第六界—2 『海ノ開界』
——肉と魚の腐敗臭漂うスーパー
「展望台?」
「そう展望台、今日は調査しながらそこに向かう事になったからさ、食料確保して家に置いたら出発するぞ」
俺と黒姫が共に洗濯バサミで鼻を挟み、カバンに入る限りのインスタント食品をかき集めるその最中、相談無しに決めたその予定を言葉にして羅列した。
「別にいいけど……なんで?」
黒姫は困惑したり疑問に感じたりはせず、好奇心に近い感情から問いかける。
「朝食食い終わった後にナイトが展望台に行けって言ってきてさ、面倒だから何度か拒否したんだけどあっちも何度も何度も行け行けうるさくって……」
「それで根負けしたの?」
「まぁ……そういう事」
説明が面倒な為そう答えたが実際は根負けした訳ではない。
それも一因なのだがそれ以上にあのナイトの異様なまでの執着、懇願する様な目を見て、その提案に従ったその先に何が存在しているのか気になった……つまり決め手となったのは好奇心である。
それともう1つ理由があるとすれば、興味を持ったのと同時に……もしかするとそこで、展望台で自分の理想を知れるかもしれないという確信の無い、淡い期待を抱いた事だろうか。
「よし、じゃあ詰め終わったしさっさ……あ」
「……最悪……」
ある程度、1週間分程度の食料を詰め込んだのを確認して、カバンを持ち上げた……その瞬間だった。
「どうする……これ」
「どうするって……手で持って帰るしかないでしょ」
カバンの底が食料の物理的な重さに、俺達にとっての重大性としての重さに耐えれず、破れ落ちる。
スーパーの汚れた床に色とりどりのカップラーメンが転がり、俺と黒姫のつま先にぶつかり、虚しく、死んだ様にその動きを停止させる。
「食料も今はどうにかなってるけど……いつかは無くなるだろうね、無くなる時までに生きてればだけど」
「生きてれば……か……」
「このほんとに終わってる世界で、ワールデスに襲われる世界で長生きは正直難しいだろうけどね……ま、その時までは出来るだけ楽しく過ごそうよ」
「……そうだな」
よく考えてみるとこの世界は、人がほとんど消え、様々な物が機能を停止させている。
たとえ俺の理想が何なのか分かったところでこんな世界で叶える事は出来るのだろうか……?
こんな、崩壊した世界で……
「……」
そんな事を考えながら俺は地面に転がるペットボトルを1本拾い上げた。
——墓地の横、展望台への道
「なんか今日やけに寒くない?」
「あー……そういえば確かに」
黒姫に言われて気が付いたが確かに昨日までと比べると体感で10度くらいは下がった様な気がする。
「まさか雪とか寒さのワールデスが世界を開いてたり……!?」
「スノーワールデスが世界を開いてたらこんなもんじゃ済まないよ……ん……?」
……待てよ?
