第五界—2 『心ノ開界』


——『心の世界 : 黄金 黒姫』——


「ッ……」


 私は、黄金 黒姫は目を覚ます、馴染み深く、いつもとは違い何処か懐かしい温もりの中、布団の中、覚醒状態となる。


「……夢?」


 状況の移り変わりの唐突さから、場面転換があまりにも急であった事から、先程までの朝日 昇流との会話は、あのワールデスの存在は空想の物であり……そしてこの目覚めは夢オチを意味するのではないか、そう思考する。


「いや違う……夢にしては感触とか温度とか、明らかに現実だったし……」


 となるとおそらく、そう……


「あのワールデスの世界……」

「ん……おはよ黒姫……」


 現在の状況について、自分の結論を出した、その答えを口にして、整理しようとしたその時、私は認知する。


「白姫……?」


 私の……いや、彼女のベッドの中に、かつて私の妹だった、死体と大差ない肌の色で……生命力を感じさせない白い髪と瞳を持つ少女——黄金 白姫しろきが居た、存在していた事を。


「もう朝なの……全然寝た気がしないッぐ!?」

「白姫ッ……!」

「何よ急にッ……ん……」


 白姫を、細く弱々しい身体を抱き締める。

 力強く、決して……2度と離さない様に、もう手放さない様に、自分の肉体に繋ぎ止める。

 白姫は驚き、困惑しながらも、満更でも無い様子で自分の肉体を覆う黒姫の腕に手を添えた。



——


「なんでいるんだ……」


 小学6年生の姿ではなく、おそらく俺と同い年……高校3年生の姿の、死者には無いはずの現象である成長をした白波に問いかける。

 幼かった顔付きも大人のそれへと変化して、可愛い系から美人系に変わった彼女を、何故俺は白波だと認識出来たのかは分からない。

 だが分かる、本能的に理解出来る、彼女は、今俺の目の前に座っているこの女の子は、6年前に死んだ、俺が見殺しにした緑煙 白波だと断定、断言出来る。


「なんでって……朝日が呼び出したんじゃん、放課後、教室に来てくれって」


 白波は少し戸惑いながら、身に覚えの無い俺の行動を語った。


「俺が白波を……?」

「うん、なのに来てみたらぐっすりすやすや熟睡してるんだもん」

「……ごめん」


 まだ状況は飲み込めていないがとりあえず謝る、謝罪の意を示す。

 何故か学校がちゃんと……色を持って存在して、白波が生存していて、俺が白波を教室に呼び出した……明らかに存在しない記憶だ。


「で? なーんで呼び出したのかな? 放課後の、誰も居ない教室にさ……」

「え……いや……悪い、全然覚えてないや……」


 身に覚えはない……だが、もし白波が生きていた世界線の俺が、放課後の教室に、2人きりの空間を作り出してしたかった事は何だろうか。


「ふぅん……なるほどなるほど……分かったよ、分かっちゃったよォ……!?」

「分かったって……俺が呼び出したのは何の為か……か?」

「イエス、その通り!」


 俺の言葉に首を頷かせ、そして指を鳴らす……決闘前の関節鳴らしではなく、舞台開幕の指パッチンによって指を鳴らした……心地の良い破裂音を鳴り響かせた。


「じゃあ教えてくれ、俺が一体全体どうして、何の為に、居残り補習も無い、無用の教室にわざわざ留まってまで白波を呼び出したのかをさ」


 何故その理由を本人である俺が分からず、他人である白波が理解出来たのかは分からない。

 だがその答えは、この世界の、白波が生存していた世界線の、ある意味他人の朝日 昇流がどういう人間性を所持していたかのヒントとなるだろう。


「告白だよ、告白」

「……ん?」


 今なんて言ったこいつ……告白……?


「告白……告白ってつまり……白状の方じゃなくて、求愛的な、求婚的な告白の事か……?」

「はぁ……ま〜だ知らないふりするの? 呼んだは良いけど恥ずかしくなって、関係性が崩れてしまうんじゃないかって不安になる気持ちは分かるけど……恋愛的な告白をしたかったって、白状的な告白しちゃいなよ」

「……」


 わざわざ2人きりになる状況を作って何かをしようとした……となると、確かに告白をしようとしていたと考えても違和感は無い。

 だが別の目的があったとしてもおかしくはない。

 例示すると、たとえば……たとえばなんだ?

