第一界—5 『極夜ノ鎧』

「ッ……なんだこれ!?」


 ナイトがアーマードナイト……と、そう名乗ってから気が付く。

 アーマードナイトは俺……朝日 昇流の事だった。


「おいナイト! こっ……これどうなってんだ!?」

「俺をお前が纏っている。そうに決まっているだろう?」


 俺の身体にナイトが鎧として装備されている……そういう事なのだろうか。

 だが何かが違う、それだけではないような気がする……ただ纏っているのではなく肉体にナイトの力が侵食……というより一体化してている。俺自身がアーマードナイトに変化している……そんな風に感じられた。


「俺とお前が一体化している……それでいいんだな?」

「あぁそうだ、お前が俺で、俺がお前……そして俺達がアーマードナイトだ」

「アーマードナイト……なるほど、”あいつ”の真似だな?」


 俺達の姿を見て怪人は興味深そうに、面白がる様にして言う。

 “あいつ”の真似……”あいつ”、というのは怪人達の組織の一員なのだろうか……そして一員なのだとしたら、アーマードナイトはその”あいつ”と同じ様な姿をしている……そして同じ様な力を持っているという事になる。


「ん? あぁそれに関してはただの偶然だ……俺は”リスペクト”や”パロディ”は好きでも”パクリ”は嫌いだからな」

「奇遇だなナイト、俺もパクリは大っ嫌いだ」


 完全にナイトと同意見である。

 パクリとは自らの尊厳を教えて放り捨て、本家への冒涜行為……そんなものが許されていいはずがない。


「……ん?」


 ふと、ナイトと一体化する前の自分の、朝日 昇流の服装を頭の中に浮かべる。

 たしか寒い、という理由で黒いロングコートを着ていた……

 そしてアーマードナイト、という名前……ナイト、というのは夜と騎士をかけたネーミングなのだろう……

 黒コートの変身者、更に変身後の名前はナイト……


「やめよう」


 あまり触れない方がいい、やりすぎると開き直っている様に見えてしまう……既に大分開き直っているかもしれないが。


「違うのか……まぁいい、真似をしていようとしていまいとお前は”あいつ”と再開する事は、対峙する事は出来ないッ……今から俺によって死ぬんだからなぁ!」


 怪人はそう声を荒らげて両腕、両足を大きく広げて戦闘態勢に入る。

 その立ち姿……決めポーズからはまるで迫り来る雪崩の様な、そんな気迫が感じられた。


「死ぬのはお前の方だ……今ここには、俺達が、アーマードナイトがいるからな!」

「もうなんでもいいッ……やってやるよ!」


 ナイトの活気溢れた声に便乗し、決めポーズをし戦闘態勢に入る。

 戦う勇気だとかそういうモノが心の中で漲っている訳ではない……が、無性に戦いたくなっていた……戦う事を強いられている様に感じられた。

 俺達の、アーマードナイトの決めポーズの形は腰を落とさず両足をピンと伸ばし、全力で両拳を握りしめて右腕を前に出し、左腕も前に出し、それから曲げ右腕に乗せる。


「ゼァァ……」

「スノァ……」


 戦闘態勢に入った俺達と怪人は睨め合い、その間は風は弱まり……夜空と雪原に挟まれた無音の中、空虚な時が流れ……そして——


「ゼァァァァア!」

「スノァア!」


 2体は同時に前方に向かい跳躍し、蹴り飛ばされた雪原は抉られ、轟音と共にそれぞれの後方に向かって大きく速く、全てを……といっても雪原だけになってしまった世界を覆い、呑み込む様な雪の津波を作り出した。


