第八界—6 『黄泉ノ鎧』


「づッ……ぁぁ!」

「お嬢様はこういう川遊びは新鮮かなァ!」


 入水直後、アーマードハデスはアーマードバトラーの胸アーマーを鷲掴みにし、その鎧の背を川底に押し当てる。アーマードバトラーが川に押し流される事によりその背は底の石に擦り下ろされ……また少しづつ亀裂を走らされていく。


「こんなの遊びじゃなくてただの自殺ッ……相打ち狙いって事かな……!?」

「私は死なない。生きてなければ死にもしないからね——それにこの荒波は私の起こした事だしさッ!」

「生きてなければ——ッなら私だって……がぶぁッ!?」


 波と腕から抜け出そうと抵抗するアーマードバトラーの中——黒姫の言葉はバトラーの鎧の破損箇所から侵入してきた冷たく、濁った水により遮られた。


「どうやら君は、君自身が死の先へと到達した者である——そう考えているらしいけどさ、死の先なんてないんだよ。無の先が命……生であって、生の先が死である……けどそれより後は無い。それで終わり、死は最終的な到達点、一生という流れの終点なんだ」


 アーマードハデスはどこかに在る流れの終点に向かって流されながら語る。


「じゃあ私と君は何者なのか。それぞれを簡単に言い表すのなら……そう、私は死という到達点そのものに意思が宿らされた者。そして君——黄金 黒姫は……あッ……?」


 その語りの中に、今にも波の中で溺れそうになる黒姫の名が出された時だった。アーマードハデスのに語りは中断、川底に押し付ける力も弱まる。

 いや、弱まったのは力ではなく川の流れであり……その勢いはやがて、弱まるどころか完全に停止した。


「何をした……?」


 先程までの勢いを失った後……川はそれまでの反動とでも言わんばかりに、波打ち際で前身と後退を繰り返す波の様に、一方に向かう1つの流れでなく不規則に方向転換をする波となり……そして微動打にしなくなった。

 水の流れが無くなったそれは川というよりもプール。ただ冷たく濁った液体を収めてあるだけの空間であった。


「止まる前に一瞬勢いが増した様な気はしたけど……出て確かめるしかないか——そういう口実でおびき出されてあげようかッ!」

「コバッ……」


 水流を無くした者の狙いを見透かした様に言い、そしてアーマードバトラーを掴んだまま水の外姿を現し……夜風にその身を晒す。

 バトラーの鎧の全体に走る亀裂から薄汚れた水が流れ出し……直前まで水に満たされていた内側を今度は空気が満たそうとする。


「さてと——あれだけの勢いを止めるなんて……さ、一体何をしたのかな」

「出てきてくれた助かった……正直賭けだったからな」

「好奇心と優しさ……君のひらで転がされてあげただけだよ。自分の意思で転がったんだから君の手のひらででんぐり返しって所かな」

「なんだそれ」


 アーマードハデスは地面に水を落とし……灰色を黒くさせる。その視線の先……先程までの流れの方向には、アーマードハデスが来るのを待っていたかの様にアーマードナイト立っていた。右手にはナイトサイザーが握られおり……その刃は薄らと灰色に染められている。


「で……どうやったの? それを知る……その為にこのお嬢様ちゃんを殺す機会を捨ててわざわざ出てきたんだからさ」


 気を失ったアーマードハデスを手から離し、地面に転がす。その声に落ち着きはなかった……が、それは戦闘の高揚によるモノではなく……娯楽的な高揚によるモノであった。


「昔……水流が原因で川から抜け出せなくなった……つまり溺れた人がいたらしい」

「水流で……隙間に挟まったって事かな」

「だから水流を止めた。大人数で……石とかを積んでな。まぁ、実際は水流を止めたというより流れの方向を変えたとか……そんな所らしいが」


 アーマードナイトはそんなうる覚えの、偶然印象に残っていた話を言う。かつての……現実の世界を懐かしむ様に語った。


「それでこれ……この粉末」


 ナイトサイザーの刃を覆う灰色をで撫でるとその人差し指には灰色の粉末が付着し……それを親指でまた撫でる。するとその粉末は砂時計の如く重力に引かれ……そして地面に重なる。重なって、それで擬態された様に見えなくなる。

