第一界—4 『極夜ノ鎧』
「白がいっぱい……」
目を覚ましたら突然、家の周りが……というか多分、自分の家以外の全てが雪によって覆われている……理解が出来ない……だが意味が分からなすぎて、1周回って冷静になっていた。
「……とりあえずコート着るか」
状況の原因は分からないが、今この世界はとにかく寒い……その状況に対する今出来る事は身体を暖かくする事だと理解出来る。
だからクローゼットを開き、黒寄りの紺色、夜空の様な色のロングコートを取り出して身に纏う。
そういえばこのコート買った時から妙な既視感があるなと思っていたが今気が付いた。
いつかのヒーロー番組、それに登場する主人公の相棒が劇中でずっと着ていたロングコート、それと全く同じ見た目をしている。
特に考え無しに、並んでいるコートの中で1番暖かそうだったから選んだのだが……もしかすると無意識の内にヒーローに……
「違う、これを選んだのは1番暖かそうで、そして何より1番安かったからだ……」
そう、自分自身を戒める様に独り言を並べる。
「……着ても寒いな」
北国の様に、一面を雪に包まれた様な寒い環境で生活をした事が今まで無かったせいで寒さに慣れていなく、コートを着てもまだ身体が震える。
体感温度はマイナス30度くらいに感じられる……冗談抜きに本気でそう思える。
「もっと何か身体をあっためられる物……」
分厚くて、外からの冷気を内側には入れず内側の熱気を外には出さない何か……そう、鎧だ。
鎧ならさっき連ねた条件を満たし、更に顔全体と両手も寒さから守る事が出来る……だが……
「当然だけど、鎧なんて家にあるわけないよなぁ……」
「ある、というか居るぞ」
「……?」
なんだ……?
どこからか、室内の中から声が……気は抜けていながらも貫禄を感じさせる様な渋い声が聞こえてくる。
「ほらこっちだ、お前の背後にいる」
「後ろ……っ……」
恐る恐る振り返るとそこには、俺の背後には……鎧が存在していた。
鎧の色は光沢のある、夜空の様な紺色で……胸アーマーに他のパーツを収納しており、更には宙に舞い、そして何より注目すべき点は目、鎧は目を……黄色く、月光の様に輝く2つの瞳を胸アーマーの上に開いていた。
どういう構造をしているのかは理解が出来ない……だが瞳は存在し、瞼……と呼べる物を持っているのかは知らないが確実に、鎧は目を持っていた。
「よっ!」
「っ……おはようっ……ございます……」
あまりの衝撃と困惑によって脳が麻痺し、俺の身体は驚きに従って動く前に挨拶を交わしていた。
「……なんだお前!?」
脳が機能を取り戻し、俺の身体は……声帯は衝撃に従い驚きを声にして叫んでいた。
「俺の名はナイト! 夜の鎧 ナイトだ!」
「っ……!」
瞳を持ち、言葉を発し、宙を舞う鎧……
明らかにどこからどう見ても怪物である。
こういう時は……自分の身に得体の知れない危機が迫っている、そんな時にやるべき事はただ1つ……!
