第八話 廃&這
村が廃れた。
集落の若者が上京する。
だんだんと廃れる。
人々は、廃れ消え去るだけである。
しかし、消え去れないものがいる。
それは、神様だ。
俺は、金魚をすくいながら考え続ける。
少女が呼ばれた理由は、神の祭事を楽しむため。
祭事を楽しむことが、神にとっての信仰となりえるのだ。
神々の解釈としては………
――9hc@、9hc@gz@えq――
金魚がはねた、紙器の上で……水が少し張られた器の中に、跳ねて入っている。
ポイの紙が破けて、金魚をしとめ損ねた少女は、俺の紙器の中を覗いた。
金魚が泳いでいる。
赤い……というよりかは、オレンジ色。
そんな魚が白い紙皿の中を泳いでいる。
「えぐーい!」
夏目明日夏は、驚きと喜びが混じる感情。
歓喜の表情で、拍手をする。
えぐい
それは、悪が強いとか、そういった意味がある。
個人的な感覚では、グロテスクな生物を見たときとか……そういう時に言う言葉な気がした。
夏目明日夏は、その言葉をまるで、すごいという意味合いで使っているよう。
そう感じられた。
えぐいの使い方を間違えているのだろうか。
それとも、エモいとか草みたいな、最近の若者言葉だろうか。
俺の脳裏で一つ、不確かな知識を思い出した。
流行語……
八十年代の流行語で、すごいという使い方で、えぐいと言うものがあったような気がする。
夏目の場合は、使い方を間違えている方だろうか……
しかし、なにか引っかかるのだ。
「そうか……子供の時からよくやったんだ。」
彼女のえぐいに対して、気にするそぶりを見せないようにした。
理由は特にない。
キラキラした瞳が金魚を見つめる。
「お兄さん、コツ教えてよ。」
夏目は、金魚の捕まえ方が気になっている。
何か、感情が揺さぶられる。
それは、まるで……子供心。
「まず、ポイを持つ。」
少し自慢げに、語りだす。
ポイを濡らして、金魚をすくう。
水面から一センチメートルほどの深さに、ポイをキープして。
やってきた金魚をすくいあげる。
尾びれが紙に触れないように気を付ける。
最も激しく動く部位であるからだ。
これを手際よくする、最初は難しいが何度もやるにつれて、慣れていく。
きっと俺は、機械的な説明をしたのだろう。
夏目は、その説明をしながら、実践する。
そんな、お利口なことをやっていた。
彼女の姿を見て、幼少期の自分が思い出される。
このやり方は、祖父から教わった。
あの頃の祖父は、こんな気持ちで俺を見ていたのだろう。
「捕まえた」
夏目明日夏が、歓喜の声を上げる。
彼女の左手に持つ紙皿には、一匹の黒い金魚があわただしく跳ねている。
「出目金だ」
俺はそう呟いた。
黒く飛び出た目玉の金魚。
祭りの金魚すくいでは、よく見かける種類。
ひらひらとした尾びれから、泳ぎが下手であり、捕まえやすい。
彼女は、おおはしゃぎで出目金を見せている。
「私もできたよ!」
喜ぶ彼女の顔は、無邪気だ。
そんな彼女の表情を見つめ、和んでいるとき。
祭りの中心……神社の賽銭箱の上に置かれた、ラジオがノイズを鳴らした。
波長がゆっくりと合っていく。
ゆっくりと、ゆっくりと
(続いてお送りする曲は、昨年ヒットした。
気づいた。
ラジオが話した言葉は、先ほどの疑問の答え合わせだ。
この空間は、今……1980年代……おそらく84年ごろ……
根拠は、彼女の話した「えぐい《すごい》」という発言。
そして、ラジオパーソナリティーの言葉。
「昨年ヒットした。中森明菜の少女A」
中森明菜は、1980年代のアイドル。
昭和を代表するアイドル。
昭和曲が好きな友人がよく聞いていた。
ヒットしたのは、1980……3年だったか。
それくらいの時期だった。
だからこの空間は、きっと1980年代初頭になるのではないだろうか。
――さぁ――
「ねえ、夏目さん。」
僕は彼女に向かって問いかける。
「なあに?」
無邪気な表情が一変して、キョトンとしていた。
そんな彼女の目を見つめて
「今って何年?」
そう聞いてみる。
彼女の瞳が曇っている。
そして、にこりと笑って「変な人、今年は」
――急――
この時を待っていた。
彼女は、我にとって一時の救済である、
さぁ、小さな人よ。「いきたい」 われの祭事を堪能してくれ。
「行きたい」
過去に、此処は人里であった。
「行きたい」
そうか、生きたいか。
「生きたい」
我は、この地に取り残された。
私は、浅草に行きたかった。
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