第五界—1 『心ノ開界』
——早朝、黒姫の屋敷前
「ッ……朝か……」
俺は……朝日 昇流は、瞼を貫く朝日の光に眼球を刺激され、そして目を覚ます。
10月後半という事もあって夜は寒く、大地を振動させる程身を震わせていた。
太陽の登り具合から見て現在は大体4時……この時間帯だとまだまだ寒いはず……なのだが、何故か俺の身体は優しさの様な温もりに包まれていた。
「これ……毛布?」
「あっ起きた」
その温もりの正体は毛布によるものであり……そして塀に背を掛ける俺の事を黄金 黒姫が、昨日の軽蔑と恐怖の視線とは真逆の、慈愛に満ちた目で見つめていた。
「君がやってくれたのか……ッでもなんで……」
「昨日は怒っちゃったけど、よく考えると君があそこで私を襲う程計画性の無い人間なら昨日の勝負で勝ってないだろうし……布団を掛けるとか、何かの理由でベッドに乗った時に転んだ……とかだよね? 言い訳は酷かったけど」
冤罪とは言え黒姫から見れば俺は抵抗の出来ない状態の自分に抱き着いていた男。
軽蔑、恐怖して当然なのだけれど……人の事は出来るだけ信じようとするタイプなのだろうか。
「にしても寒いね……こんな中一晩かぁ……悪い事したかも」
「まぁ怖い思いさせた訳だしこのくらい平気だ」
嘘である。普通に風邪を引いていてもおかしくないくらいに寒く、当然平気ではなかった。
「あぁそうだ、君に頼みたい事があったんだよ」
「頼みたい事……俺に出来る事なら何でもするよ」
何度も強調するが”冤罪”だけれど昨日の件の贖罪にもなるし。
「いや頼み事というか……交渉? とりあえず私の話を聞いてみてほしいんだ」
「……分かった」
そう言う黒姫の瞳には、先程の慈愛とも……昨日の軽蔑とも違う、何かが込められており、その目線は真っ直ぐと、俺の瞳の奥深く、俺の心に向けられていた。
その様子から、今からする黒姫の頼み事、その重大性が感じ取れる。
「朝日 昇流……私のモ——」
「ッ……」
「……?」
突然、話の途中で、主題が明らかになる前に俺が息を飲んで、絶句した様に目を見開いたのを見て、黒姫は困惑した様に首を傾げる。
「どうし……ッ!」
そして、塀に投影されたその影を見て、俺の視線に何が存在しているかを理解し振り返る。
そこに居たのは、立っていたのは——
「ワールデス……」
ハート型の頭部を持ち、上半身と、下半身と、巨大な腕と、少なくとも2mはある足とをDNAモデルの様な、赤い螺旋が繋ぎ止める事で人型を作り出している怪人だった。
「……」
俺も、黒姫も、動かない……というより動けなかった。
今すぐに、ワールデスを視界に収めたその瞬間に叫び、ナイトとバトラーを呼び、アーマードとならなければならない。
だと言うのにも関わらず、2人とも一切の動作を起こさいまま、ただ怪人を、界人を見つめる、その心の形を模した頭部を見つめ続ける。
「
やがて怪人は背から生え、胸部までを覆っていた2つの巨大な手が開き、開界の宣言をする。
顕された胸の中央には鍵穴が在り、そして双方の手のひらには大きな、飛び出しかけの眼球が存在していた。
眼球の中心、開かれた瞳孔は、平面だと理解は出来るのに、奥深くまで、無限に螺旋が描かれている様に感じられた。
そして、その螺旋を、登りでもあり、下りである、そんな矛盾撞着の螺旋階段に、意識が……心が惹かれて、堕ちて、囚われる。
——『心の世界 : 朝日 昇流』——
「っ……あ……?」
気が付くと、目が覚めると、俺は学校の椅子に、夕焼けに照らされる教室の中に存在していた。
「あれなんで俺……起きて、黒姫と話して、それで……そうだ怪人、ワールデスが……」
ワールデスが現れて、手が開かれて、その中に眼球があって……それで……
「分からない……」
記憶を辿っても、脈絡が無く、流れがあのハートの怪人が出現した所で途切れてしまっている。
あそこからどうすれば、何が起これば俺は教室の、自分の椅子に座っている、という状況になるのだろうか。
「あの怪人が世界を開いた影響か……」
思考を巡らせる、一体何故こうなったのか、俺の置かれている事態の原因についてを考える。
だが直後、その思考は放棄される事に、現れた衝撃により俺の脳内から消失する事となった——
「怪人……あぁそっか……まーたヒーローの夢でも見てたのかな?」
前の席から、振り返って、微笑みながら喋っていた、俺に言葉を投げかけていた。
「……は?」
緑煙 白波が、そこにいた。
夕暮れ時の太陽光に照らされて、肌をうっすらと、桜色に色づかせて……
「どうかした? 幽霊でも見た様な顔してさ……」
緑煙 白波が、生きていた。
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