「逃亡ッ……! それしかない!」
「おいお前!?」
鎧……ナイトに背を向けて全力で駆け出し、そのままの勢いで窓を開いてベランダからその身を、ハリウッド映画のアクション俳優の如く格好つけて投げ出した。
俺の部屋は2階にある、そんな所から飛び降りたら運が良くても骨折くらいはする……だが問題は無い。
何故なら俺の部屋のベランダと、その向かい側……隣人宅のベランダの距離は1mも無い。つまり簡単に飛び移る事が出来る……はずだった……
「うぉぁぁあぁぁ!?」
何故かベランダの向かい側にはベランダが無く……それどころか隣人宅そのものが存在せず、俺の身体は地面に向かい落下エネルギーと位置エネルギーに従って勢い良く落下する。
「っ〜! つっめてぇ……!」
雪の層がクッションになり落下の勢いは殺され、身体に傷は一切付かなかったがコートの中に雪が入り込み、シャツやズボンに染み付き肌を凍らせる。
「なんなんだよまじ……で……」
苛立ちながら顔を上げた時だった。
俺は瞬間的に心を奪われた……目の前の景色に、俺の瞳に映る……黒い夜空と白い雪原、その2つの対となる2色がはっきりと分かれながらも、互いの個性を邪魔せず……引き立てあっている、そんな作られた様な……造花の様な光景に見惚れていた。
「……少しだけ歩くか」
雪の正体も、何故隣人宅が消えているのかも何も分からない……だが歩いてみたくなった。
この作られた様な、幻想的な世界をもっとこの目で……心で感じたいから。
「……長靴、というか靴履いてくれば良かったな」
窓から飛び降りた為、靴を履いておらず、雪に裸足の足が埋まる度に鋭く肌を削る様な痛みが走る。
このまま、裸足のまま歩き続ければ足を駄目にする、これからの人生でまともに歩けなくなるかもしれない……そう思い、ナイトと名乗る鎧、又は怪物のいる自宅へと靴を取りに戻ろう……そう考え、振り向いた時だった。
「あ……」
何も無かったのだ。
俺の瞳に映る景色の中には俺の家と、雪原……そして夜空だけで、他には何も存在していなかった。
さっきまでは隣人宅だけが消えていたのかと思っていたのだが違った。街の全てが……いや、おそらく世界、地球の表面に配置されていた物体の全てが消えている。
その事をようやく理解する事が出来た。
「まじでどうなってんだよ……」
俯き、粒子の1つ1つが銀色の輝きを発する地面を見つめ今、自分が置かれている状況の原因について思考する。
今この世界に存在している物は5つ……
俺の家と雪と夜空、そして俺……朝日 昇流とあのナイトとかいう鎧だ。
この中で1番怪しい、今の状況に原因だと考えられるのは……そうナイトだ。
元の世界にとっての異物、その異物によって世界に何らかの異常が発生したと考えるのが自然だ。
「……とにかく、歩き回るよりあの鎧に聞くのが1番生存確率が高そうだよな……!」
そう、自らの目標を定める様に独り言を口に出し、顔を上げた時……自宅の方を向いた、その瞬間だった——
「見つけた……」
「ッ……!?」
俺の瞳に映る光景、その中央には白い……骨の様な色の装甲に身を包み、そして頭部の中央に怪談話によく出てくる人魂……そんな灯火を模したうっすらと輝く緑のバイザーを持つ”鎧”が存在していた。
そして、その鎧はただ存在していただけではなく……
「やばいッ!」
人魂の鎧の右手にはチェンソーと類似する何か……名称は分からないがそれを振るわれれば確実に命を奪われると、そう確信出来る凶器が握られていた。
それを認識した瞬間立ち上がり、鎧と自宅に背を向け走り出そうとした——だが。
「逃げられない……よ」
「なッ……」
俺の視界から鎧と自宅が消えたその時にはもう既に鎧は直前まで俺の背後であり、現在では俺の目の前である位置に移動していた。
その立ち姿からは生気が感じられず、自分と同じ命在る者とは思えず……黄泉の世から現世に舞い戻りし者——幽霊の様に見えた。
「これが理想ッ……朝日の!」
「ッ……!」
鎧はそんな意味の分からない事を叫び、それと共にチェンソーを振り上げ……そして俺の頭部目掛け、力は入れず、重力に任せて振り下ろした。
さっきの様に咄嗟に、身体が勝手に逃げ出してくれる事は無く……俺の肉体はその場でうずくまり、瞼を下ろし……視界を暗闇に染め、理解の及ばぬ異常な光景から俺の意識を隔離する。
「ッ……どこ行った?」
しばらくの沈黙が流れるが特に何も、俺の肉体が真っ二つにされる様な事は起こらず……それどころか目を開くとそこには、目の前には鎧の姿は無かった——いや、視界の中には居なかったというだけで俺の前には存在していた。
