第二界—3 『刀ノ開界』


「朝日!」

「っ……!」


 刀が俺の頭皮を、頭蓋骨を……そして脳を切り裂く寸前、ナイトが焦る様な叫びと共に俺を突き飛ばされた事で九死に一生を得る。

 俺に当たらなかった刀は床を切り裂いた。

 その傷は限りなく無に近く……肉眼ではほぼ視認出来ない程に狭かった。

 そんな傷を付ける事が可能な細い刃を持った刀……空振った勢いによる斬撃だったというのに刃を折る事物体を切り付けた……となるとこの使い手、カタナワールデスは相当な剣術の名手、剣豪という事になる。

 何か対策を考えなければならない……のだが——


「あヴぁぁ……!」


 右手首、その切断面から溢れる熱さと痛みが思考を阻害してしまう。

 何かを考えようとしても脳は神経から伝わる痛覚に集中してしまい、ただ苦痛に悶えるしかなかった。


「ナイトがワールデスを裏切ってまで主とした男と聞いていたものだからどんな猛者かと思っていた——内心楽しみにしていたのだが、その程度の痛みで戦意を失う軟弱者だったとはな……」


 カタナワールデスはそう呆れた様に言い、剣身に付着した俺の血を左手で拭き落としながら近付いてくる。

 その声には俺を戦う価値があると認識していないのか、戦意は無かった……だが確実な殺意が込められていた。


「この……くらいでっ……無くすわけ無い……だろ!」

「……ほう」


 俺の脳はカタナワールデスの言葉に触発され、痛覚を無視して……いや、むしろ痛覚から戦意を生み出し、痛みに震える身体を立ち上がらせる。


「では見せてみろ……夜の鎧ッ……その姿を!」

「言われなくても見せるさ……行くぞナイト!」


 剣先を床に付け、待機するカタナワールデスを睨みながらナイトに呼びかける。


「お前がこういう時に待ってくれる奴で助かった……!」

「裏切り者相手とはいえ私もお前の新たな力と戦いたかった……そして勝利したかったらな」


 ナイトはカタナワールデスと親しげに会話しながら分離、変形し俺の周りを舞い……そして——


「アーマード!」

「ん……?」


 宣言する様に叫び、それと同時に俺の胸に、肩に、腕に、腰に、足に——そして頭部に纏わり、一体化しアーマードナイトとなった。

 三日月のバイザーが放った一瞬の煌めきはカタナワールデスの全身の刃に反射し……教室の壁を、床を、天井を……至る所を照らす。


「おいナイト、今のアーマードって叫んだのって合言葉的なやつか?」

「まぁそんな所……いや違うな、あれだ、気合い入れる系のやつだ……ってか合言葉って何の合言葉だ?」

「いや……なんというか……っ!?」


 そんな風に、胸に配置されたナイトの瞳と三日月のバイザーを見つめ合わせ、戦闘とは関係無い事を会話していた……が、そんな雑談を切り裂く様に剣撃が放たれ、気が付いた時には目の前まで刃が迫っていた。


「うるぉぁああ!」


 脊髄反射的に、脳が身体に命令を出すよりも前に俺の身体は左……窓側へと跳躍し刀を回避する。


「っ……正々堂々勝負するやつかと思ったのに不意打ちかよ……!」

「勝負中に雑談する方が悪い」

「ッ……」


 ぐうの音も出ない、完全な正論である。


「だが今ので貴様の……いやお前達アーマードナイトの反射能力を……それだけではなく、それ以外の基本の能力、生物としての力量も知れた……性能としては俺と同格、いやそれ以上らしい」

「……随分あっさりと認めるんだな」


 普通なら……たとえ相手が自分より強かったとしとも警戒せずに攻撃されたらマズイから何も言わず、それか牽制の為にも自分の方が強いと主張するはずだ……なのに何故……


「……いいか、お前達が私より強いのは性能、基本の力だけだ……つまりッ……!」

「なっ!?」


 つまり……その言葉の続きを、その発言の結論を言う前、カタナワールデスは握っている刀を横に……床と平行にし、自ら床に叩き付け鏡の様に磨き上げられた刃を砕き……その破片を空中に、自身の目の前に舞わせた。

 前述した文章、その中で刀は鏡の様に磨き上げられた……そう表現された。

 そんな刀が……鏡の破片が、空中を回転しながら蜘蛛の子を散らす様にして前方位に向かい飛び散ったらどうなるか……破片が光を反射し合い、一瞬の輝きを作り出す……それだけのはずだった。


「っ!?」


 全ての破片が教室内の光を反射し、更にその反射された光を他の破片が反射し、更にその反射された光を……そんな反射の反射を繰り返し、教室の中に……校舎の中に恒星が現れたかの様な眩きを生み出しアーマードナイトの視界を遮った。


