第六話 2022

俺が彼女の変化に戸惑っている中。


幼女は俺の東京という言葉を聞いて、目をキラキラとさせた。

「東京って【あさくさ】がある場所?」

浅草……東京にある地名。

彼女は浅草に、ゆかりがあるのだろうか。


「あぁ、そうだね…浅草に何かあるのかい」

そう聞くと、幼女はにっこりと笑みを浮かべて、体を左右に揺らせた。

うれしそうだ。

「今度パパとママと三人で行くの。」

家族旅行で浅草か……随分と渋い。

この子くらいの年で浅草って言ったら、結構つまらないと思うが……楽しみなのだろう。

俺がこのくらいの年だったら、ユニバか夢の国に行きたいって言いだしそうなもんだ。


「そうか……それは楽しみだね。」

どうでもいいけど、浅草って聞いて今年の初詣は、浅草寺だったことをおもいだした。

甘酒がまずかったことを鮮明に覚えている。


「うん」

彼女は上機嫌なの両手をバタつかせながら笑顔である。

そんな彼女の表情を少しほほえましく思った。


しかし、そんなほほえましい気持ちも長続きしない。

明らかにおかしい。


やはり、大きくなっているのだ。

急激に成長していることは、明確だ。


「君……年は?」

不審者に思われるかもしれないが聞かざる負えない。

彼女は人間ではなく怪異であると、思った。

怪異に魂を乗っ取られたのだろう。


俺の嫌な憶測は、的中したのかもしれない。

幼女の瞳が、一瞬濁った。

冥府の眼死人の目だ。


間違いないこの女は、幼女の皮をかぶった物の怪だ。

でもなぜか。彼女の濁った瞳の奥から、どこか悲しみを感じる。

なぜだ。


もし鬼であるならば、俺なんか獲物に過ぎない。

昆虫のような、無機質な瞳なはずだ。








——howling——


真っ暗だ。

俺の視界は、ブラックアウト暗転した。



——transfer——



「ねえ、お父さん」

        「なんだい?」

  「りょこうっていつだっけ?」

           「明後日だよ」


男の声と幼女の声。

俺の感情とともに、ハウリングして聞こえてきた。




——section——

そして、若い女の声がラジオのようなノイズ交じりに聞こえた。


「私は、」

——error——


気づいたら俺は、ブラックアウトから覚めていた。

幼女は、何もなかったかのように、俺の袖を引っ張っている。

俺は、どうやら拝殿の段木に腰掛けていたらしい。

「どうしたの?」

俺がそう聞いた。

すると幼女は、「おなかすいた」そう言ってきた。



俺はゆっくりと、立ち上がる。

幼女につれられて、出店に歩んでいく。


……そう書かれた屋台の中にいる人影は、うちわを仰ぎながらくつろいでいる。

「すみません。焼きそばを二つもらえませんか?」

俺は屋台の前に立ちそういった。

この幼女がお金を持っているなんて思えない。


しかし人影は、まったく反応しない。

いつまでも、うちわをパタパタさせるだけ。

俺は、もう一度声をかけた。

「すみません。」


その姿を横で見つめる幼女は、くすくすと笑っている。

「何がおかしい?」

俺がそう問いかける。


彼女は、笑いながら

「駄目だよ……この人たちはしゃべってくれないよ」

何を言っているんだ?

しゃべっちゃくれない?


この人影は、NPCnon player characterか何かだといいたいのか?

俺は戸惑っていた。

本当に何を言っているんだ、この女は。



「じゃあどうやって、焼きそばをもらうんだい」

俺は、そう返した。

誰だってそんなこといわれりゃ、そんな返しをする。


少女は、すました顔をして。

「おじちゃん焼きそばもらうよ。」

といった。


人影は、相変わらずくつろいでいる。

「何も変わらないじゃないか」

そう呟こうとしたとき。


焼きそばのソースの匂いがした。

それは目の前に置かれた、屋台のテーブル。

その上に、焼きそばはあった。

紙皿に乗せられた焼きそば……出来立てのように湯気が出ている?

しかし屋台には、プレートこそあるもののぱっと見でも、冷め切っているのがわかった。


どうやって出来立てを作ったのだろうか?

いや、ここは異界だ……そんな常識は通用しない。


「はい」

幼女が二つもらった焼きそばのうち、一つを差し出してきた。

「ありがとう。」

そう言って受け取る。


正直食べる気は起きない。

ここは異界。


ここでこの焼きそばを食べてしまえば。

約三十年越しに現れた、異界の廃村で水を飲もうとした女子学生を止める教授に、

「お前は、しらないのか?」

とか言われそうだ。


しかしやきそばは、おいしそうに湯気を絶たせている。

再び拝殿の段木へとやってきて。

「一緒に食べよう。」

と言われる。

少女は、先に階段に座ると割り箸を割って、焼きそばを食べ始める。


おいしそうな表情に、おいしそうな声でうなっている。


俺は、不安を感じる。

しかし、彼女の表情を見ると、食べたくなる。


そういえば、今日は、お昼はまだだったな。

朝食は、福井駅の駅そばを食べたが……正直物足りなかった。


それゆえに、目の前の焼きそばを食べたくなる。

しかし食べてしまえば、現世には戻れないかもしれない。


好奇心で迷い込んでしまった限り、戻らないといけない。

高校時代、後輩と何度も異界から戻ってこれたんだ。

危機察知は、できる。

いくら腹が減ろうと、目の前の焼きそばが旨そうだろうと……


俺は、焼きそばを食べた。


味はふつう、どこにでもある焼きそばだった。

口の中で焼きそばが咀嚼され、唾液と混ざって味を伝えた。


あぁ、うまい。


空腹も相まって、涙が出そうだ。


料理にがっつく俺とは違い、彼女は行儀よく食べている。

きっと彼女の両親は、とても幸せなのだろう。


ただの焼きそばこんなに、美味しそうに頬張る娘がいるんだ。

どこに行っても、その場所を楽しんでくれる。

きっと、幸せなんだ。



少女は、この異界の祭りを満喫しているんだろう。

それも、俺よりも長い時間。


屋台の料理の取り方も、知っている。

それを知れるほど長い時間いるんだ。

きっと。



終わらないなつまりを……

夏の夜。


そのはずなのに、何か違和感を感じた。

この祭りは、なつまりにしてはおかしい。

何かが違う……


考えながらも、神社の砂利を眺める。

——赤いモミジがきれいだ——


「なんで、先輩」

            「私先輩といっしょがいいです」

  「俺は、君と一緒に入れたなら、救われたかな」




——幸福な朝食——






再び、何かのビジョンを見せられている。

車に乗り込む、家族の姿。


トランクにキャリーケースを詰める父親と、それを見つめる母の姿。

このビジョンは、あの幼女の記憶?それにしては背丈が高いような。



淡い色合いの映像を見続ける。

そこに突っ立って見つめるだけ。


一人の若い女が、後部座席に乗り込む。

あの幼女の姉だろうか?

高校生くらいだ。


しばらくして、荷物を積んだ両親は、車に乗りこんだ。

エンジンがついて、発信しだす。

住宅地の中、古い車が進んでいく。


おいて行かれた?


俺はそう思った。

あの少女は、ここにいる。

俺が見ているものは、若干低い位置である。

それは、幼い少女の視界だ。


「私は、迎えを待っている。」

幼女の声がした。

その声は少し大人びている、

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