第二界—2 『刀ノ開界』
「あ……そういえばここの階段無くなってるんだったな」
僅かに形を歪めた階段室の扉……その先にあったのは下の階へと繋がる階段ではなく、下の階へと繋がる大きな穴だった。
かつて階段だった残骸の様な物はどこにも見当たらなく……おそらく破壊されたのではなく消滅したのだろう。
「飛び降りれはする……けどやめた方がいいか」
別に飛び降りてもいいのだが、そこそこ高さが足を挫いたり、最悪骨折するかもしれない上に崩壊の影響でおそらく床も脆くなっていて、それにより着地した瞬間に床が崩れ大怪我……もし連鎖的に全ての階の床が抜け5階……屋上を足したら6階の高さから1階まで落ちる事になって死んでしまうかもしれない。
昨日生きたいという想いを取り戻したいばかりで、それにまだ崩壊の原因も分かっていない……こんなしょうもない事で死ぬわけにはいかない。
「というわけでナイト、下の階まで乗せてくっ……」
「ほい」
「……は?」
今から1秒前、俺はナイトに対して下まで乗せてほしいという事を伝えようとした。
そして0.5秒前、俺が言い切る前にナイトは……昨日怪人に対して俺の味方だと、そう言っていたはずの鎧は俺の背中を……階段の消えた穴に向かい押した……より表現を攻撃的なものにするのなら突き飛ばした。
つまり、今現在……俺は、俺の身体は——
「うぇぅぉぉぁぁあああ!?」
5階の床に向かい、重力に引かれ……引力に押されていた。
覚悟の出来ていなかった……不意打ちの浮遊感による不快感が全身を震わせる。
「がっ……おいナイト! お前なんのつもりだっ……」
俺の身体は受け身を取れないまま床と衝突し、ヒビが走り、確実に耐久性は落ちたが崩れる前に落下の勢いはなんとか打ち消された。
なんとか、一応無傷では済んだ……だがそんなのはただの結果論。ナイトは今……確実に俺を殺そうとしていた。
「いやお前に言っとかないといけない事があったからさ」
「はぁ……?」
俺は今、何故俺の事を突き飛ばしたのかについて質問している。
そしてそれに対しての答えが言っておかなければならない事がある……?
だというのなら言葉で伝えれば良いのに何故行動で示すんだこの鎧は。
「言葉よりも行動、事実で示した方が良さそうな内容なんでな」
「人1人を殺めかねない行動じゃなきゃ示せない内容なんてあるわけないだろ……!」
「絶対にお前は死なない、というか怪我すらしない前提で突き飛ばしたから大丈夫だ」
何を言っているんだこいつは……俺は普通の人間、3m程度の高さから落ちれば怪我をするし……もし全ての階の床が崩れ1階の床と衝突したなら死んで——
「……あれ」
おかしい、冷静に考えてみれば俺は今、骨折までは行かなくても、捻挫をするなり身体のどこかを痛めしばらくは痛みに悶えて動けなくなっているはず……
「これがお前が伝えようとした事か」
「あぁそうだ、お前はちょっとやそっとの事じゃ怪我しない……どうだ、言葉より事実で伝えた方が良かったろ?」
「まぁ……確かに、口で説明されるよりは分かりやすいし何より実感が湧くな」
腹は立つが確かにこうやって行動で教えてもらった方が分かりやすい。
それにいざ怪人に襲われた際に高所からの飛び降りが必要になった時、1度もこういう風に怪我をしなかった経験が無いと不安感により一瞬飛び降りる事に躊躇し、それにより生まれた隙が原因で死んでしまうかもしれない。
この鎧はおそらく、そういう風に考えて突き飛ばしてくれたのだろう。
「決してパしらされたりとか色々利用されてる感じがしてイラついてたわけじゃないぞ」
「ぶん殴ってやるから降りてこい」
「俺を殴ったら流石に怪我するぞ」
確かにナイトを全力でぶん殴ったら今の俺でも怪我をしそうな気はするがそんな事は知らない。
この苛立ちを誰かに……というかナイトにぶつけなければ気が済まない。
「まぁ怪我しないんだしいいだろ、それより調査だ調査」
「……分かったよ」
「今の衝撃でそこの床、脆くなってるから気を付けろよ」
少しぶっきらぼうに、納得なんて微塵もしていないという事が伝わる様に返事をするとナイトは階段室から降下し、俺の右側に浮遊する。
「まずはお前のクラスに行くんだよな?」
「あぁ、水筒を回収しなくちゃいけないからな」
「頼むから飲まないでくれよ、俺を1度纏いお前自身も強化されてるとはいえ飲んだ後数日放置されたお茶……というか飲み物は雑菌だらけだからな、身体に異常を来さなかったとしてもなんかこう……嫌だろ、菌だらけの液体を身体に流し込むのは」
「別に平気だけど」
目に映らならない汚れは基本気にならない……俺にとって在るのは目に見える物だけ、その中に映らない物は無いも同然——いや、ここでカッコつけても不潔さアピールをするだけになるからこれ以上はやめておこう。
「……ところで朝日、お前の教室って何階にあるんだ?」
困惑により生まれた沈黙の後、ナイトは話題を無理矢理変える為、問いかけてくる。
「4階の端っこ……さっきお前が俺を突き飛ばしたとこの真下の右にあるな」
「そうか……というか変な構造してるなこの校舎、屋上への階段とそれ以外の階段が繋がってた方が便利だろ」
「あー……」
確かに、今まで考えた事は無かったが1階から5階までの階段と5階から屋上までの階段が繋がっていた方が便利なはず……
「いや別に変じゃない、5階までの階段の上、屋上じゃなくて屋根だからさ、だから屋上がある所まで移動しなきゃいけないんだよ」
それなら最初から、屋上側に1階からの階段を設置しておけば良い話なのだが……何かしら理由があるのだろう。
