第七界—2 『鎧ノ開界』


——


「そっちの方からも何かが光線を弾いてるの見えなかったのか?」

「朝日の位置から見えなかったのに展望台に居た私が見える訳ないじゃん」

「そりゃそうか」


 黒姫の自室の中、俺——朝日 昇流と黄金 黒姫は1本の蝋燭の頂点で燃え盛る1つの炎を眺めながら、光線を弾いた何かについて議論する。

 蝋燭の火は俺と黒姫、テーブルと2つの椅子のそれぞれを、生物と無生物で区別する事なく照らしていた。

 とりあえず、現在分かっている事は3つ。


「黒姫が光線を操作した訳ではない、俺が光線を弾いた訳でもない……俺からも、黒姫からも何かが弾く姿は見えなかった……って事だよなぁ」


 結局、その3つは何者かの正体、光線が弾け飛んだ原因は分からない、という事の根拠にしかならなかった。

 だが、分からないからといって放置するわけにもいかない。

 もしもあの光線の軌道変更の現象がワールデスによるものだったとしたらもう既に攻撃が開始されているという事になる。

 だから一刻も早く、ワールデスの攻撃……又は開界により俺や黒姫が何かしらの被害を受ける前に光線を弾いた何かの正体を突き止めなければならなかった。


「まぁでも、その何者かのおかげで朝日なら絶対に死なないでくれる……っていう確信が持てたよ」


 黒姫は蝋燭の火……その光から視線を俺の瞳に移し、映画やゲームに出てくる、人を魅了し虜にしようとする魔女の様な声色で言う。

 瞼は薄く、細く開かれており、それでもその奥の眼球からは眩しい光を見る事が出来た。


「……」


 一瞬沈黙して、黒姫のその言葉の意味を、伝えたい事は何かと思考する……熟考する……が——


「え?」


 理解出来なかった。

 言葉の直接的な、日本語としての意味自体は分かる。

 だがこれらの言葉を連ねた文によって一体何を言いたいのか、どんな意志を表したいのかが思い付かなかった。


「ごめん意味がよく分からなッ」

「そしてシーワールデスとの戦いでは命を懸けて私の事を助ける意志を見せてくれたね」


 俺が言葉の意味を理解する前に、俺の声を無視して、黒姫は新しい文を語り出す。


「私の為に行動するという事、決して死なないという信頼、この2つがあれば十分……」

「……?」


 何を伝えたいのかよく分からない……けどとりあえず褒めてくれているって事でいいのだろうか……?

 シーワールデスとの戦いで黒姫の事を助けたのは黒姫の為ではなく、自分がヒーローになる為だったのだが——まぁどちらにしても黒姫を助けようとした事に変わりはないか。


「十分だったらなんなんだ……?」

「私の所有物になれるだけの価値がある……っていう事だよ」

「……? えっ……はぁ?」


 その言葉は俺の心の中の困惑の渦を更に歪んだ物と化させられる。

 私の所有物、つまり黒姫の物となる。

 それはつまり、所謂奴隷……とか、そういう意味合いで合っているのだろうか。


「ッ……!?」


 まさか性的なそういうエッチな意味合いだったり——は流石にしないか。


「目線、太ももに行ってるよ」

「……まずい」

「まぁそういう意味合いでもいいけどさッ……別に何かに使用する為に君を私の所有物にしたい訳ではないよ」


 黒姫は俺の心の中の、下衆な発想を見抜いた様に言う。

 俺の視線が蝋燭の火に戻る前に、黒姫は身体を横に倒し……俺の視線の軌道を、自分の瞳に通過させた。


「使用する為以外に何かを自分の物にするとなると……コレクション目的、収集の為か?」

「言い方は不愉快だけれどそれで合ってる……正解だね」


 黒姫はそう返すと体勢を元に戻し、俺は彼女の瞳に惹かれる様にして引き寄せられ……再び、互いに真っ直ぐと……身体の向きが床と垂直になる様にして向き合う。


「収集目的か……」


 こんな屋敷に住む事が出来る程のお金持ちの家の娘……所謂お嬢様である黒姫が、収集目的で人を自分の物にしようとしているとなると少し恐ろしく思えてしまう。


「別にやたらむやみに、同じブランドの物だって理由だけで買い漁るみたいに人を掻き集めてなんかいないよ……あれだよあれ、初めて会って、互いに自己紹介をしてる時に言ったでしょう?」

