第七話 金魚すくい
——あけくう→とぬ——
「お兄さんどうかした?」
気が付くと俺は、少女を見つめたまま、固まっていたようだった。
「あぁ……すまない」
その言葉が出てくるのに、少しの
理由は、あのビジョンによるものではない。
彼女の姿は、小学六年……大きく見ても中学校一年生……ってところだろうか。
先ほどとは違い、ぱっと見で分かるほどに成長している。
まじまじと見るのは、悪い気がするが不思議である。
こういってしまえば、気持ちが悪いが。
慎重が延び、体格はより女性らしくなっている。
彼女は、自身の変化に気づいてすらいないのだろう。
キョトンとした表情で、俺を見つめている。
「変な人」
固まった俺は、可笑しな人間に見えたのだろう。
彼女は、にこりと笑った。
狂おしいほど、楽しそうな顔で……
再び彼女は、焼きそばを食べはじめた。。
ビジョンを見るたびに、成長する?
ビジョンを見る条件はなんだ?
最初は年齢を聞いて、その次は焼きそばを食べて。
条件となる、何かのアクションがあるはずだ。
彼女の情報を聞き出そうとしたときに、情報が出る?
もしくは、彼女との親交を深めるとか?
食事をとったりする。
から
情報を聞く。
これが、トリガーとなっている?
——さぁ聞いてみよう——
「君……名前は?」
俺がそう問いかける。
もし、考えがあっていれば、もう一度フラッシュバックするはず。
少女は、俺の眼をのぞき込む。
来るぞ、フラッシュバックが。
「明日夏! 苗字は夏目……夏目明日香」
ナツメ アスカ
彼女は、そう名乗った。
俺の思っていた結果にはならなかった。
ナツメと名乗る彼女は、普通に名前を言った。
それもフルネームで……不用心な奴だ。
大学の時に調べたが、夏目っていう苗字は確か長野県にあった夏目村がルーツと聞いたことがある。
彼女の出身地、織田町で夏目という苗字は珍しいはず。
しかし、織田町へ引っ越したと考えればおかしくない。
この時代、一族が場所に縛られることはない。
どこにでも行ける、自由な時代だ。
自由だ。
自由であるからこそ、なぜこんな田舎町に、引っ越してきたのだろうか?
田舎がいいなら、ほかにもっとあるはずだ。
この中途半端な田舎町を選ぶとは思えない。
それこのあたりの人間たちは佐々木が多い。
つまりこの、夏目明日香の家系に織田の佐々木がいる可能性のほうが高い。
まぁ、この子にそのことを聞いても知っているとは思えない。
彼女の家系が、何か子の異界から出る、ヒントになるかと思ったが……
難しそうだ。
「そうか、じゃあ夏目さんって呼ぶよ」
俺は、考えながら返した。
夏目明日香は、不思議そうな顔で見つめながら。
「なんで、
そう聞いてきた。
「え?」
俺は、そんな返しをしたと思う。
動揺による、無意識化の返答だった。
彼女は、ガラス玉のような瞳を見せながら。
「だって、みんな私を呼ぶときは、
確かにそうかもしれない。
夏目さんと呼ぶより、夏目ちゃんと呼んだほうが……自然だったのか?
ちゃん付けは、馴れ馴れしいかと思った。
「そうか、すまない……なんとなく……」
俺はそう返した。
人と関わるのが苦手な身にとって、この状況が一番つらい。
「変なのぉ」
彼女は、そう言いながら焼きそばを平らげた、
俺の手元には、冷え切った焼きそばが残っている。
食べよう
焼きそばを食べる。
ここが祭りだ。
何かを祭る行事で出される食べ物は、神との交流だったりする。
今思えば、鬼が祭りをやるとは思いにくい。
鬼にとっても、神々の怒りを買うのは恐ろしい……ハズ。
「じゃあ、お兄さんの名前は?」
彼女が聞いてくる。
俺の名前……名前は、
「俺の名前は
福井県出身の身として、彼女と同じく珍しい苗字。
関東なんかでは、珍しくはないかもしれないが。
こっちの地方では珍しかった。
この苗字の所為か……俺は幼いころ目立ってしまった。
まあそれだけじゃないと思うが。
「 じゃあ、根本君って呼ぶ」
馴れ馴れしいなと思いながらも、俺はその呼ばれ方を気に入っていた。
あまり、君付けされることがないからだ。
「あぁ、かまわないよ」
返事をして、近くの段ボールの箱に、ビニール袋を詰めたもの……ゴミ箱に、食べ終えた焼きそばの容器と箸を捨てた。
「ねねね!遊ぼうよ!」
彼女がそう言って、金魚すくいの屋台を指さした。
「いいよ」
どこか、童心に帰った気分になった。
まぁ……子供のころに、友人と祭りを楽しむ、という機会はなかったが。
なんとなく、子供の気持ちになった。
一つの仮説を立てた。
夏目・明日夏……彼女とかかわると見える、あのビジョン。
その条件は、祭りを楽しむことではないか?
山奥の神社は、主に山岳信仰を崇拝する地域によくみられる。
祭りとは、祭事であり神事だ。
何らかの神を祀っている。
山の神様や田んぼの神様……川の神や太陽。
考えながら、夏目明日夏と祭りを楽しむ。
屋台にいる人影が、夏目と俺にポイを渡す。
ポイというのは、金魚をすくう紙製の網。
金魚が水槽の中を泳ぎ、それらをこのポイというもので、救い上げる。
ポイに貼られた、紙が水でふやけて破けてしまう前に、何匹捕まえられたかを楽しむ。
この娯楽をだれがどういった経緯で始めたのかは、わからないが……確認されたもっとも古い金魚すくいは、江戸時代後期の浮世絵からだそう。
個人的には、幼少期……祖父の生まれ育った、織田町の剣神社……そこで行われる祭りにあった、金魚すくいが印象に残っている。
確か秋ごろにあった記憶はあるが、何祭りであったか、覚えていない。
というよりも、どんな祭りでもよかったのだろう。
子供の自分にとって、お祭りというものは、楽しいもの……
生き物好きだった自分にとって、金魚すくいという屋台は魅力的だった。
夏目明日夏は、この祭りを楽しむ子供として、神様というものに呼ばれたのだろうか。
では俺は、いったいどのような目的をもって、此処に迷い込んだのだろう。
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