「そういえばナイト、確か4階から5階の階段は崩れてなかったよな?」
「多分無事だったはず……ほら」
俺とナイトが記憶していた通り、4階へと繋がる階段は全くの無傷……灰色に染まりながらも消失はしていなかった。
あまり階段に負担を掛けない様に、ゆっくりと……そっと、優しく歩を進めて階段を降る。
昨日登った時は気付かなかったが……元は平らだったはずの階段は1弾ずつ、それぞれ別の歪み方をしており、靴越しに、足の裏に凹凸を感じさせる。
もし急いで降りれば足を滑らせ、転んだ拍子に階段が崩れそのまま1階まで……なんて事になってしまうかもしれない。
これから先、この学校を生活拠点にする可能性が高いわけだし気を付けた方が良さそうだ。
「もっと早く進んだらどうだ?」
「いいよなお前は飛べて、俺……というか人間は危険な足場でも歩かなきゃいけないんだよ」
「不便だな」
「お前が便利過ぎるだけだ……っと、ようやく降りれた」
普通なら5秒以内に降りれるはずの階段に1分もかかってしまった。
何か、校舎を改造してもいいから速く階を降り……そして登れる物を作った方がいいかもしれない。
「にしても人がいないだけで相当寂しく見えるな……」
同じ形を、同じ灰色を繰り返す廊下、その中を……端から2番目の教室を目指して進む。
どの教室も同じ様に無機質な灰色にそまり、窓から見える室内に普段の様な、色んな人間が生み出す活気は無く……ただ空虚な空間があるだけだった……だが——
「なっ……」
1箇所……1教室だけ輝いていた。
窓から……扉の隙間から、淡い橙色の……温かい夕暮れの様な、ノスタルジーを感じさせる光を放っている教室があった。
その教室は奥から2番目……つまり俺の教室である。
何故そこだけ光り、灰色を橙色に染め返しているのか……考えられる理由は1つしかない。
「おいナイト! 俺以外にも生存者がいるかもしれないって事だよなこれ!」
「かもな……」
生存者、という表現が合っているか分からないがとにかく、俺以外のこの世界に存在している人間がいるかもしれない、という事。
それは俺にとって、今……考えうる中で最も大きな希望となる事実だった。
俺は声にその希望への期待感を込め、そして駆け出した。
床を壊してしまう可能性も気にせず、全力で蹴り……全ての体重を乗せて走り、そして教室を目指す。
「おいっ……誰かいるのか!?」
俺は扉を自分以外の誰かを求めて勢い良く、強い力で開いた……が、そこには誰も居なかった……居る、というよりあったのは……
「……まじかよ」
あったのは教室だった。
教室、といっても高校の教室ではなく……小学校の……俺と白波と啓示の3人でいつも使っていた空き教室だった。
「見間違え……じゃないよな……」
一瞬、同じ様な構造をしている校舎の同じ位置にある教室だから見間違えたのかと思った……だが違う、確実に高校の教室とは違っていた。
机の置き方、光の差し方……細部が、差異がこの教室を空き教室である事を証明する。
理由は分からない、一体何故こんな現実では有り得ない様な現象が起こっているのだろうか。
崩壊との関係についても考えなければならない。
だが俺の脳は、心は思考を放棄しようとしている……
「白……波……」
その理由は懐かしく温かい、あの頃の放課後を思わせる夕暮れの様な光——だけなく、教室の中央に置かれた机、その上に置かれた物……白いノートだった。
それはただのノートではなく……6年前のあの日、白波が俺と啓示に見せようとしていたゲームの設定ノートだった。
白波が片時も離さず、完成するまでは誰にも見せないと言っていた宝物……そして二度と、誰の前にも現れなくなっていたはずの……遺される事のなかった遺物……それが今、俺の目の前に置かれている。
ノートに向かい歩くしか、ノートに向かい手を伸ばすしかなかった……
そして、俺の人差し指がノートに触れる……その寸前だった。
「っ……?」
右腕、その手首に熱が、痛みが走る。
一瞬の出来事だった為何が起こったのか分からない、苦痛もあまり感じられなかった……だが、手首に、痛む箇所に視線を向けた時……俺は気が付いてしまった。
「あ……っぅが……!?」
俺の右手は、白波の遺物を求める手は無くなっていた。
消失したのではなく、手首を切られ……地面に落とされていたのだった。
熱い、そして痛い……手首が切られたという事実を脳が理解した事で実際の痛覚を更に強める。
飛び出た血管が揺れる度、血が吹き出す度に痛みは増し、精神的な苦痛も強まっていく。
焦げ茶色だった机と床も、穢れの無い白1色だったはずのノートも、俺の血により赤黒く染められ……俺の記憶は……温かかった思い出は、俺自身の生温かい血に塗られ、すぐに冷たくなる。
「貴様が朝日 昇流……だな?」
俺の手首を切ったのは刀、銀色に煌めく刃を持った……日本刀に近い刀だった。
そしてその刀を持っていたのは……刀で俺を攻撃したのは——
「私の名前はカタナワールデス……貴様を殺す……いや貴様達に勝利する為この地球に来させてもらった」
カタナワールデス、そう名乗る怪人だった。
カタナワールデスは白い180cm程の肉体に幾つもの、白銀の……室内を満たす全ての光を反射する刀を纏っている。
分かりやすく言うのなら鎧の代わりに刀を身に付けている、そんな外見をしていた。
「その命ッ……貰い受けようか!」
怪人は日本刀を振り上げ、そして俺の脳が状況を今の理解し……反応する前に勢い良く振り下したのだった——
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