第四界—6 『執事ノ鎧』


「びっくりした……けど崩れたのは1階の天井だけ、全部の階が崩れて来たらアーマードバトラーの耐久度じゃ耐えれないからね」


 1分程度の膠着の後、アーマードバトラーは瓦礫を跳ね除けて立ち上がり、声を発する。


「申し訳ございません……お嬢様の身を護る鎧として面目ない」

「別にいいよ、耐久度の代わりのスピードな訳だしさ……あ……?」


 アーマードバトラーは、私、黄金 黒姫は煙により視界を奪われた状況下で……ある1つの……いや、数としては2つの、灰色の中にうっすらと、周囲を微かに照らす光を視認、確認する。


「バトラー、光で位置がバレるから目閉じといて」

「常時閉めております」

「戦闘中も閉じてたんだ……」


 普段も目を閉じてるのもおかしいが、まだ理解を示せた……けど、流石に戦っている時は開いて、相手の行動を見てアドバイス等の戦闘のサポートをしてほしい。


「よっ……と」


 崩落の衝撃によら窓が割れ……失った窓枠を軽く跳んで通過し、校外に、校庭に……煙の中に立つ。


「これが君の最期だよ……!」


 煙の中に浮かぶ光に向けて……アーマードナイトの胸の、ナイトの瞳の輝きに向け、月光を強く反射させる銃の、戦執銃——バトライルブラスターの銃口を向ける。


 どうやら粉塵の中になら身を隠せると、私の視界さえ奪えば攻撃は出来ないと、そう判断したらしいけど……でも無駄、ただの悪あがきにしかならないよ……!


 と、そう心の中で、冥土の土産だと言わんばかりに長々と、長ゼリフを語る悪役の様に言葉を連ね……そして、殺意を持たず、ただ、要らない”物”を捨てる為、その引き金を引こうとした……その時——


「ゼァアアァァァァア!!」

「なッ……がァあ!?」


 突然、空から朝日 昇流が墜落する様に落ちてきて、そして両手に掴み、振り上げた大きな……さっき投げた壁の破片を、アーマードバトラーの後頭部に衝突させる。

 アーマードバトラーの後頭部には微かにヒビが走り、そして内部の……黄金 黒姫の脳を揺るがせた。


「ッぅぁ……」

「ゼルァァア!」

「ごぁぉっ!」


 朝日 昇流は、俺は、着地してすぐに……右手で頭を抑え、身体をふらつかせるアーマードバトラーの側頭部を破片で殴打しヒビを作る。


 その後も、主に頭部を狙って殴り続ける……決して楽しんでいるのではなく、殺してしまわぬ様、そしてまた殺されない様にするにはこれしか……人間としての力で戦うしか無かったのだ。

 その為に、この不意打ちの為に、怪我をしないと分かっていても湧き出る恐怖を抑え、飛び降りた……はっきりと言ってバトラーの鎧にダメージを与えられるかどうかは博打だったが……どうやら神は、世界は俺の味方をしてくれたらしい。


「ゼッ……ァァァァアア!!!」


 そして最後の一撃を、破片が砕け散る程の力で、アーマードバトラーの顔面に……十字架のバイザーにぶち込んだ。


「ブァッ……」


 その打撃によりアーマードバトラーは後方へと倒れかけながら後退りする。

 そして十字架の、俺から見て左半分が破損した事で黒姫の右目を露出させた。


「ぁッ……ぁ……あの光はッ……アーマードナイトの光はッ……!?」


 突然の事だったから、はたまた脳に衝撃を加えられたからか、アーマードバトラーはまだ理解が追い付いていない、という様な様子で光について、そこに俺達がいる、という確証について問いかけてくる。


「光は確かにそこにある……けど、それはナイトの光であってアーマードナイトの……俺達の光じゃない」

「つまりまぁ、こういう事だ」


 そう言って、その答えを、風に乗り、薄れ、消え行く粉塵から姿を現し、ナイトは示した。


「それで……まだやるか? やるなら今すぐアーマードナイトになるけど」


 拳を構え、すぐに、アーマードバトラーの攻撃が来る前にアーマードナイトになれる様体勢を整える。

 正直、こうやって追い詰める所までは行けると思っていたが黄金 黒姫が身体が動く限り戦うタイプだったなら、殺すしかなくなるから俺に勝ち目は無い……死ぬしかなくなるだろう。