「ゼッ……ォォオ!」

「スノォァア!」


 舞う粉雪と同じ様に空中で俺達と怪人の拳は衝突し、その衝撃波により雪の津波は消し飛び、溶解して雨となる。

 俺達の鎧は雨を弾き、そして装甲の表面は夜空に向かい白い光沢を放つ。


「こっちの方が……アーマードナイトの方がお前よりパワーが上らしいなぁあ……!」

「スノァ!?」

「ゼァァァァア!」


 右腕に一気に体中の、鎧の内側にあるほとんどの力を移動させ怪人の拳を弾き、そして吹き飛ばす。

 怪人の身体は右回りに高速で回転しようとする、その直前……


「追撃行くぞ朝日!」

「分かってるッ……ゼァァァァア!」

「ばっ……らぁぁあ!」


 拳を放った勢いを利用して自身の身体を左回転させ、その最中に怪人の左腹を月光を反射する右足で蹴り、空中に白い三日月を作り出す。


「すのがっ……」

「このまま決める……!」


 右足を大きく、ピンと伸ばして上げ、雪の中にその身体を食い込ませて倒れる怪人に向かい落下する。

 この位置からの落下エネルギー……そしてアーマードナイトのパワー、その2つが合わされば確実に怪人を倒す事が出来る……つまり俺達は今からトドメを……必殺技を決めようとしているのである。


「氷みたいに砕けてしまえ……!」

「すのぁ……!」

「悪あがきが!」


 俺達は落下を開始し、鎧の重量と高度が掛け合わさりどんどんと加速し、必殺技の威力を高める。

 このまま行けば確実に怪人を倒せる……木っ端微塵に破壊する事が出来る——はずだった。

 怪人の微かに残った力で右腕を俺に向けて上げるという行為……俺がただの悪あがきだと判断した行為、それによって俺の予測は砕かれた。


「待て朝日! これは悪あがきなんかじゃないッ……!」

「何言っ……なっ!?」


 ナイトが警告の為に叫んだ瞬間だった。

 突然雪原の表面はバッタの大群の様に蠢き、荒波の様に俺の前へと流れ……一点に集まっていく。

 そして集められた周囲の雪原の表面は積み重なり、そして……やがて——


「デカすぎだろっ……ぎぁるぁぁ!」


 白き巨人——そう表現する事しか出来ない巨大な物体となり、右足を振り上げ俺達の身体を軽々と……消しゴムの破片でも弾く様に簡単に上方へと吹き飛ばす。


「すのっ……ず……押し潰れやがれぇえ……!」

「ヴがぁっ!」


 怪人はふらつきならがら立ち上がり、殺意をそのまま言葉にして叫び……巨人はその声に従って宙に舞う俺達を叩き落とした。

 圧倒的な力を、巨大さを持つ者に対する絶望感……そんな生命が根本的に持っている、現代を生きる人間が忘れかけていた弱肉強食への恐怖と共に俺達……ナイトがどう感じているかは分からないが少なくとも俺はその感覚と共に落下していく。


「がっ! ぅぁ……」


 墜落した鎧は鎧は雪原に大の字型の穴を作り出し、雪の中に埋もれていく。

 白い、狭い壁の先……視界の中には巨人が映っていた。


「朝日……! さっきまでただの人間だったお前があの巨体に恐怖を感じるのはおかしくない……だが今はっ……」

「言われなくても戦うさ……心の底からの恐怖……その程度の物で生きる事を諦めたりなんかするわけないだろッ……!」


 6年前のあの日から俺はずっと……いつ死んでも生きていても何でもいい、そんな風に考えていた。

 だが不思議なもので……実際死が目の前まで迫ってくると死にたくない……というより生きたい、という想いが心の中を満たしていた。

 

