第四界—5 『執事ノ鎧』


「分離!」

「っお……と!」

「からのアーマードッ……ゼァァアア!」


 勝負にとっての最後の一撃が、そして、俺の命にとっての最期の一撃が放たれる前に、アーマードナイトの鎧を俺の肉体と分離させ、パーツ一つ一つを全方位へ吹き飛ばし、その噴射に巻き込ませてアーマードバトラーを遠ざけた。そして再びアーマードナイトとなり空中で、攻撃……というより威嚇の意を込め拳を放つ。だから深くは入れない……が、軽く、アーマードナイトにとっての少し押す位の力でアーマードバトラーの胸アーマーを突き飛ばす。


「リラッ……!」

「ゼァァッ……と」


 アーマードバトラーを突き飛ばした後、すぐに重力の力に身を任せて降下し、学校の、校舎の屋上に着地する。着地の際、極限まで、可能な限り衝撃を床に与えない様にしたが、流石にあの位置から、おおよそ50mの一から、このアーマードナイトという鎧が落ちてきて、この崩壊の影響で脆くなった屋上が無傷でいられるはずもなく、崩れはせずとも屋上全体に蜘蛛の巣の様な大きなヒビを作り出してしまった。


「よっと……あの一瞬で回避方法を思い付いて、尚且つすぐに実行出来る……アーマードとかは関係無く戦闘は結構得意らしいね」


 蜘蛛の巣のヒビの中の1本の上につま先を付け、着地し、特にさっきの攻撃について悪びれる様子もなく、それどころか攻撃によって、あの確実な殺意が込められていた攻撃がただ試していただけ、という風に語る。


「いやお前……もしさっきの攻撃……というか銃撃、あれを避けれてなかったら……」

「死んでた……というか私に殺されてたね君」


 アーマードバトラーは当事者意識がまるで無い様に、他人事の様に、その死という結果が自分の行動による物だと理解しながら一切の罪悪感を示さずにこちらを見つめる。


「まぁなんとなく、直感で君なら避けそうだなと思ってたから殺意とかは特に無かったけどね」

「何言ってんだよお前……命を何だと……」

「君もワールデスを、知能を持った生命体を殺してるんだから命の尊さやらなんやらに関して語る権利は無いよ」

「……」


 返す言葉が見つからなかった、どう反論すればいいのか分からなかった。確かに、俺はこれまで、世界が崩壊してから、人間と同等の知能を持った生命体の殺してきた……脳天を貫き、全身を串刺しにし、頭を木っ端微塵にして、そして命を奪ってきた……そんな俺が命を語る事は、アーマードバトラーの言う通り出来ない……が、言葉の理屈は理解出来ても納得はしたくなかった。


「……同じ種族の生命体を殺すのと、自分の命を狙う相手を殺すのじゃ話が違うだろ」

「んー〜……」


 無理やり、思い付く限りの言葉をかき集めた屁理屈を聞いて、アーマードバトラーは悩む様に、思考を巡らせる様に顎に手を当て声を唸らせる。


「いや……さ、ほら……だからさぁ……」


 考える事を、反論を諦めた様に顎から手を離し両手をぶらりと、重い荷物に手を引かれる様に下げ……そして。


「君が避けると思ってたって、殺意は無かったって言ってんじゃん……!」

「しまッ……!」


 アーマードバトラーは理屈を立てずに反論の言葉を、少し腹を立て、ムキになった様に言った瞬間、そしてその後の刹那の間に姿を消し、初撃と、初蹴と同じ様に、俺の目の前で体勢を下げ、二蹴目を放とうとしていた。


「2度も同じ手はッ……あ……」

「リッララララァァ!」

「がぁっ……」


 攻撃が放たれるその前に、膝蹴りをアーマードバトラーの腹に叩き込もうとする……が、俺の膝が動かされる事は無く、結局アーマードバトラーの連撃を受け、吹き飛ばされてしまう。ぶっ飛ぶ、速く、後方に重力が働いているかの様に、落ちゆく隕石の如く、地面と水平方向に飛ばされていく。


「ズォアッ……ァァアアア!」


 そのまま階段室の扉を破壊し、奥の壁と衝突して落下する。落下し、そして墜落した地点、そこには本来、5階の床があるはずだった……だが、カタナワールデスとの戦い、その決着の際に破壊され、エレベーターの中側程度のサイズの穴が、故意に作られた落とし穴が存在しており、その5階の空白を通過し、4階の床と、カタナワールデスの肉塊と衝突、床と亡骸を共々散らし、その下へと落ち、3階の床を破壊して……それを繰り返す、繰り返して落ちていく。