何かおかしい様な気がする。
何か……何か認識の違いというか、違和感というか……
「スノーワールデスの事知らないのか? いやワールデス自体は見てなくとも雪の世界が広がってた事くらいは気が付くだろ……?」
黒姫は記憶を失っている。
だから認知していない事実が多かったとしても特に不思議ではない。
だが、記憶喪失だとしても、目が覚めたのが崩壊後だとしても、流石にあの雪の世界には気が付くはず……
だというのに、彼女はまるでスノーワールデスがまだ出現していないという風に、存在を知らない様に発言した。
「え……いや私雪なんて1回も見た事無いけど……」
「お嬢様が起きたのは貴方が、貴方達が、アーマードナイトがスノーワールデスを撃破した後です、なので雪の世界を知りません」
互いに困惑する俺と黒姫の間にバトラーが割って入り、互いの認識の差異の、違和感の解説だけしてまた黒姫の背後に帰っていく。
「固定シンボルのNPCみたいな動き方するなお前」
「雪遊びしたかったなぁ……」
「冗談抜きに遊んだり出来る様なレベルの寒さじゃなかったから寝てて良かったと思うよ」
どのくらい寒かったと言えば、人の脳が変になって絶景に向かい、光に寄せられるハエの様に無心で歩き続けてしまう位には寒かった。
要するに遊びの寒さじゃなく本格的に命が懸るレベルの寒さだった。
「へぇ……じゃあこの寒さは偶然……いやお墓の横だからかな?」
「霊的な話はやめろよ」
「怖いの?」
「1人で眠れなくなるくらいにはな」
流石に眠れはするが確実に悪夢を見る事に、金縛りに会う事になる。
別にそれで本当に死ぬわけではないのだが起きた時の疲労感が不快なのでなりたくない、だから聞きたくない。
「へぇ〜? なら一緒に寝てあげようかな」
「いますぐ怖い話をしてくれ」
冗談半分で少しイジる様に言ってきた黒姫に対して本気のトーンで返す。
「……にしてもお墓かぁ……1回も行った事無いや」
「……そうか」
普通にスルーされた。
「墓か……」
そういえば世界が崩壊したのは、ナイトと出会ったのは白波の命日だったな。
墓で弔いをして、その後展望台に行って……それで……どうなったんだ?
展望台で啓示と何かを話して、そして、それで……気が付いたらベッドの上にいた、目を覚ましたんだ。
よく考えていると俺は今、あの日と同じ道筋を辿ろうとしている……
「……墓地に寄ってもいいか? 少しだけでいいからさ」
何か分かるかもしれない——
あの日と同じ様に墓石の前に立って、それから展望台に行けばこの世界に起きた何かを知る事が出来るかもしれない。
そんな確証の無い可能性を信じて提案してみる。
「別にいいよ、時間が無い訳でもないんだし」
「よっしゃ」
その了承が出されたのはちょうど墓地の入口の前に辿り着いた時の事だった。
「……?」
黒姫の言葉は聞き覚えがあった様な、デジャブの様に感じた……と、そんな事を何となく、少しだけ不思議に思いながら墓地に踏み入った……
「待って」
だが、2歩目を歩もうとした時。
黒姫がさっきまでの明るく軽い声色を重たく……恐怖している様な、そんな震えた声に変え、俺の右手首を掴んで引き止める。
「どうかしたか……?」
「駄目、行っちゃ駄目……」
黒姫は首を横に何度も振りながら言う。
その目は大きく、眼球が転がり落ちるんじゃないか心配になる程開かれており、その動作は彼女が何かに気が付き、その事に恐怖している事を感じさせた。
「……まさか」
気が付いた、というのは違うかもしれない。
何か……自分の、5年間の記憶を思い出したんじゃないだろうか。
「ひょっとして何か思い出しッ……」
「違う!」
「ッ……」
その問いは彼女の拒絶するかの様な叫びによって途切れさせられる。
だがその行動は逆に彼女が忘却していた何かを取り戻した、という可能性を確信へと近付けた。
「とにかく駄目、行っちゃいけない……行きたくない……」
「……分かった行かないよ、ごめんな急に墓なんて陰鬱なとこ行きたいなんて言って」
「……」
そうなだめる様に言って、逆に彼女の手を引いて墓地を、白波の元を後にする。
彼女は、黄金 黒姫は一体何に気が付いたのだうか、何を思い出したのだろうか。
その何かは一体彼女にとってどんな存在であり、彼女の在り方にどんな影響を与えるのだろうか。
分からない、知らない……だがそれでいいのかもしれない。
何故なら俺と彼女は今はこうやって共に生きているが本来関わりの無い、関わりがあったとしても他人であり、彼女の事を、他人の事を知らなかったとしても何も知る必要の無い——そんな他人事なのだから。
そして、前述の事とは一切関係なく、朝日も黒姫も気が付いてはいない事……者が——
「……フェイント」
白の装甲に人魂型の目を持つ鎧……朝日の命を刈り取ろうとした鎧が墓の中に存在し、2人の事を監視していたのだった。
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