「自己紹介をしてる時……」


 自己紹介、というと俺と黒姫、アーマードナイトとアーマードバトラーの戦い——その導入となった会話の事だろう。

 その会話の中で、私の所有物……その言葉と関係があったとすれば……


『1番大切な物は……君と同じで無くなって、新しいそれを探してる最中だね』


「あれか……1番大切な物、探し途中の宝物の事か」

「そうそれ、その探してた宝物の空き枠に君を……朝日 昇流という人間を当てはめたいんだ」

「ッ……」


 黒姫は立ち上がり、前のめりになって俺の頬を両手で包む。

 その手は生きている人のそれとは思えない程冷たく……まるで現世にしがみつく亡霊に触れられている様であった。


「けど……いいのか? そんな大切な枠を俺が取っちゃって」

「問題無いよ……君は私の所有物、宝物の条件を満たしているからさ」


 黒姫が言葉を1文字1文字語る度……彼女の両手のひらは更に、ますます冷たくなり、その手は心を奪う様に俺の頬から熱を吸い取る。


「君が私の物になってくれれば君の全ては私がやってあげるよ」

「全て……?」

「そう全て、ご飯もあーんで食べさせてあげるし、お風呂でだって私が君の身体を洗うし、着替えさせるのだって……」

「いや流石にそこまでやってもらわなくても」


 少し困惑し、引き攣りそうになる表情を抑えながら黒姫の両手をそっと離させようとする……が——


「いいややるよ、私の物の全ては私が責任を持ってやらなくちゃならないからね……だから君も私の所有物として責任を持って私に全てを委ねてもらわないと困るんだよ」

「は……ぁ……?」


 その手に入れられている力はあまりに強く、俺から離れる事はなかった。

 それだけでなく彼女の言葉に込められている意思はどんどんと狂気を帯びていく。

 そんな彼女の表情はおぞましい怪物の様に、不気味に視界に映る。


「全てって……」

「君の食事、お風呂、睡眠、着替え、歩行、その他諸々全てを私が手伝わなければならないんだよ……自分の物の手入れメンテナンスは持ち主がやるべきでしょ?」

「相手を自分の物にするという事——所謂支配とは対象を自身より圧倒的に下の存在と思わなければ出来ない行動だと私は考える」

「ッ……!?」


 突然、青年が現れ、俺と黒姫とその青年により蝋燭の周りには三角形が作られる。

 その青年は蝋燭の火と同じ色、赤色の髪の先端を揺らしながら黒姫の言葉よりも更に、1段上の意味不明な語りをした。


「人間……なのかな……?」


 黒姫は困惑し、声を震えさせながらも、表面上だけは平然を保った様に問いかける。

 その際、俺の頭部を縛っていた彼女の両手は離された。


「肉体という意味であれば部分的に人間と私の事を定義出来るかもしれない……だがまぁ、ほとんどは人ならざる者、そして精神に至っては完全に人間とは別の存在……だ」

「これ以上俺の脳を混乱させる様な事を喋るな!」


 既に黒姫の異常な語りで困惑し、疲弊していた俺の脳を更に混乱の渦に突き落とそうとする青年に向かい、怒りをぶつける様に叫ぶ。


「ッ……とすまない」

「とりあえず、人間じゃないなら何者なのか……あと名前を言え……!」


 このカオスな状況の中で、せめてこの正体不明の青年が何者なのかだけでもハッキリさせておきたい。

 そうしなければ俺の脳は理解不能な数々の情報達によりキャパオーバーし、パンクしてしまう。


「何者であるのか、話の流れ的に一体どんな種族なのかって事なんだろうな……種族は君達がこれまで何度も戦ってきた者達、世界の世界守護者、不幸による世界の消失を未然に防ぐ……均衡保持を使命とするワールデス、その一員、最後の一人だ」

「均衡保持……?」


 その言葉はまるで、ワールデスが世界の平和を守っていると言っている様であった。

 様々な世界を自分の世界で染め上げ、幾千もの世界を消し去ってきた……そんな事を繰り返す種族が平和に貢献している訳ないというのにである。


「そして名前、私、その単体を表す言葉……この世に生まれた時に、最初に与えられるコードネーム、私にとってのソレは——」


 青年は一瞬、黙った様に言葉を溜め……そして自身の脳を指差す。

 青年の、ワールデスの、彼が何の世界を開く力を持つのか……それを表すその名は——


「アーマードワールデス——だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る