「っ……いつになったら消えんだ……!」

「ただの鏡……刀ならもう既に消えているし、これ程までに輝く事はない……だが私の刀はただの刀ではない……」


 普通の鏡であった場合、反射率が100%ではない為……いや100%だったとしてもその光が恒星程輝く事はない……だが、今現在飛び散っている鏡は……カタナワールデスの刀だった物は普通の、ただの鏡ではなく、知恵では作り出す事は出来ない……自分自身でも仕組みは理解出来ないが自分自身から生成する事が可能な物体、光を弱めずにそのまま……それどころか更にカタナワールデスの意思次第では強める事が出来る刀、だから星の輝きを創造出来た。


「なんだよそれ……」


 自分も人類化学、または科学では解明できない力を持っている……纏ってはいるが一昨日、というか昨日の昼まではただの一般人……こんなファンタジーとは関係が無かったわけで、実際に人類の叡智を超える力……雪を操る力程度の予想、脳内で空想出来る範囲を逸脱した現象を目の当たりにするとやはり脳が惑い、混乱してしまう。


「……つまり、さっき言っていた基本の力ってのは腕力や反射神経などの肉体的な強さ……そして、その強さだけでならお前は俺に負ける、だが能力込みなら俺に勝てる……っていう事だな? 俺達は光に視界を遮られるがお前は光の中でも物体を視認出来る……とか」


 そうやって、余裕を持った様にして輝きに隠れたカタナワールデスに……今もそこに居るか分からない方向へと向かい言葉を投げかける。


「1部正解、だが1部不正解ッ……私が貴様と比べ肉体的な強さで劣るのは正しい、そして……」

「っ……!」

「しまっ……」

 

 何か、細く、冷たい物が鎧の胸部分、つまりナイトの瞳に当てられたのを感じ取る。


「不正解の部分は私が能力に頼り、その力だけで貴様に勝とうとしていたッ……という点だ!」


 当てられた、接触させられた物は刀……さっき砕け散った物とは違う……おそらく新たに生成された刀だった。

 カタナワールデスは声を凄め、そして俺達の鎧に突き付けた刀を振り下ろした。

 その斬撃は力強く……そして何より素早く、斬られて1秒は俺の理解も、痛覚も、この世に存在するどの法則も俺達が、アーマードナイトが斬られたという事実に追い付かなかった。


「っ……」


 そして1秒、理解と感覚に法則、カタナワールデスの剣撃に追い抜かれた全てが、剣撃に……現在の状況に追い付いた瞬間——


「がぃぁああぁぁぁあ!」

「ずぐぁ……!」


 胸アーマーに、ナイトの瞳に大きな……深い傷が入り……そして大量に夜空を駆ける流星の如く火花が噴き出した。

 刀が俺の肉体にまで届く事はなかった……だが、鋭い衝撃波が皮膚を、肉を、骨を、そして心臓を通り抜け……更に火花の熱が鎧の内側を熱す。つまり、現実に存在した物で例えるなら、ファラリスの雄牛により身を焼かれる様に熱される。

 そして、激しい痛みと衝撃……更に焼き付ける様な熱を受けた事で俺は、思わず悲鳴を……断末魔にも迫る咆哮を放つ。


「私も光の中で視界を保つ事は出来ない……つまり貴様と同じ、対等な立場で貴様と戦闘している……!」

「ならッ…!…」


 なら何故、一体どうして俺の事を、迷わず……刀をナイトの瞳に正確に当てる事が出来たのか……

 思考する、能力絡みでないのだとしたら何なのか考える……だが答えは見つからなかった。


「今貴様の頭に浮かぶ疑問への答えはただ1つ、私は幾千の世界をカタナの世界に塗り変える……そんな永遠の時間にも感じられる旅の中で、物体を直接視認せずとも空気の流れを感じ取り、そして空気が象る形から貴様がどこにいるのか判断する事が可能になった……つまり私が貴様に勝っている点は能力ではなく技術の方ッ……という事だ」

「世界を塗り変える旅……」


 それはつまり、その旅の度に、カタナワールデスは辿り着いた世界を自分の色に塗り変えてきた……元の世界を破壊してきた、という事になる。

 いくつもの世界を、無限とも言える数の世界を……幾千もの世界を……自分の世界に、自分の物にしてきた……つまりこの世界も自らの手に掴み、そして、俺をその手に掴む刀で殺す……裏切り者の始末の為にも、新たに自分の世界を作り出す為にも。

 だが俺は生きたいと願う……だからその願いの為に俺は死ぬわけにはいかない。


「だからッ……俺が死なない為に、俺が勝つ為に、今の出来る限りの全てをお前にぶつける……!」


 今、五感の1つ、視覚を奪われた俺に出来る事とは何か。

 俺がこの光の中でカタナワールデスの居場所を特定し、攻撃する事は出来ない。

 逃げる事もおそらく不可能……背を向けた、その瞬間に背を切られ死ぬのがオチだ。

 となると……攻撃も、逃亡も、そのどちらも出来ないのだとしたら……


「教室中を飛び、跳び回ってチャンスを待つ!」

「口に出すのは感心出来ないがそれしか無さそうだ……!」


 床を蹴り、跳躍し、そして今度は天井を……次に壁、また床……そうやって何度も何度も跳躍を繰り返す。

 攻撃するでも逃亡するでもなく、ただ待つ為に、空気の流れを乱しカタナワールデスの剣撃の為の俺達の位置の認知を防ぎ、そして時間を稼いで勝機——とまでは行かなくても攻撃、場合によっては逃亡のチャンスを狙う……それが今、俺の持つ唯一の選択肢だった。