 思い付かない、告白以外の目的が発想出来ない。

 白波が生きていたなら俺は、確かに、彼女の死を永遠と引きずっているのだからいずれ好意を抱いていただろう。

 だが、だけれど、この世界の朝日 昇流が告白を目的としていたとして、それを俺が代理でやっていいものなのか……?


「ッ……もう! 黙ってないで答えてよ! 告白するの!? しないの!?」

「ッ!?」


 白波が叫んだ瞬間、白波が勢い良く立ち上がり、俺の机を、全体重を掛けて両手で強く叩いたその時だった。

 俺の右目に1つ、俺の左目に1つ、計2つのボールが映る、視界の中で大きく揺れる、振動する。


「白波!!!」

「っぅお!?」


 俺も勢い良く立ち上がり、白波の肩を掴む。

 その掴んだ勢いで白波の身体を少し揺らしてみる……特に意味は無い、もう一度あの球体が震えるのを見たいとかそんな事一切合切考えてなどいないが揺さぶってみる。


「……」

「朝日……?」


 そして俺は確信する……白波は、高校生となった緑煙 白波は、デカい、何がとは言わないがとても大きな地球……いや言ってしまおう、”おっぱい”を有している。

 たとえ揺れなかったとしても、その制服のはち切れんばかりの、今にもボタンが吹き飛びそうな張り具合から、いかに夢が積み込められているのか理解出来る。


「俺と付き合ってくれ!!!」


 ここまでの俺の行動を見て、俺が性欲だけで動いている下劣な人間だと思う人もいるかもしれない。

 だが考えてみてほしい、別の自分がするはずだった告白を、自分がしてもいいのか……という1つの葛藤と、目の前の、2つのおっぱいを比べるとする。

 するとどうだ、1個と2個、1対2……つまり、多数決の結果おっぱいを選んだ方が良いと言える。

 だから俺は性欲で動いてなどいない、俺は理性に基づいて、合理的に行動して、その結果告白をしているのだ。


「……はい」


 白波は俺の突破的な行動に驚き、困惑しながらも、その返答を、OKの言葉を返してきた。



——



「はい、あーん」


 私はスプーンに載せたヨーグルトを、枕に背を掛けて、ベッドに座る白姫の口に持っていこうとする。


「ちょっ……やめてよ恥ずかしい……」


 白姫は差し出されたスプーンを見て、今、姉にヨーグルトを食べさせてもらっているという事実を客観的に見て顔を赤らめる。


「そういうのいーからさ、ほらほら口開けて」

「はぁ……食べればいいんでしょ……」


 左手で白姫の頬をつついて、記憶の無い期間を含めて6年振りの心からの笑みを見せて言う。

 その笑顔を見て、白姫は紅潮を更に強めながらも口を大きく広げ、向けられたスプーンを、その上のヨーグルトを口にする、喉に流し込む。


「やっぱりヨーグルトは黒姫が作った方が市販の奴より美味しいわね……」

「でしょ〜? 白姫の為ならなんだって出来るからね!」


 白姫は小さい頃から、この世に生まれついたその時から病弱で10歳より先には生きられないと言われてきた。

 だからそれまでは、その時が来てしまうまでは、私の全てを捧げて、白姫の人生を、たとえ儚い物だったとしても他の誰の人生より素晴らしい物にしようと決め、私は生きていた。


「……そういえば白姫……また大きくなった?」

「またそれ……? 毎朝毎朝、いつも言ってるよね」

「へへ……でもほんとにおっきくなった気がするよ?」


 懐かしのいつもの、定番のやり取りをする。

 たとえここがワールデスの開いた世界だったとしても、これがワールデスの罠だったとしても……こうして白姫が私の物でいてくれる世界なのなら構わない、一生この世界に閉じ込められてもいい。

 その想いを思いながら白姫の姿を視界に映し続ける。


「まぁ、あと半年で中学生だし、実際成長はしているはずなのだけれどね」


 白姫はそうやって、私の顔に、幸せそうな、生命力に溢れた瞳を向けてくる。


 半年で中学生、つまり12歳、6歳で死んだのではなく、12年間生き続けているという事……


「……そっか」


 私は一言、小さく呟き、スプーンを放り捨てて、白姫の元へと両手を接近させた……

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