第八界—3 『黄泉ノ鎧』
——
「へぇ……好きだよこういう雰囲気」
「黒姫には新鮮かもな。こういう庶民的なとこ」
「見たり来たりはあんまないね……基本家から出たりとかしなかったからさ」
俺の自宅。周囲の灰色に染められた民家とは違う建造物……その中に入り、玄関に立った黒姫はキョロキョロと、未知なる世界に立ち入ったかの様に周りを見渡す。
「俺は地下室の方行ってるからさ、見て回りたいんだったらお好きな様に……」
「人が居ないならプライバシーも存在しないしね!」
黒姫は俺の提案を聞くとすぐに、靴を乱雑に脱ぎ捨て、好奇心に駆られる様にして廊下の上へ踏み入り、走り出した。
「……ただいま」
1度外の世界、灰色に染められた外界と繋がるその扉に目を向け、そして廊下に踏み入る……帰宅する。誰かが自分を待っている訳ではない、そんな空の箱だとしても——
「大丈夫、アレ——いやあいつはきっと残ってる」
と、自分に言い聞かせる様に呟き、自身の部屋に繋がる階段、その隣の下り階段……地下室に向かい歩く。
俺は昔、”あの日”よりもっと前。俺はヒーローへの憧れを未完成品……偽りのモノでもいいからとダンボールで粗末な鎧を作り上げた。その鎧はナイトやバトラーと違い、纏った所で強大な力が湧くわけではない……が、勇気が湧き、その勇気が憧れを増強させてくれる。だけれど白波を見捨て……憧れを捨てた日以来、1度も纏っていない……いや、それどころか1度も見ていない……対面していない。鎧を捨てるわけでもなく、1度も地下室に入らずに放置していた。
「俺がヒーローへの憧れを捨てたって、そう自分に嘘を吐いてただけだったからかもな——今思えば」
と、そう自嘲する風に……全部終わった後であるかの様に地下室の扉を開く——するとそこには。
「……はッ?」
ダンボールの鎧は存在していなかった。埃が濃霧の如く室内に充満しているだけであり……そこは幼少の頃の俺が夢を詰め込んでいた空間ではなくなっていたのである。
「なんで……知らない内に母さんか誰かが掃除したのか……?」
いや違う。もし掃除の際にあの鎧を破棄したのだとすればそれと同時にこの埃も1度綺麗にするはずだ。
「じゃあ誰かが何かの目的で持ち出した……」
それも違う。ならこの積雪の如く積み重なった誇りの床に足跡が残っているはず……時間が経ってまた埃が重なったとしても、薄くなっている箇所があるはずなんだ。
となると、有り得る可能性は——
「鎧自身が動いた……? それも浮遊して……」
「何この霧——まさか埃ッ!?」
俺にとって憧れの象徴の所在について思考していた……が、その思考は階段を駆け下り、そして視界を遮る程の埃を目の当たりにし驚きを込め上げられた黒姫の叫びにより停止させられる。
「ちょっと見てみたい事がさ……ってその服……俺のか」
「そ! 朝日の部屋探索してる時に見つけてさ……気に入ってたから来てみたんだ」
その叫びに意識を引かれ、視線をその方向へ向けるとそこには俺の今着ている革コート、それと同じ物……予備を煌びやかなドレスの上から纏う黒姫の姿があった。外側の黒と、内側の黄金は色としては対照的であるが、それもまたギャップを産んでオシャレに見える。というか黒姫が着れば大抵の服装は一流のファッションとなりそうだ。
「というか同じ服を何着かずつ揃えてるんだね。数の割に種類が少なかったよ……朝日が今着てるヤツと、赤いレザージャケットとか……あと赤い手袋多すぎない? 20組はあったよ」
「グッズ集めの一環だからな」
買う時も、着る時も認めてこなかった。だがヒーローへの憧れを認めた今なら断言出来る。俺がこの革コートを選び……3着も買い揃えたのはとあるヒーローを意識しての事であった。
「へぇ……じゃあ部屋のカレンダーもグッズ集めの一環?」
「え? いや違うけど……」
俺の部屋、クローゼットの隣に掛けられているクローゼットはヒーローとは一切の関係が無いモノ。そこら中で新年に売り出されている様な、よくある普通のカレンダーだ。
「ならなんでわざわざ2016年の使ってるの?」
「……は?」
その問い自体——というより、その発言の中の”2016年”という言葉に俺の心はざわつかせられる。
俺は記憶力が良い訳ではない。だからしっかりとカレンダーを使用し……毎年買い変えていた。だから2016年のカレンダーが掛けられているはずがない。それにどうしてわざわざ2016年の……
「何月のページを使ってた? そのカレンダー……」
《2016年 —月—日》
「10月だったかな」
《2016年 10月—日》
「あとそうだ。その日が終わるとちゃんとその日のマスにバツ付けてたおかげで最後に使ったのが15日だってすぐ分かったよ」
最後に使ったのが15日……つまり、そのカレンダーが指す当日はその翌日の——
《2016年 10月16日》
「ッ……!」
「うぉぁっ……朝日!?」
カレンダーの指す日と”あの日”が合致した瞬間、俺は走り出し……黒姫を押し退けて階段を駆け上がる。そしてそのまま家を飛び出し、”あの日”と崩壊直前の日と同じ様に、息を切らしながらあの場所へと無我夢中で向かう。
「そんなわけないッ……けど!」
今、俺の脳内に浮かんでいる事。それは決して有り得ない事である——そう理解出来ても動かずにはいられなかった。
心がざわつく。
衝動が止まらない。
直感があの場所に行けと命じてくる。
「ッ……がぁ!?」
足元を見ず、ただ前だけを見て駆けていた時。俺の足は突然滑りそのまま前方へ転倒する。
「なんだ……!?」
地面に打ち付けられた後、起き上がると革コートは濡れており……月光を反射し黒光りしていた。何故転んだだけで濡れたのか……それは豪雨の後の様に地面が水浸しになっていた事が原因である——だが。
「ッ……」
雨は1粒も降っていない。夜空の星々を、そして月明かりを遮る雲すら存在しない。だから地面がこんな水に覆われている訳がないのだ。けれど、その浸水した道は今日と”あの日”の繋がりを更に確定させる。だから俺は立ち上がり、疾走を再開した。
「ぜぁッ……!」
左右では灰色の住宅街がどんどんと、時を遡るかの様に過ぎ去り……足元では水飛沫が舞い、俺の全身を黒ずんだ雨水が灰色に染め上げる。
「ッ……」
そして、”あの場所”——“あの日”白波と待ち合わせた橋に辿り着き……そこで俺の視界に映ったモノ——者は……
「お前……」
浸水した灰色の橋とその上にまで飛沫を上げる氾濫した川、そしてもう1つ……というよりもう1人——
「こんばんは。黄泉の鎧——アーマードハデスだよ」
宇宙の暗闇を思わせる黒のアンダースーツに人骨の鎧を纏い、その頭部に人魂を灯す者。黄泉の鎧が……アーマードハデスがそこにはいた——
「どうしてお前がッ……そこにいる!」
“あの日”、白波が居たかもしれなかった……留まる事の出来なかったその場所に存在していた。
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