第五話 YO・JOY

幼女が俺の眼をのぞき込む。


 俺はなるべく目を、合わせないほうがいい。

 そう思っていた。


 幼女を横目で見ながら、屋台の中を見つめた。


 こいつは、俺に気づくとまじまじと見つめ始めたんだ。

 おそらくこの幼女は、この場所にいる神様か何かだろう。


 それも、恐ろしい何か。

 ドラクエでいえば、ラスボスの魔王みたいな……いや、クトゥルフに出てくる、幼女の皮をかぶった邪神ってところかな。


 だから、目も合わせない。

 幽霊とか、そう奴に有効な対処法。

 をすれば、次第に興味をなくして立ち去るだろう。



「おにぃさん?」


 声をかけられた。

 何処にでもいる、小学校低学年……あるいは、年長さんの声……


「ねぇねぇ」


 方から垂れ下がる腕を大きくゆする。

 温かい。


 布一枚を通して伝わってくる体温。

 幽霊ではないのか?


 幽霊はここまで暖かくはない。

 絶対とは言えないが経験上、幽霊の体温は人より僅かに体温が低い。


 特に夏場では、この差ははっきりわかる。

 この女は、人間なのだろうか?


 もし人であるならば、なぜこんなところに……

 俺と同じで、迷い込んできたのだろうか。


 その時、不覚にも目を合わせてしまった。

考えることに集中してしまった。

 頬から首筋にかけて、一筋の冷や汗が伝わる。



 ひやり、ひんやり。

 そして、ぞくりぞくりと……


 鼓動がはっきりと感じ取れる。

 彼女の瞳に写る俺の表所は、冷静を装って入るが、明らかに乱れている。


「ねぇってば」


 幼女は、繰り返す。

 俺は、ひそかに深呼吸をした。


 鼻から吸って、鼻から吐く。

「あぁ……すまない。」

 彼女の言葉に返した。

 それ以外に、適切な対応が思い浮かばないんだ。

走って逃げようにも、どこへ逃げればいいのか。

階段か、それとも山奥か。



 幼女がこちらを見つめている。

 緊張が走る。

逃げられない。

そう直感的に、わかった。



 一秒間という長い沈黙が続く。

「おにいさんも、迷い込んだの」

 迷い込んだのか。

 彼女の発言は、自分と同じ境遇であることを物語る。目の前の女の子は、人間であることを確信した。


「あぁ……そうだね」


 俺と同じで迷い込んできた人間。

 この幼女はおそらく、どっかの街から迷い込んだ。


「お嬢ちゃん、君も迷い込んだのかい?」

聞く必要のないことだが、彼女の様子をうかがうために、あえて聞いた。

 幼女と俺との決定的な違いがあったからだ。

それに、不審者に見られたくはない。


 だからなるべく怪しくないような、言葉を選ばないといけない。


 俺はその辺の道を歩いているだけで、防犯ブザーを鳴らされるような人間だ。

だから幼女は、嫌いだ。

 というより、トラウマだ。


「うん」

 彼女は、首を大きく縦に振って、返事をした。


 何処から来たのか、いつからいたのか。

 その辺を気になったが、一つ一つ聞いても大丈夫なのだろうか。


「なぁ、アン……君は、どこから来たのかな」

 俺なりの、配慮ある言葉遣い。

 不審者に思われないための……



 幼女は、なにも不審がる様子はなく。

 無垢な瞳で見つめている。


 そして彼女が口を開き答える。

 「

 織田町というのは、福井県にある地名。

 今いる場所は、という場所である。

 田舎のほうである、織田のさらに奥地。

 少し下に下がれば、まだ人が住んでいる民家があったと思う。

 

つまり彼女は、入尾を下りた場所にある町か、山向こうの町に住んでいるのだろう。

 おそらくこの子は麓の人間で、剣神社っていう神社があった場所当たりじゃないかな。

 あそこならこの時期に、祭りがある。

 

 少女が浴衣姿であることに、納得がいく。

 

 「ねえお兄さん、お兄さんはどこから来たの」

 幼女は、純粋な目で聞き返してきた。

宝石のような、瞳を見つめながら答えようとした。


「東京だよ」

俺がそう返したとき、気づいた。

 幼女の体がさっきよりも少し成長している。

 

 こんなことを言えば変態だが。

 若干髪が伸び、身長が少し高くなっている気がした。

 気のせいだろうか?


若くて保育園や幼稚園の年長さんと思っていた、彼女の容姿は、小学校中学年に差し掛かっているように感じる。


子供の成長は早いとは聞くけれど、これは以上だろう。



  

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