第一界—3 『極夜ノ鎧』
——木々により太陽光を遮られた暗鬱な墓場
「……」
緑煙 白波……その名を刻まれた墓石の前で、慣れた様に目を閉ざし手を合わせる。
こういうやって死者を弔う時、普通なら安らかに眠ってもらう事……そういうあの世へと昇ってもらう事を祈るのだろう。
だが俺は……俺にはそんな事を祈れない、祈る資格も無い。
俺はあの日、救いを求める白波を見殺しにした……だから恨まれるべきなんだ、呪われなければならない、だというのに安らかに眠れ、なんて祈るのは自分の罪から逃げるのと同義だ。
「そろそろ行こうか」
「……」
啓示の声によって弔い……と言えるか分からない行為は終わりを迎え、俺達は立ち上がり、そして墓に……白波に背を向け歩き出す。
「……」
「どうした?」
「いや……凄い名前だなって」
俺は偶然目に付いた名前に、墓石に刻まれた文字列に軽く衝撃を覚えて思わず立ち止まってしまった。
「
「あー……確かその子、めちゃくちゃ金持ちの家の子だったはず」
「へぇ……そうなのか」
金持ちのお嬢様で黄金 黒姫……金持ちと黄金、お嬢様と姫、家柄に対して苗字も名前も完全に一致している……正にベストマッチである。
まぁそれにしたって変な名前ではあるけど……特に苗字。
「5年前くらいだっけ……捕まる前に死んじゃった連続殺人犯、その被害者の1人だね」
「……そういえばいたな、そんな奴、最期は確かチェンソーで警察官も殺そうとしてその後事故死したんだったか」
「事故死かぁ……キックバックでもしたんかな」
「だとしたら随分間抜けな最期だな」
間抜けな最期……でも違和感は無い。だって殺人鬼なんて所詮はそんなもの……快楽に抗えなかったり自己承認欲求に溺れただけの駄目人間でしかない。
「個人的にはちゃんと裁かれてほしかったな、それで最期はギロチンかなんかで公開処刑されてほしかった」
「発想が中世」
でもまぁ気持ちは分かる。
チェンソーで沢山の人の命を切断してきた人間が最期はそのチェンソーによって死ぬというのは因果応報、自分の罪が自分に帰ってきていて納得の行く終わりではある。
だがやはり……しっかりとその罪を裁かれてほしかった。
でも……もし命を殺した、そういう罪の全てが裁かれるべきだというのなら、白波を見殺しにした俺も断罪されるべきなのではないだろうか。
「日——」
啓示の言う様にギロチンでもなんでもいいから……
「朝日!」
「っ……」
「いきなり考え込むのやめろよ、気付かないまま墓に置き去りにするとこだったぞ」
「悪い……」
墓石と墓石に挟まれた道を通り前方から駆け寄ってくる啓示の声で意識を現実へと、墓場へと引き戻される。
どうやら立ち止まり、そのまま結構な時間を思考に費やしていたらしい。
「ほら、そんなとこで突っ立ってないでさっさと行くぞ」
「うぃ」
一旦自分の過去と罪について考える事はやめ、啓示の背を追いかけ墓場を後にする。
ここを立ち去ったら次が最後……6年前のあの日、3人で向かおうとしていた展望台へと行く事になる。
——朝日宅、その地下
部屋の中央……そこに転がる粗末な鎧は強く、大きく振動していた。
その震えはどんどんと強まり——
「う……お、お、ぉぉ……!」
声、そう呼べるものを発した直後にただの汚い……所々染みの付いた茶色、ダンボールとガムテープの塊だっはずの鎧は光沢を発する紺色へと変色する。
そして紺色の鎧の胸部分、そこには大きな、生命の感情を感じさせる……月光の様に煌めく瞳が開いたのだった。
——広く開かれた空、その下に広がる街……その全てを見渡す事が出来る展望台
「やっぱ景色いいねー!」
啓示は柵に手を乗せ体重を掛けて、楽しげな様子で街を見下ろして叫ぶ。
この啓示の反応も6年間、毎年やる定番の動作として俺と啓示の間で定着している。
「街の全てを見渡せれるんだから凄いよな、なんなら隣町まで見えるし」
「だねぇ……これ毎年言ってる様な気がするけど小学校と中高一貫になってる校舎、それぞれ逆端にあるの良いよね」
「街の祭りかなんかの準備で小学校に行く時街の端から端まで歩かされるから良くない」
まじでクソ重たい木材やらなんやらを持たされて1時間以上歩かされるあのクソ行事、本当に無くした方が良いと思う。