「おい朝日ッ……なんで蹴らなかった!? あの時なら、あのタイミングならアーマードバトラーを攻撃出来た……そしてこの攻撃を回避出来たはずだ!」


 ナイトは床との衝突による衝撃から俺の身を守りながら、理解が出来ないという風に怒鳴り声を上げ、問いかけてくる。確かに、これについてはナイトの主張の通り、つまりは言う通りで、あの時、膝蹴りを放っていれば吹き飛ばされる事は無く、それどころか勝利への道筋を掴めていたかもしれなかった……だが俺は攻撃をしてはならなかった、だから膝を前に出したりはせず、攻撃をそのまま受けた。


「蹴る直前見えたんだッ……あいつの胸アーマー……俺が1回だけ、軽く突いた箇所がヒビだらけになって砕けかけてた……!」


 それはつまり、その視覚情報は、アーマードバトラーは速度特化……というか攻撃特化で、防御力は無い、鎧だというのに本体を護る力が皆無なのだ……まぁ、その代わりあの高速移動で攻撃を回避しているのだろうが。


「はぁ……それで、そんな脆い奴の、しかも鎧の無い箇所を……アンダースーツしか無い腹を攻撃したら殺してしまうかもしれない、だから攻撃しなかったと?」

「まぁ……そういう事だな」


 戦闘前に宣言した通り俺は怪我をしないしさせない……させたとしても殺したくはない、だから攻撃をしなかったし……おそらくこの後もしない。


「ッ……馬鹿野郎がッァァ!?」

「ごァアッ!」


 ナイトが説教を始めようとしたタイミングでアーマードナイトは1階に墜落、最下層の床と衝突する。

 その衝撃によりナイトの言葉は途切れ、1階の床、壁、天井……つまり2階の床の全てに稲妻の如くヒビが走り、広がった。


「いってぇなぁ……それで、どうする気なんだ? 攻撃が出来ないってなるともう降参するしかなくなるぞ」

「いやそれはしない……最悪怪我はさせても殺さずに勝つ!」


 ただの拳の、たった一撃で殺してしまう可能性が高い……だが、それでも降参はしたくない、だから怪我をさせない事は諦めて、そして命だけは奪わない様にして勝つしかない。


「……方法は?」

「今思い付いた」

「なら良し、アーマードバトラーが降りてくる前にさっさと行動を……」

「もう降りてるよ」


 その声で、自己存在主張の発言で気が付いた。いつの間にか、知らぬ間にアーマードバトラーは屋上から降り、アーマードナイトの頭部の横に立ち、見下す様に、見下ろしていた。


「ッ……ばるぁぁあ!」


 その状況を理解した瞬間、アーマードバトラーから距離を取ろうとした直前、アーマードナイトの左側頭部には弱くも速い、無数発の蹴りが放たれ、その全身を高速で回転させながら吹き飛び、鎧の表面に窓から射し込む月光で、無彩色の廊下を蒸栗色に染色する。


「吹き飛ばされてばっかだな……これで3回目だぞ」


 壁というゴールと衝突し、辿り着くとナイトは、アーマードナイトの胸アーマーで疲弊した様に目を細め、不満げに言う。


「けど吹き飛ばされるのもこれで最後……4回目は無い……」

「朝日君の言う通り4回目は無いよ、君達は次の攻撃で、吹き飛ばされる前に倒される……それか殺されるからね」

「よく平気な顔して……顔は見えないけど平然と人を殺せるとか言えるよな……」


 表情はバトラーの仮面に隠れて見えない、たが声色は一切の揺らぎを見せず、それは、つまりは、彼女が人殺しという、同族殺しという業を、業として認識していないという事を示していた。というか、やっぱりあの銃撃で俺の脳天をぶち抜く気だったんじゃないかこいつ。


「まぁ、平気だからね……私の目的には貴方が必要だけど……でも私と戦って死んだりしちゃうなら不適任……不合格なんだよ」


 アーマードバトラーは、その黄色と黒が交互に入り交じる蜂の色、危険色の鎧の身体で、灰色と薄い黄色が交互に入り交じる薄い蜂の色、淡い危険色の廊下の中を進む、アーマードナイトにトドメを刺す為に進行する。


「俺はお前みたいに人を殺すなんて発想は出来ない……ッけどな、お前が殺す事への躊躇が一切無かったとしても俺は死なない……」


 俺は、アーマードナイトは、壁から背を離し、浮かせて、背後のひび割れた、壊れかけの壁の破片を右手に掴み取った。


「そして勝つ!」

「ッ……!?」


 勝利宣言を叫ぶと共に壁の破片を斜め上へ、ひび割れた天井へと全身全霊で、全ての階の天井を貫き屋上に届く様に投擲する。


「ゼァァッ……!」


 放たれた破片はまず1階の天井に風穴を開け、それにより、連鎖的に1階の天井の全てが崩落し、2体の鎧を呑み込み、更に崩落により生み出された灰煙が辺り一帯を覆い隠した。

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