 それはつまり、その粉末と灰色の地面——崩壊した物体が同じ材質である……そういう事であった。


「あ……まぁそうだよね。既に壊れた物なら壊してもいいよね」

「そういうわけじゃないけど——まぁ、要するに橋だとか、周囲の建物をぶっ壊して川に詰めたって事だ」

「だから一瞬勢いが増したんだ」


 そんな事を話してる内に川は再び流れ始め……やがて灰色の瓦礫が波に乗せられ向かい合う2人の鎧の横を通り過ぎる。おそらく川を抑えきれず決壊したのだろう。即席で作ったモノだから仕方がない。


「で……ここからどうする? 首が飛んでも死なない私をどうやって倒すの?」

「それだけど……また賭けにでる事にした」

「賭け好きだね。ギャンブラーだね」

「戦いなんて大体運だからな」


 ワールデスとの戦いに関しても大体が運、偶然と偶然が何重にもなり奇跡となってくれたおかげで勝ててこれた。だから今回も、アーマードハデスとの戦いでも俺は運に頼るしかない。


「これは現実……だがゲーム的な考えでお前の攻略法を考えた」

「それで?」

「ハデスサイクラー……つまりお前と同質の物体なら行けるんじゃないか——ほとんど勘だけどな」

「ゲームのボス戦だったらそれも有り得るだろうね」


 “ゲーム”——現実ではない空想にのめり込む為の娯楽。アーマードハデスはその言葉を強調して言う。


「そうなんだろうな……お前がそう言うんなら」

「……へぇ」


 アーマードハデスは俺のその言葉を聞き、どこか見透かした様に呟く。仮面に覆われていて中身は見えない……というか中に人が入っているかも分からないが、仮面の下で僅かに笑っている様に感じられた。


「で……肝心のハデスサイクラーはどこか? 手に握られてるのはナイトサイザーだけみたいだけど」

「お前……一言一言が長いな」

「迷惑だった?」

「いや……UFOキャッチャーだとか、そういう微調整が必要なゲームは苦手だからな。お前が語れば語る程調整する時間をもらえるからむしろ有難い」

「大分脈絡が無いなぁ……」


 アーマードハデスの真上——死角にはナイトサイザーが浮かび……そしてそれに引っ掛けられたハデスサイクラー、その刃はアーマードハデスに向けられていた。


「行けるか……?」

「どこに?」


 ナイトサイザーを消してハデスサイクラーを落とす……そこまではいい。だがもしアーマードハデスにハデスサイクラーを奪われたら……とりあえず足元のアーマードバトラーは殺されるだろう。だけど正直これ以外に、ハデスサイクラーで切る事に以外に方法が思い付かない。だからこれしかなかった、これ以外には有り得なかった。


「……行くしかないな」

「だからどこに?」


 アーマードハデスが気が付かない内に、とぼけた事を言っている内にナイトサイザーは消失させられ……支えを失ったハデスサイクラーは重力に引かれ、無防備なアーマードハデスの頭頂部に向かい一直線で落ちていく……落ちていき……そのまま——


「そのまま行かないよ。流石にヒントを出しすぎだよ……気持ちは分かるけどさ!」

「ッ……!」


 ハデスサイクラーの刃がアーマードハデスの頭部と接触する直前。アーマードハデスは後方に跳躍し……そして着地してすぐ、軽やかに……その鎧の姿を自慢げに見せつける様にして1回転する。

 その光景、アーマードハデスの動きを見て俺は息を呑む——が、それは悔しさによるものではなく……


「来たァッ……!」


 むしろ歓喜によるモノであり、またその喜びを表に出さない為のモノであった。

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