俺達は勉強にし学校に通っているのであってそんな修行をする為に通っているのではない……しっかりと勉強しているのかと言われれば目を逸らすしかないけども。
「……ん」
「どうかした?」
「いや……あそこ、あんなデカい家あったんだなって」
柵から手を出し、人差し指で街の中心に位置する巨大な、どこか空虚な雰囲気が漂う屋敷を指さす。
ここから見える範囲……つまり街に置かれた建物の一つ一つを全て把握しているつもりだったがどうやらまだ知らない建物があったらしい。
「あぁ……あの屋敷、あそこが黄金 黒姫の住んでいた家だよ」
「そうなのか……」
「黒姫と一緒に家族みんな殺されて、無駄に高いから入居者現れず……だから今じゃ空き家だね……そろそろ撤去されるんじゃない?」
「……そうか」
「……」
マズイ……空気が悪く、場のテンションがめちゃくちゃ下がってしまった。
何かこの重たい空気を換気出来る様な話題は……
「そういえば最近とんでもない発見したんだけどさ」
啓示は振り返り、背を柵に付け……空気を入れ替える為に話題を新しく口に出してくる。
とんでもない発見……と言う割には軽い口調なので多分、そこまで重大な事ではないのだろう。
「小学校と今の学校ってなんでかは知らないけど構造似てるじゃん?」
「似てるな」
街の両端に配置されてる事といい、多分関連性を持ったせたかったのだろう。
正直だからなんだって話だし、そのせいで毎年毎年死んでしまいかねない様な修練をさせられているのならたまったもんじゃない……関連性持たせる事を最初に提案した奴を公開処刑するべきだ、頭中世の啓示流で行くのならギロチンか斧で首を切り飛ばしてやりたい。
「で、3人でよく使ってた小学校の空き教室と今のクラス、ほぼ同じ位置にあるんだよね」
「……まじで?」
偶然、と言ってしまえばそれまでなのだが……今、俺は相当な衝撃を、感動とも言える様なショックを受けている。
小学校の空き教室……俺達3人は毎日、放課後にそこに集まりトランプやボードゲームで遊んだり、特に内容の無い雑談をし、たまに白波のゲーム作成に関する雑談を交わしていた。
「……また放課後、教室で遊ばない?」
「もちろん……って言いたい所だけど普通に無理だよな」
小学生の頃はまだトランプ等で遊んでいても教師達も見逃してくれたが高校となればそうは行かないだろう……それにまず、小学校の教室とは違って空き教室ではないから放課後も教室が使われる……そんな空間でトランプだとかボードゲームだとかを使って遊ぶなんて間違いなく不可能である。
「いや別にトランプとかそういうのは使わなくても良くてさ、ただ”昔みたいに”……」
「それは……」
無理じゃないだろうか。
白波がいないのに、昔とは違って3人じゃないのに、昔と……あの頃と同じ様にして過ごすなんて……
「なぁ……朝日」
「なんだ?」
啓示が言い切る前に口を開いたのはいいものの、その続きを口に出せずにいると、啓示がどこか……神妙な面持ちで話しかけてくる。
「今日遅刻してきたじゃん?」
「……そうだな」
ずっと黙ってくれていた、幼なじみの命日に寝坊した、その事を、決して許されない行為を黙認してくれていた……だが遂に言及されてしまった。
きっと、今から啓示は怒りを叫ぶだろう……当然の事である。
何を言われようと、どんな馬尾雑言を浴びせられようと俺は受け入れなければならない……俺自身それを望んでいる。
「その時さ、なんか安心したんだ……」
「……は?」
困惑……そう表現する事しか出来ない様な、その言葉でも表現出来ない様な……不快感に近い、そんな何かが俺の頭の中を満たす。
一言では表せない、感覚として表すのであれば、胸の辺りが浮ついて……全身がそわつき、得体の知れない罪悪感や不安感に襲われる様な、そんな感覚だった。
「は……いや何言って……」
理解が出来ない、そんな心をそのまま声に表現する。
「あの日からの、白波が死んでからの朝日、見てて不安になるっていうか……なんかこう、生きてるって感じに見えないんだよ。目に光が無いし、ヒーローにも憧れなくなっちゃったし」
「……」
