第4話 関所は難所

 宿を取って翌朝。

 ウィンタージを発ってすぐの関所を越えれば、アマリデモに到着する。俺は持参していた干し肉を平げて、とっとと宿を出た。長居は無用だ。

 ウィンタージの周辺は既に林が茂っており、ウィンタージから関所の方角へ村を出ると、これからその林の深部へと歩みを進めるのだ、という感じが強い。繁茂する木々はその密度を増し、日常において人や馬車が行き来する一本の道路を除いては、人がまともに歩くのも期待出来ない。関所が見えてくる頃には、左右から木々の鬱蒼とした雰囲気が気分を圧迫してくる。

 木々や草花の植生には詳しくないが、どうもこの辺りの植物には、うねっているような、曲線の造形が目立つ。草も、木の幹も枝も、果ては花実に至るまで。これが単に地域の植物種の由来なのか、魔境の影響なのか、俺に判別する知識は無かった。

 関所の手前に立つ。関所は城砦そのものであり、大きな門と、それより高い櫓が、俺を見下ろすように出迎えてくれる。左右には城壁が伸びているが、恐らく余り長くは伸びていまい。建設が困難であるし、ここからは見えないが、関所の向こうには渓谷が在って、天然の堀になっている筈だからだ。

 魔境の手前には、何らかの事情が無い限り、このような城砦様の関所か、それに類する防衛拠点が存在しているそうだ。それらは魔物が人里に接近してきた際の防波堤であり、魔境を利用した犯罪行為や、魔境由来の貴重品の盗難や横領を防ぐ為に設けられるのだという。

 門に接近すると、その脇に待ち構えていた衛兵に見留められる。

「通行か?」と衛兵。

「ええ」

「通行手形は有るか?」

「いいえ」

「ではこちらへ来い」

そう言って衛兵は、背後の扉を開けた。ガランガランと、無骨な音で、扉に設えられた鐘が鳴る。扉は大きな門の脇に在ると、大人の側に立つ子供のようだ。荷馬車などを伴わない場合、こちらを通用口としているのだろう。

「運が無かったな」

俺が扉の中へ入る寸前、衛兵が呟いた。

「どういう意味だ?」

「さっさと行け」

にべも無い。言われた通り入ると、真っ直ぐな短い通路になっていて、突き当りにまた扉が在る。

「お邪魔します」

開けると、中は小さな部屋になっていて、左奥に先へ続く通路が見えた。そして部屋の真ん中には大き目の角机が置かれてあり、奥側に衛兵一人が机に両肘突いてどっしりと構え、その隣に衛兵の一人が立ち、扉を開けたすぐ俺の横にも一人が立ち、計三人の衛兵が詰めていた。

「用件は?」

机の奥側に構えた衛兵が言う。顔立ちは精悍と言って良く、口髭なんかも清潔感のある感じに整えられている。年齢は壮年期も半ばといった具合か。容貌に、この態度といい、多分ここの衛兵長なのだろう。

「通行です。アマリデモで“勇者”になろうと思いまして……」

「そうか。身分を証明出来る物は有るか?」

身分は失ったばかりだ。

「有りません」

「では手荷物検査を行う。それと通行記録に残すから、名を教えてもらおうか」

「カジークです。ただのカジーク、姓は無い」

「お前のその鞄をここへ」

衛兵長は机を指し、隣の衛兵は記録台帳と思しき帳面に何事かを記入していく。俺は鞄を机に置いた。

 衛兵長は鞄の中身をひっくり返す。もうちょっと丁重に扱ってくれ。

「おい、何だこれは」

机の上へまろび出たのは、三寸程の正方形、厚みは一寸ばかりの金属片、それが大量に並んで収納された帯である。それから、手から肘までを覆う左の篭手。後は旅の用品で、衛兵長が問うたのは間違いなく前者の品だろう。

「うーん、どう説明したものか……」何せ俺が自作した物で、類似品を知らない。「魔境探索に使えるかもと思って持参した、魔術道具ですね」

「高いのか?」

え?

「高い、というと……?」

「だから、値段だよ。魔術道具ともなれば、それなりの値が張るのだろう?」

えぇ? 気にするの其処? 用途とか原理とかでなく?

「いや、まぁ、製作費自体はそこそこでしたけど、用途が限られているし、原理も……、珍しいものではないと言うか、大した発明ではないので、好事家ぐらいしか値段は付けないと思いますよ」 

「チッ、何だ……」

こいつ舌打ちしたぞ。何だ、はこちらの台詞だ。

「おい、そいつの着ている物を調べろ」

衛兵長が、俺の隣に立っていた衛兵に指図する。衛兵は「はい」と短く返事をすると、「おい、取り敢えず外套を脱げ」と言ってきた。

已む無く外套を脱いで手渡す。衛兵は怪しい箇所が無いか調べるというよりも、生地や出来栄えを値踏みするような手付き目付きで外套を検める。嫌な感じだ。

「衛兵長、これを……」

何か見付けたらしい衛兵が、鞄をがさごそ遣っていた衛兵長に、外套を差し出す。差し出すその指は、外套に縫い付けられた刺繍を差していた。

「グ、フフク……」衛兵長から何故か笑いが零れる。「おい貴様これは何だ」と、さも嬉しそうな声色で、俺に外套の刺繍を示してきた。

「何って、ただの刺繍でしょうが……」

「愚か者め!」と衛兵長。急に元気良いなこいつ。「この紋章はな、ギルデバルトー家を示す紋章だ。つまりこの外套はギルデバルトー所縁の品であり、上質な素材と確かな造りからも、本物であることに疑いはない」

当たり前だろう。

「それが何か?」

「お前はこれを何処で入手した?」

「何処って、それは当然――」

気付く、この衛兵長が何を言わんとしているのか。気付く、俺が今とんでもない窮地に居ることを。

「当然……」

ギルデバルトー家で当たり前に与えられる外套である。それを俺が持っているのは当然だ。だが、この衛兵長に、どうやって俺がカジーク・ギルデバルトーであることを証明する? 俺は初めに、ただのカジークであると名乗ってしまっているし、ギルデバルトーから義絶された今、その名を名乗るつもりも無い。廃嫡の経緯も家にとって不名誉なものだし、決して言いふらすまい。そうなると……。

「ギルデバルトーの人間から、貰った」

「貰ったか、フフフ、貰ったねぇ……」

衛兵長は薄笑いをその顔に貼り付け、半弧を描いた目の形とは裏腹に、仄暗く冷酷な光の宿る瞳を、俺の隣の衛兵へ向けた。

「そいつを取り押さえろ」

衛兵長が指図するや否や、俺の隣の衛兵は、俺の腕を掴み、後頭部を掴んで、そのまま机に突き倒した。迷いが無い。手慣れてやがる。ぎりぎりと首元に体重を乗せられる。苦しい。

「何をする」と言ってみる。

「皆まで言う必要は無い。お前は盗んだのだろう? この外套を」と衛兵長。

「盗んでいない」

「他の物も盗品かも知れんなぁ。ああ、そうだ、財布の中身も確認しておけよ。恐らくギルデバルトーから盗んだ金品がたんまり入っている筈だ」

「おい巫山戯るなよ。何の証拠が有るんだ。外套にしたって言い掛かりではないか」

「今から証言が得られるさ。――おい」

衛兵長が合図をすると、衛兵二人が俺をふん縛って、そのまま拷問部屋へと案内して下さった。





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