 正直上手く行くかは分からない、それどころか失敗する確率の方が高く思える……永遠の旅、という永遠の修練により手に入れたという感知能力を跳び回るだけでどうにか出来るとは思えない……だけれどまぁ、ナイトもこの作戦に同意してくれている様だし……やるしかない。


「予測していた行動の中では最も勝率の高い、最善策を取ったらしい……だが、私に勝つ事は、経験も技術も何も無い貴様が私に勝るなど不可能だ……!」


 どこからか、発生元は分からない……認識出来ないがカタナワールデスが床を蹴り……俺達と同じ様に教室内を跳び回る音が聞こえた。

 カタナワールデスの言う通り、俺が戦い始めたのは昨日、実戦回数はたったの1回……そんな俺が、おそらく人類の歴史で足りるかも分からない時間を遡った頃に戦い始め……実戦回数も無限と言えるかもしれない、そんな相手に俺が勝利するなんて本来有り得ない……いや、あってはならないのだろう。


「何か……何か打開策を……!」


 思考する……教室内を駆け回りながら、脳内回路を駆け回らせる。

 打開策、カタナワールデスに勝つ為の、一気に……たったの一手でそこまで行けなくとも、せめてこの眩しい、邪魔な光を消す手段を導き出さなければならない——


「光を消す方法ならあるぞ」

「まじで!?」

「まじだ……!」


 その方法があるのだとしたら、今最も俺達の勝率を下げているこの光を消失させる事が出来る方法が存在するのならば何故すぐに話さなかったんだこいつは。


「いや、そんな事気にしてる場合じゃないよな……よしナイト! その方法を今すぐ……さっさと教えろ!」

「俺が3秒数えたら左手を前に出して、そしてそこにある物を掴め! それと、言い忘れていたが今、お前の右手は俺のエネルギーで治療中だ、治るまでは絶対に力を込めるなよ!」

「分かった……!」


 気が付いていなかった、ナイトに言われようやく認識したが切り落とされたはずの、俺の右手……というよりアーマードナイトの右手は存在していた。

 この内側はおそらく俺の血とナイトのエネルギー……さっきカタナワールデスの斬撃により噴き出した火花の様な物に満たされ、血を、骨を、皮膚に、爪に毛に……右手を新たに作り出そうとしているのだろう。

 おそらくまだ作成中……未完成の状態だから扱ってはならない。

 見た目が出来上がっていたとしても、車を、車でなくても何かしらの機械をパーツ1つ無い状態で動かしてしまえばすぐに……とはいかなくても、いずれ自壊し、2度と使えなくなり修理する事すら出来なくなるかもしれない……だから今、俺は右手を使ってはならない。

 それにしても技術で負けて、視界を遮られて……この2つの縛りだけでも勝ちはほぼ無く無いも同然だと言うのに、新たな……3つ目の、右手を……利き手を使えない縛りを課せられるなんて……


「だけどやるしかない! 縛りプレイだとしてもこの世に存在しないゲームなんて無いはずだ!」

「それじゃあカウントを始めるぞ……」


 ナイトが精神を研ぎ澄ます様に、胸アーマーの上の瞳を閉じた、その瞬間……右手を満たすエネルギーの熱が上昇するのを感じる。


「1……」


 0、という無に有を、始まりを与える数字をナイトが言葉にした瞬間、俺は床を蹴り飛ばし、斜め上前方へと跳躍していた。


「2……!」


 1、という始まりに続きを……繰り返す事を与える数字をナイトが発した時……俺は壁に右脚を付け、曲げ、そして伸ばし、上方に向かい跳躍する。

 そして……


「3! 今だ朝日! 掴んでそんでっ……ぶん回せ!」

「ゼァァァァア!」


 最後の数字——この光を打開する方法の始まり、ナイトがその数字……3を音にした瞬間、俺は俺達の左手を前に出し、その先に……光の中に存在する棒の様な何かを掴み、強く握り締め……そして全身を軸としてその何かを何回転もして風を切り裂き、風を巻き上げる台風の様に、刃を回転させるベーゴマの様に振り回す。


 俺が掴み取った物は……振り回した物は、黒く、そして雲も……光も何も無い、そんな空虚な夜空の様な刃を持つ鎌だった。

 その鎌が切り裂いたのは風だけでは無く……光、カタナワールデスにより増強され教室内を埋め尽くし、俺の視界を妨害していた光を切断……刃に吸収させ内部で消滅させた。


 そして——


 そして、消え行く光の中央に有ったのは、光の中に描写されていた光景は、その光景の中に描かれていたのは……


「っ……!?」

「ぜッ……ぁぁぁあ……!」


 光を消し去る漆黒の鎌

 光を現し出す白銀の刀


 その2つの、対極の、闇と光の刃を互いにぶつけ合わせる……そんな2つの人型の姿だった。

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