現したアーマードハデスにアーマードバトラーはしがみつかれ、共に荒波の中に囚われ流されていく。

 駆け出し、手を伸ばすが間に合わず……直前までアーマードバトラーの居た所に到達した時にはもう2人の鎧は波の中、流れの先に姿を消していた。


「マジでなんなんだよあのバケモンッ!」

「今はとにかく追跡だ……!」

「ッ……だよな!」


 ナイトの言葉で動揺を収め、2人の鎧の流されていった先にナイトサイザーの刃先を向け、駆け、跳躍し、そして橋の柵に着地……そのまま勢いに任せ川に飛び込もうとした——が。


「あ……そうだ」


 何か思い付いた様に呟き、そして踏み止まる。

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