ヒーロー……そう、俺は6年前のあの日より前、白波が死んだその直前まではヒーローに……自分の危険を顧みず、勝算が無くたって目の前の誰かの為に命を投げ出せる——そんなヒーローに憧れていた。
低学年の頃にダンボールとガムテープで作ったヒーローのアーマー、それを纏いヒーローを名乗って沢山の良い事を繰り返していた。
だが……だけれど、結局はただの子供の夢に過ぎなかった。
朝日が昇って夜が明け、目を覚まして夢が終わる様に……白波が死んだあの日、俺の中の……ヒーローという夢は終わりを迎えた。
「でもさ……今日の朝、朝日が遅刻してるの見て……ようやく罪悪感とかそういうの薄れてきてくれたんじゃないかって、思わず安心しちゃったんだ……心の底からね」
「……」
どう返せば良いのか分からなかった。
6年間もの間、親友に心配させていた……命日に遅刻して、その結果安堵させる程に不安感を感じさせていたという事実を知り、首を縦に振る事も……横に振る事も出来なかった。
「どうかな。また昔みたいに……1番生き生きしてた頃みたいに、ヒーローのスーツ着て……いやもうサイズ合わないしまた作り直してさ……必要なら手伝うし」
「……ヒーローごっこはしない」
「ッ……」
これだけは、もうヒーローという夢は見ない事だけは断言出来た。
たとえ俺の返答で啓示が何を思おうと言わなければならなかった。
「……ほら! 俺もう18だぞ? この歳になってヒーローごっこなんて普通しないだろ」
「そ……そうだよね! ごめんごめん……もう18、高3だからね……受験もあるしそんな事してる暇無いよね」
「あぁ……そうだ、そんな事してる暇なんてあるわけない……」
「……」
「……」
沈黙が流れる。
冷たくて、重たくて……6年前からずっと俺達を包み……きっとこれから先も纏わり続けるであろう……そんな静寂が展望台の上を……街の全てを覆う。
さっきまでは聞こえていた車の走行音等の生活音、街に流れる風……そしてその風が起こす木々のざわめきやビル風の音も消失していた。
本当に消えたのか、それとも啓示との間に流れる沈黙により掻き消されているのかは分からない……だが今の俺達の耳はそんな音を捉えてなどいない、その事だけは確かだった。
そうして俺も啓示も言葉を発さないまま、自然音も起こされないまま……街が……世界の全てが静寂に包まれているかの様に、聴覚と視覚で感じていた——その時だった。
「っ……!?」
「なになに!?」
まずは聴覚が捉えた……感じ取った。
街中に響き渡るけたましい爆発の様な轟音を……そして……
「なぁあそこって!」
「まじかよ……っなんだ……あれ……」
視界の内側に捉えた街の右端と中央を繋ぐ直線、その中点付近に位置する建造物……俺の、朝日 昇流の家から煙が、木片などの残骸が巻い——
「紺色の……なんだ?」
その煙を貫き、俺の家から紺色の何か、光沢のある塊が空へ向かい音さえも置き去りにする様な速度で飛翔する様子を……
そして、その塊が青空に到達した瞬間だった。
「なんだ……なんなんだよこれ!」
空に紺色の、天井の様で……鎧の様にも見える夜空が作り出され……どんどんと広がっていく。
そんな風な、現実とは思えない……まるで夢でも見ているかの様な光景が目の前で起こっていた。
やがて鎧は、夜空……つまり夜は、この街に留まらず世界を……地球そのものを包み込んだのだった。
——朝日 昇流の自宅……と思われるどこか
「っ……!」
目覚めた……目を覚ました。
布団が無く冷たいベッドの上で俺は目を……覚まし……待てよ?
俺は何故ここにいる。
どうして俺は今、展望台ではなく自宅のベッドの上にいるのだろうか。
分からない、思い出せない……
「さっむ……」
それにしても寒い、布団が無いとはいえあまりにも肌寒い。
寒いというよりもはや冷たい、空気そのものが凍っているかの様に……
「は?」
俺は今……ようやく気が付いたのだった。
窓の外、家の外、その先には……
「そりゃ……寒いよな」
全てが白銀に包まれた様な、白いベールを地面に掛けた様な……そんな銀世界が一面に広がっていた。
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