第六界—3 『海ノ開界』



——灰色の街、その全てを見下ろせる展望台


「へぇ……大分見晴らしがいいね……一面灰色なのが残念だけど」

「元の色なら相当いい眺めなんだけどなぁ……」


 本来、この展望台から見える景色には木や人、人の作り出した建物達の色が存在していた。

 だが、今では……崩壊した後の現在では灰色に……無色よりも個性の無いその1色に染め上げられている。


「もう……見れないんだよな」

「そんなになるほど綺麗な景色だったんだ……」

「思い出の場所っていうのもあるだろうがな、自作の鎧を纏ってよく着てたし」

「その話はやめろ……え……?」


 ナイトと俺が出会ったのは世界が崩壊したその日だった……

 だがナイトは今、崩壊する前の……あの日の前の俺の行動についてまるで実際に見たかの様に語っていた。

 ナイトの発言は嘘ではない、だからこそおかしい……知り得ないはずなのに知っている、という矛盾が発生しているのだ。


「お前なんでその事知ってるんだ……?」

「ほんとにそんな事してんだ……」


 黒姫が少し引き気味に呟くがそんな事はどうでもいい。

 それ以上に今、俺の関心はナイトの発言に向けられていた。


「なんでお前が崩壊前の出来事を……あの日より前の俺を知ってるんだ……! 答えによっては……!」


 その答えによっては、ナイトとの関係を全て無くして……そして敵対する事だって有り得る。


「……」


 ナイトは答えない。

 一切の答えも、理由も示さないまま沈黙を貫き通す。


「おいさっさと答えッ」

「ッ……リラァ!」

「がっ……」


 声を荒らげ、ナイトに向かい怒号を浴びせようとする。

 だが黒姫の放った回し蹴りが俺の鳩尾に入り、それによって叫びは強制停止させられた。


「ぐぉぁっ……っ……何すんだよ……!」

「せっかく絶景を頭の中に浮かべようとしてたのに喧嘩しないでよ」


 黒姫は腹を抑え地面に膝を付く俺を見ながら、少し苛立っている様な、荒い声でそう言ってくる。


「はぁ……別にナイトが何を知っていようと何を企んでいようとさ、今協力してくれてるんなら利用した方がいいでしょ」

「……まぁ……そうだな」


 黒姫の言う通り、ナイトが過去に何をして、現在何を考えて行動していたとしても協力してくれるのなら利用すべき……というか利用しなければ生き残れない。

 だからここでナイトを拒絶するのは悪手と言えるだろう。


「急に切れたりして悪かったな……ッ?」


 心の中にまだナイトへの不信感を残したまま、ナイトに謝罪の言葉を伝えた瞬間、俺の頬に僅かな温かさを持つ水滴が……上から落ちる雨とは違い横から飛んでくる。


「悪いが話はその辺で終わりにしてもらおうか」


 突然、さっきまでは何も存在していなかった柵の上に青い……鮫の様な魚人……の様な怪人が現れ、話を中断させる。

 怪人の肉体は半透明であり、その身体を通して見る街は青く、海色に染められていた。


「出てきたね……貴方は何ワールデスなのかな……」

「シーワールデス、海の世界のワールデスだ……お前達はアーマード何とアーマード何……だァ?」


 黒姫の問い掛けに対しシーワールデスはしっかりと答えを返し、そして同じ問いを俺と黒姫に返してきた。

 こいつの喋り方からは……なんというか、理解している問題の解説を求めてくる様な……気味悪さを感じる。


「……朝日 昇流、アーマードナイトだ」

「黄金 黒姫、アーマードバトラーだよ」

「そうか、そういえばそんな名前だったなァ……ナイト、ナイトなァア……?」


 シーワールデスが舐め回す様な発音を、視線をナイトに向けた後、展望台の中にいる全員に沈黙が、一瞬の膠着状態が流れ……そして……


「「アーマード!!」」

海ノ開界カイノカイカイ……!」


 3者から戦闘開始の宣言が放たれた。


「ゼァァア!」

「行くよ!」


 それぞれの人間と鎧が一体化し、朝日 昇流はアーマードナイトに、黄金 黒姫はアーマードバトラーへと姿を変え、同時に、別方向からシーワールデスを攻撃しようとする。


「っ!」

「ひゃっ……!?」


 だが、その攻撃がシーワールデスの元に辿り着く事は無かった。

 跳躍の力が足りなかったわけではない、止められたのだ。

 シーワールデスへの跳躍は、シーワールデスへの攻撃は、”海”によって強制的に停止させられたのである。


「こォレがァ……俺の世界……だァア!」


 2人の鎧は展望台の柵の先から、ミミズの様に這い上がってきた海水の鞭に、蛇に捕食される様に呑み込まれ……その海中に捕えられていた。


「世界の海の中で砕けやがァレ鎧どもがァァ!」

「おぉぁッ……!」


 そしてその海水で象られた蛇……ウミヘビの中に強い流れが、海流が発生し、下へ、下へと引きずり下ろされる。

 もし展望台の柵の向こう側へと行ってしまったのであれば、街に向かい勢い良く落下するはず……なのだが、下ろされた2人の鎧は急降下はせず、浮遊し……ゆっくりと……少しずつ重力に引かれていく。


「まァ、砕けるより先ィに……? 溺死するだろうがナァ……!」

「ッ……!?」


 目の前の景色に驚き、思わず出た言葉は音にならず、空気泡となって上へと昇る。

 その自分が生み出した泡を見て、自分の今の状況を理解した。

 俺は今、海中に居るのだと……海の奥底へと沈んでいるのだと、そう気が付く。

 そして……海の中を沈んでいく俺の視界には、海の中に沈んだ街が映っていた。

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