「そしてもう既に思い付いている……勝つ為のッ……生きる為の方法をな」


 おれは雪……命の無い物で作り出したただの物体……生きようとしている俺に倒せないわけがない。


「ほう……それじゃあ見せてみろ、俺達の初陣……そして勝利を!」


 俺の勝利宣言にナイトが期待を込めて言葉を発した時……戦いの集結が見えた瞬間だった——


「ッ……!? オオォァァァア!」


 背に着いた雪が一気に増量、壁の雪も下から上へ昇る様に増え俺達の身体は鉛筆同士の端で消しゴムを挟み、そして弾き飛ばす様に空に向かい打ち上げられ飛翔する。

 上がり、上げられ……そして巨人の頭部、その目の前にまで到達した。


「そのままぶっ潰れろ……!」


 怪人の言葉の通り、巨人は両腕を上げ、空中浮かぶ俺達を両手のひらで挟み潰そうとする。


「雪を操れる能力のくせに、ただの力押ししか出来ないなんてつまんねぇなお前……!」


 巨大な、壁の様な高い手が迫り来る中、俺は怪人を煽る様にして強く握りしめられた右腕を高く上げる。


「雪と言ったらッ……!」


 右腕が痛み程に拳を強く握り……そして振り下ろし手を開いた。


「戦いにッ……面白いもつまらないもあってたまるか……! 私は使命の為に生きるッ……使命の為に貴様達を殺ッ……あ……?」


 怪人が言い切る直前、巨人は……怪人にとって最も勝率が高かった巨大な雪の塊、その頭部は消し飛び、血の代わりに沸騰した水しぶきを撒き散らし……そして……


「終わ……り、か——」


 巨人の頭部があった場所から飛んできた白い何か……極限まで小さく、硬く潰された雪の弾により怪人の脳天は貫かれ、その白い身体は雪原に倒れ……その肉体は粉雪の様に、塵の様になり風に乗って消え去った。


「雪と言ったら雪合戦だろ」

「一方的に投げつけただけだったけどな」


 着地し、風に運ばれる怪人の死骸、その行先を見届ける。

 今俺は命を奪った……だというのに罪悪感をあまり感じないのはこの怪人、異形の姿が俺の知っている生命体の姿とはかけ離れているからだろうか、それとも生きる為の殺害だったからだろうか……


「ところで気分はどうだ?」

「気分……?」


 命を奪う——その行為への思考はナイトの言葉により終わらされた。


「力を手に入れた……というかヒーローになった気分を聞きたいんだよ、昔から憧れていただろう?」

「……別に、力を手に入れただけじゃヒーローになった事にはならないだろ」


 生と死への考えが変わろうと、これだけは変わらない……変わってはいけなかった。

 ヒーローというのはガワでも力の事でもない、だから俺はヒーローになっていない……

 俺が自らをヒーローだと自覚し、そして無意識の内に誰かを救おうと動かない限りヒーローになった事にはならない。


「てかお前何で俺がヒーローに憧れてたって知ってんだ?」


 もし心の中……もしくは記憶を読まれているんだとしたら気味が悪いので今すぐ分離したい。


「ん? あぁ……ほら、勘だよ勘、人間の子供……特に少年はヒーローに憧れるらしいからな」

「まぁ……そうだな」


 人によるが大体の男児はヒーローという存在に憧れる……その事からナイトが俺もヒーローに憧れていると考えたとしてもおかしくない……のか?


「……あぁそうだ、どうやったら世界を元に戻せるんだ?」

「雪の世界を作り出したのはあの怪人だ。あいつをぶっ殺したからすぐに元に戻るはずだ」

「そうか、雪遊びをしたい気持ちもあったけど戻ってくれなきゃ困るからな」

「……」


 俺の言葉にナイトは返事をしなかった。

 いや返事はしていたのかもしれない……ただ言葉を見つけられなかっただけで、重く……温かさも冷たさも感じられない沈黙で意志を伝えようとしているのだろう。


「……は?」


 上書きされていた世界は戻った。

 雪は消え去り、その下に隠されていた……”黒”の夜空の下、”白”に塗り替えられていた世界は元の色に——



 “灰色”に戻った。



「なんだよっ……これ……」


 俺の目の前に広がっていたのは灰色の世界だった。

 全ての物体……建造物は半壊し、植物は枯れ……黒に近い、薄汚れた灰色に染まり……人の姿は一切無かった。

 つまり……簡単に、簡潔に……一言で言ってしまえば——



 世界は崩壊していた。

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