第六界—6 『海ノ開界』


「オッ……ォォ……」


 界獣はある程度身体を仰け反らせるとその動作を止め……そして。



『カカ、カッ……カヒャヒャキャカッカカカカカァ……!』



 胸から生える牙の隙間から、初めて界獣としての姿を現した時の様に、奇怪な笑い声の様な音を発生させる。


「何その笑い方……気持ち悪いんだけど……」

「心在る者がナァゼ笑うのか、その感情を声にするのかァ……理由は様々あるだろう……がァ? 俺にとってその答えはよォ……!」


 界獣は恍惚とした様子で灰色の雲に覆われた空を見つめながら、胸の牙を向けた。

 笑い声を漏らす牙の隙間からは、波飛沫の如く青い光の粒子が飛び散っている。


「やばッ……!?」

「優勢になったと勘違いしてるバァカを嘲笑う為だけなんだよナァァアア!」


 そう咆哮した瞬間、入り組んだ牙は開き、その奥の……界獣の体内から青い光線がアーマードバトラーに襲いかかる。

 その光線はもはや、光線というよりはただの光……暴発したエネルギーだった。


「リラィッ……流石に無理だよねぇ……!」


 空気を最大速度で蹴り、飛ぼうとするが……そんな事は実現せず、空気を切り裂き、刹那の真空状態が作られただけで終了する。

 空中に足場なんて物は無く、アーマードバトラーが逃れる事は不可能であり……このまま行けば、黒姫もバトラーの消失はほぼ確実であった。


「はは……またかぁ……」

「お嬢様……?」


 その青白い、死の光を呆然と眺めながら、黒姫は諦めた様に、何か意味深な言葉を……少なくともバトラーには意味の分からない言葉を零す。


「せっかく……たのに……」

「消え死ねやこのメスガよォォオオオ!!!」


 黒姫が何か呟いている間も界獣は煽り叫び、光は海を、空気を消失させながら確実にアーマードバトラーの元へと近付いていくのだった。


 そして、アーマードバトラーの視界は光に埋め尽くされる——


「今だ朝日! ぶん投げろ!!!」

「っしゃ掻き消せッ……ナイトサイザァァァアア!」


 突如、天空へ向かい、大気圏のその先を目指すロケットの如く飛翔するランスモードのナイトサイザーを掴み、界獣の頭上にアーマードナイトが現れる。

 そして叫声と共にナイトサイザーを界獣の胸から放たれる光に向かい投擲した。


「アア!?」

「カタナワールデス以来だなァこれ使うの!」

「1度限りの幻の技になる所だったな」


 光とナイトサイザーの刃が接触した瞬間、光は勢い良く……栓が外され排水溝へと吸い込まれる風呂の水の如く刃に吸収される。

 その光景を見て、界獣は驚愕と苛立ちで声を荒らげ叫んだ。

 光を吸収して、そして消さなければ場面なんてそうそう無いだろうから、ナイトサイザーのこの光を消し去る力は1度限りの謎技になると思っていたのだが……光線に効果があるとなると相当実用的な能力らしい。


「そしてッ……このままぶっとばゼァアァアア!」


 軋む様な音が鳴る程までの力で拳を握り……そして振り上げ、重力に従い界獣に向かい降下を開始する。

 そのまま……界獣の山の頂上の様な鼻先目掛け落下の勢いと共に拳を放とうとした——


「ッ!?」


 結果としては、俺は拳を放つ事が出来た……界獣の鼻先に衝突させる事が出来た。

 だが、衝突したとしても一切の衝撃が界獣に与えられる事は無かった……何故なら——


「水になるのズルいだろそれッ……!」

「この姿でも本来の力も使えるのか……厄介だな」


 界獣が、拳と接触した瞬間、衝撃が伝わる直前、その巨体を一緒にして大量の海水に変え……攻撃を無効化したから……無意味な行為と化させたからである。


「厄介厄怪厄界! 迷惑の意は敵に言われると嬉しいッ……ナァァア!?」

「ゼルォッ……がぁぁぁあぁぁあ!!!」

「つぉ……!」


 俺が拳が空振り……空中で体勢を崩した瞬間に界獣は肉体を、液体から固体に戻し、そして俺の全身を平手で叩き飛ばした。

 ナイトの鎧の右半分はヒビだらけとなり、平手の生み出しだ突風を受けた海は荒れ、風の方向へと流れを作る。


「ひゃッ……あぶづっ!」


 流れを得た海は氾濫する川の様になりアーマードバトラーをその荒波の中に呑み込んだ。

 アーマードバトラーは波に抗おうとするが水流の力に敵わず、波の流れにどんどんと流される——だけでなく、水圧によりバトラーの鎧には亀裂が走り……その亀裂から大量の海水が流入した事によって沈んでいく。


「っ……ゼアァッ……!」


 吹き飛ばされた後、俺は運良く展望台に墜落し、波に呑み込まれる事を回避する。

 だが、先程の界獣の攻撃で受けた損傷に加え、墜落の際に一切の受身を取らなかった事でナイトの鎧は完全に砕け、俺は生身の朝日 昇流となった。


「はぁ……ッ……ナイト! 駄目か……」


 身体を起こし、積み重なったナイトの破片に語りかけるが、微かに揺れるだけで特に意思の様な物は示さない。

 おそらく死んではいない……のだろうが、しばらくはアーマードナイトになれないだろう。


「しばらく待つしかないか……」


 そう呟いて、視線をナイトの破片の破片から展望台の向こう側に広がる海に向ける——


「ッ……」


 そこには氾濫する川の様に荒ぶり、黒ずんだ波に呑まれ、もがくアーマードバトラーの姿があった。

 必死になって海水を手でかき、足で蹴り、流れに逆らおうとするが頭部を海面から出すのが限界の、そんな姿が俺の視界の中に映り、そして——


「ぁざッ……!」


 目が合った、合ってしまった——波の黒い水ではなく、美しい……銀の煌めく十字架は俺の瞳を見つめ……そして、確実に救いを求めていた。


「あ……づっぁぁあ……!」


 怯えた様な、情けない声を漏らす。

 唇を震わし、瞼を見開いて、俺は後退りをしながらその光景を見つめていた。


 その光景は重なっていた。

 俺の視界の中の光景は、心の中の心象風景と一致する。


 この光景がどの風景と重なり、そしてどの記憶をフラッシュバックさせたのか……その『どの』に当てはまる答えは——


「白波……」


『朝日 昇流が緑煙 白波を見捨てたあの日』

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