第八界—2 『黄泉ノ鎧』


——


「命の危険が無いってだけで快適に思えるもんだね……こんな終わってる街でもさ」

「まぁ生物が居なくて色が無いだけだし……十分過ぎる程終わってんなこの世界」


 これから自分達の生きていく事となる世界を庇おうとする——が、今歩いているこの道も、何もかもがその弁護を不能とする材料となってしまう。


「……なんで私の家だけ無事なんだろ」

「そういえば……あ」


 来る日も来る日もワールデスと戦っていて忘れていた。それに1度も行って——帰っていない。そう、黒姫の家と同じ様に崩壊の影響を受けず……更にスノーワールデスが開界しても雪の世界に塗り潰されなかったのは——


「俺の家もそのままだ」


 俺の、朝日 昇流の自宅。


「……行ってみる? 散歩のついでに」

「久しぶりに帰るかぁ」


 別にあの家で俺の事を待っている誰かがいる訳でも、ホームシックになっている訳ではない……けれど。

 ヒーローへの憧れを否定してから1度も見ていないあれをまた触りたくなった。かつての俺にとって、自身の憧れを象徴、具現化していたあれとまた対面しなければならない……そんな気がした。

 だから、俺は今から自宅の……その地下室を目標地点として歩き出す。


「……ねぇ朝日」

「なんだ……?」


 目的地がハッキリとし、しばらくの沈黙が流れた後……黒姫は控えめな様子で、頼み事をする様に声を掛けてくる。


「この前朝日に頼もうとした——」

「私の所有物になれ、っていう話だろ? 別にいい……お前の物になってもさ」


 黒姫が言い切る前にその言葉の続きを言い、そしてそのまま承諾した。


「え……でもこの前は嫌がってそうだったけど……いいの?」

「困惑はしたけど別にデメリットは無いからな。生存者はお互いに、お互いしか知らない……だから出来るだけ良好な関係を築きたいしな」


 流石に着替えや風呂の世話までされるのはたまったもんじゃないけれど。


「ありがとッ……それじゃあ早速体中に私の名前書いてもいいよね!?」

「それはやめてくれ……敏感肌なんだ」

「関係ある?」

「ある……んじゃないか?」

「ならしなくていいよ。物が壊れるのはもう沢山だからね」


 とりあえず耳なし芳一状態は回避出来たらしい。


「……」


 俺はさっき、黒姫の所有物になる事を了承した理由を利害の一致として説明した。だが、それは建前であり……本当の理由は別にある。

 所有物となる事を求める時の黒姫、その目からは……声からは、必死さと焦りの様なモノが感じられる。アーマードワールデスが現れる前も、さっきもそう……黒姫は明らかに救いを求めていた。だから俺はヒーローへの憧れを抱き続ける者として、その救いへの欲求を解消したくなった——だから承諾する事にした。

 黒姫がどんな過去を背負ってるのか、どうして俺と彼女だけがこの崩壊した世界に存在しているのかは分からない。でも……それでも俺が残った事に何か意味があると信じたい。だから俺は、朝日 昇流は救いを求める誰かが居るのなら絶対に手を差し伸べる。


「なれるかなんて分からないけどな……ヒーロー」



——



「いない……どこ行ったッ……!?」


 暗闇に包まれた廊下、その中に2つの光——ナイトの瞳が浮遊する。その動きは不規則であり、声も荒げられており……ナイトは明らかに焦っていた。


「騒ぎが起こっている様なそんな激しい音も無かった……から”あいつ”が本格的に行動を開始したとも思えない……だがなら何故こんな時間に……!」


 時刻は2時半を過ぎている。そんな時間に起きている……のならまだしも外出するとは思えない。だから何かが2人の身に起こり、そしてその結果としてこの屋敷の中から姿を消したはず——


「朝日とあのお嬢様っ娘はただ散歩に行っただけ……私は無関係だから」

「それなら良かった……が、お前が姿を現したのは良くない状況だ」


 暗闇の中に、ナイトの瞳の光と対峙する様にして現れた緑色の人魂の光はナイトの焦燥の原因について語る。ナイトはその人魂の言葉を聞いて安堵すると共に先程までのモノとは別の、新たな焦燥を抱く。


「姿を現したのはこれが初めてじゃない……たまに朝日にちょっかいかけてた」

「……あれ冤罪だったのか」


 朝日が黒姫を襲ったとかなんとか騒いでた時、朝日はへんな鎧を見た……とか言っていたがその言葉が人魂の言葉により今になって肯定された。冷静になればあの時の言い訳は明らかにこの鎧の事を指していたらしい。


「それで……何の用だ? 朝日の前になら分かるが……俺の前に現れるなら意味が無いわけではない——何か目的があるはずだろ」

「事情を知ってるから話が早い……助かる」


 人魂はそう返答すると人魂型の目の輝きを増させ……その白い鎧の姿を黒の中に浮かび上がらせる。アンダースーツが黒いせいで白い装甲だけが見え……肉体を持たず、まるで視認出来ない存在——所謂幽霊が鎧を纏っている様に視界に映る。


「貴方の答えは嫌い。だから長話はしたくない……から、要件だけを言う」


 鎧はゆっくりと、忍び寄る様にナイトに接近し……そして右手に掴むチェーンソーを顔の横に持ち上げた。


「私に与えられた役を降りる方法は無いのか……この刃で朝日を殺さず済む方法は存在するのか——それが要件」

「無い。それだけは有り得ない」


 即答である。ナイトの声は重く、そして一切のブレが生じていない事から、その発言の内容に対し一切の迷いが無い事が分かった。


「もし、仮にお前の役が消えたとしても朝日が死ななければ——」


 ナイトはアーマードナイトとなり、自身と共に戦う者の死を当然であると、むしろ必要なモノとでも言う様に言葉を紡ぎ……そして。


「朝日を救う事が出来ない」

「……そうだね」


 そんな矛盾する言葉に対し、一切の違和感を感じていないかの様に発言する。鎧もそのチグハグな発言を聞いて納得した様に返事をし、そしてナイトに背を向けた。


「なら仕方ない……朝日の為に殺してくる……全部、終わりにする」

「待ッ……!」


 鎧は朝日を殺すと、そう宣言——宣戦布告し歩き出す。ナイトはその歩行を止めようとするが気が付いた時にはもう鎧は、闇夜に紛れる霊の如く姿を消失させていた。


「……まだ駄目だッ」


 ナイトは一瞬、迷う様に目を泳がせた後、鎧の進行方向とは反対を向き、そして風を切る音を鳴らしながら玄関に向かい飛行を開始する。

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