「ッ!?」
「動かれたら困る……」
うずくまり……それから雪のクッションに尻を埋もれさせた俺の前。そこに鎧は座り込んでいた。俺の腹に背を付けて、俺の背後から身を隠す様にして……
「さっきからなんなんだよお前……!」
「”アレ”に見つかるのは、”アレら”に認知されるのは面倒……だから君を隠れ蓑にする。 仮面で顔を隠し、更にその仮面を知られぬよう上から包ませる」
何を言っているのかは分からない……が、とりあえず先程までの様な殺意は感じられないのでひとまず安心……と、そういう事でいいのだろうか。
「ん……? “アレ”ってなんだ?」
この鎧、俺を殺そうとした者が認知される事を恐れる何か——“アレら”、とも言っていた事からおそらく何者か。
「界人」
「怪人……?」
怪人って……特撮でよく見る——小さい頃よく見ていて、最近はあまり見ない人型の怪物か? それとも怪人二十面相だとか、そういう正体不明であり、怪奇的である——そんな、ただそれだけの普通の人間の事だろうか。
「いや”カイ”は”怪”じゃなくて”界”……いや、もういい。またね」
「は? ん!?」
鎧はいきなり、唐突に飽きたかの様にしてぶっきらぼうになって言い……そして気が付いた時にはもう姿を消していた。さっきの様に視界の外に移動したのではなく、完全に……その存在が元より無かったみたいにきれいさっぱりその場から消え去っている。
「いや流石にそんな……一瞬で消えたりなんて——」
鎧がどこに消えたのかを知ろうと周囲を見渡し、そして振り返った時。
「ア——」
再び俺の視界の中には俺の自宅に重なる様にして脅威、命を脅かす存在が現れる。それを一目見て俺はそれが鎧が身を隠した対象であると、認知されたら迷惑な”アレ”、”アレら”の一種……特撮などに出てくる前者の、ただの人間ではない”怪人”だと理解する。
「まさか人間が残っているなんてなぁ……?」
身長2m程の、白い雪の様な体色の……そして筋肉隆々の肉体を持つ人型の怪物——怪人が現れた。
その頭部は作り物……特撮のメットの様に硬く、決して動きはせず、表情など浮かべたりしなかった……だが分かる。悪意に満ちていて……捨て忘れた小さな紙切れを見る様な、そんな無関心な視線を俺に向けているのだと、そう本能で理解出来た。
そしてそんな捨て忘れのゴミを見つけた時、どうするのか……その答えは分かりきっていた。
「さっさと殺そうかねぇ……」
「次から次へとなんなんだよ!?」
当然の如く、軽々と紙切れを広いゴミ箱に投げ入れ葬り去る——
誰だってそうする……そこに、白い床に、ゴミが転がっているのなら、くしゃくしゃにしてゴミ箱内を圧迫しない様可能な限り圧縮して丸めて捨てるだろう。
「ふぅ……っスノゥァアァア!」
「っ……!」
怪人は右腕を前に出し、そしてその腕から無数の氷の結晶を放ち、螺旋の様に渦を描き高速で俺の元へと向かわせる。
もしこのまま動かず、もろに結晶の攻撃を受けた場合、俺の身体は……肉は削り、擦り下ろされ、想像を絶する様な痛みの中で苦しみながら死ぬだろう。
そうやって分かっている、動かなければ絶望が待っていると理解出来るのにもかかわらず俺の身体は動かず……そして瞼は反射的に閉ざされた。
動かなかった、その結果として誰かが死ぬ……6年前のあの日も、そして今もそうだ。
6年前は俺が動かなかった事で白波が死に、現在では俺が死ぬ。
何も変わっていない、だから俺は死ぬ。
変わろうとしなかったから、成長しようとしなかったから、それに対する罰……それが今から訪れる死なのだろう。
そう考え、ただ死の瞬間を待っていた……が……その瞬間が訪れる事は無かった。
「もう大丈夫だぞ」
「貴様……生きていたのか!」
「お前っ……」
ナイトという名の鎧、鎧と呼称される人体を危険から守る防壁……それがとぐろ雪の攻撃を防ぎ、俺から死をはねのけていた。
突然俺と怪人の間に割り込み……そして攻撃を無効化したナイトの姿を見て驚愕し、どこか安堵する様な声を発する。
「その妙な姿や今まで何をしていたのか、色々聞きたい事はある、だがまずは……」
怪人は俺の前に浮遊するナイトに対し、気を許しながらも微かに警戒している様な態度を向ける。
怪人が問いかける事、それはおそらく俺が今最も疑問に感じている事と同じだろう。
「一体何故その人間を守った?」
そう、俺を怪人の攻撃から守った理由である。