「いや……貴方の勝ちでいッ……」


 そう言い切る前に、俺の勝利を告げて、自らの敗北を認めて、アーマードバトラーは、黒姫は露出した右目を白くして、後方へと倒れた込んだ。


「……やば」

「おっ……あ〜あ」


 黒姫は大地に身を密着させ……女の子がしてはならない様な目をして、首をガクリと転がす……多分、おそらくこの仮面の下の表情、その全てを見てしまったら俺は、彼女の事をお嬢様キャラとして認識出来なくなるだろう。


「ぉお嬢様ァぁああぁアぁァアアァア!?」


 夜明けの、昇る朝日に照らされる町に、執事の鎧 バトラーの絶叫が鳴り響く……響き渡った。



——黄金 黒姫の自宅、御屋敷、その寝室


「はぁ……最後の一撃強くやり過ぎたかな……」


 並ぶ4本の、その中の1つの光だけに照らされながら、俺は、朝日 昇流はやたらと大きなベッドの上で、安らかな表情で眠っている……というか気絶している黄金 黒姫の顔を眺めながら呟く。


「……そうだ毛布、風邪引かれても困る……ッ……!」


 黒姫の細い身体に、毛布を掛けようと立ち上がった時だった。

 俺との間にベッドを挟んだ反対側にそれが現れる。

 この崩壊した世界で最初に俺の命を奪おうとした者——人魂の鎧がそこに存在し、俺と共に黒姫を挟む位置に立っていた。


「ようやく出てきたな……すっかり忘れてたなぁお前の事……!」

「……悲しいね、それは」

「ちゃんと心はあるらしいな……」


 全く接点の無い人間に忘れられて悲しむなんて、そこまでの感受性を持ってる者は中々居ないだろう。

 つまりこの鎧はちゃんと、どころか普通の人間以上に感受性の高い心を持っているはずなのだけれど——


「その割にはチェンソーを振るう事に躊躇が無いよな」

「それが広げられたこの世界の決まり……定められて事だから……仕方ない!」

「黒姫ッ!」


 鎧は右手に握られたチェンソーを以前と同じ様に振り上げ……そして俺ではなく、眠り、無抵抗な黒姫の首に向け振り下ろそうとした。反射的にベッドに飛び込み、黒姫の事を庇う様に抱き上げる。


「ッ……!」


 前回はなぜだか分からないが鎧は姿を消し俺は助かった……が、奇跡は2度起りやしない。

 チェンソーの刃はそのまま振り下ろされ、位置的におそらく俺の肉体をちょうど腹の所で、真っ二つに切り裂くだろう。

 心が恐怖で染められる。

 脳内で俺の上半身と下半身が離れ、その狭間で鮮血を纏った内臓が微かに震えている……そんな映像が再生された。


「何……してるのかな」


 視界を瞼の暗闇で覆っていると耳元で黒姫の声が聞こえた。その声は重く……軽蔑している様であり——


「いや違う! 今そこに白い鎧が居てッ……」


 自身の置かれている現状のヤバさを理解し、すぐさま黒姫を離して、白い鎧を指さした——が。


「居ない……」

「そうだね、居ない……まだ言い訳する?」

「いや本当に……!」


 黒姫の瞳に光は無かった。軽蔑……そして恐怖も混ざる様なその視線が俺の胸を締め付ける。初めて彼女の事を見た時は軽蔑の視線に歓喜したが恐怖されるのは素直に辛い。


「……有罪」

「待っ——」



——そして俺は屋敷を追い出された——



「へっくしゃぁッ……さっ……む」


 結局誤解は解けず襲ったと判断され、ちゃんと黒姫にブチ切れられ、バトラーに殺されかけ、ナイトも庇ってはくれず。

 その結果として俺は屋敷の前で、屋外で、凍てつく空気の中……凍えながら一晩を過ごす事となったのだった——

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