怪人の声色や身振りを見る限りナイトは怪人の仲間……仲間でなくても何かしらの協力関係にあった事とは察せられる。
だが、もし仲間であるというのなら俺を救ったという行動に対して矛盾してしまう。
「そりゃあ今の俺は、ナイトは鎧だ……自分の主人を守るのは当然だろ?」
「……ほぅ」
ナイトのその答えに対し怪人は納得した様な……失望した様な声を出す。
なるほど、確かに鎧という物は主人……つまり使用者を守る為に作られた物だ。
その鎧が主人であるこの朝日 昇流を守る事は何もおかしくは……おかしくなんて……
「いやおかしいだろ」
「何がだ?」
「何がって……俺お前の主人じゃないし!」
俺はこれまでの人生の中で空を飛び更に喋り、挙句の果てには大きな瞳を持つ……こんな奇妙な生命体の主人になった事なんて……というか遭遇した事すらない。
「お前が認識していなくても俺は朝日 昇流が主人であると、そう認識している」
「そういうのを決めるのって主人の方じゃないのか……?」
今の状況を例えるのであれば……そう、何となく、暇潰しで服屋を見に来てみたら異様な熱意を持った店員がそこまで欲しくない服を永遠とおすすめしてくる様な状況である。
そんな事をしてくる様な店員はほぼ居ないだろうがこれが1番近い例えだと思う。
「よくRPGのゲームで呪いの鎧が強制的に主人公に装備してきたりするだろ?」
「デバフかかる上に外せないやつじゃねぇか!」
「安心しろ、俺を装備してもバフしか……いや……バフしか無い……!」
こいつ今、言い切る前に少し言葉を詰まらせたよな?
「とにかく! お前は俺を信じればいい、そういう事だ」
「こんな怪物を信じろって言われても……」
「おいお前ら……!」
ナイトと中身の無い会話を繰り広げていた時、すっかり存在感の無くなっていた怪人が怒った様に……静かに声を震わし威圧してくる。
「勝手に喋りまくりやがって……ナイト、今のお前は俺達の敵……それでいいんだな?」
俺達、という事はこの怪人は集団……何らかの組織の一員なのだろう。
そして……
「あぁそうだ……俺はもうワールデスじゃあない、朝日 昇流の鎧だ」
ナイトはその組織を離脱し、そして敵対する存在……そう、つまり裏切り者……という事になる。
ナイトが裏切り者だというのならば、組織の内の一人と裏切り者が対峙しているというのならば、これから行われる事は1つしかない……
「そうか、そうなのか……なら……俺はお前をッ……ここで殺さなければならない!」
処刑、断罪……裏切り者への制裁である。
怪人は決意した様な、自身を奮起させる様な声でナイトを始末する事を宣言し、そして両腕を前に構える。
両腕、その先端の手のひらには怪人のエネルギーが集中させられどんどんと銀に輝く冷気が漂い出す。
やがて……と言ってもたったの1秒間、その僅かな時間で冷気は氷の結晶に、氷の結晶は夜空に光る星々、その煌めきを外部から内部で屈折させ自らの光とする、そんな銀の宝石の様な巨大な氷塊を作り出し……そして高速回転させる。
「お前の主人と共に砕け散れ……! ナイトォォオ!」
「やばいっ……!」
怪人は蓄積したエネルギーを一気に解き放ち、それにより氷塊はそのサイズからは考えられない様な速度でこちらに……俺とナイトに向かい突撃してくる。
俺とナイトは氷塊の向かい来る速度に反応出来ず、回避する事は失敗し……氷塊と衝突した。
白い雪が……星の光を乱反射する無数の粉雪が白波の様に舞う。
俺の視界は……意識はその冷たい波の中へと飲み込まれ……そして砕け散った。
ひび割れて、木っ端微塵に、弾け飛ぶ様に砕け散った……砕け散ったのは——
「なっ……!?」
俺達でなく、氷塊の方だった。
そして砕け、弾け飛び宙に舞った氷塊の破片は星の……いや、それ以上に月の光を屈折させステージに立つ誰かを照らすライトの様に光を放つ。
そのプラチナのライトが照らしていたのは……
「っ……なんだそれは……!」
照らされていた誰かは、暗闇と白銀の中を行き交う光……その中に立っていたのは——
「夜の鎧、アーマードナイト……!」
夜空の様に深く、遠い暗闇の様な色に染められ、紺色の腰マントをたなびかせ……そして胸部分と額に大きな瞳を持ち……三日月の様なバイザーを持った夜の鎧、アーマードナイトだった。
模造品の三日月は強く、神々しく……アーマードナイトの背景に浮かぶ円環の月光よりも煌めきを放つ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます