第二話 ハイシャ
「ねえ、メトロ」
誰かの声がした。
暗がりの部屋の中、耳にヘッドフォンを当てて音楽を聴いているかのような気持ちで、誰かの会話を聞いていた。
「なんだ。」
自分によく似た声の誰かが彼女の声に答える。
この空間に俺は存在していないのだろうか?
まるで、
俺の一生の中で、並の人間以上に、奇妙な経験を積んできたがこの感覚は、初めてである。
メトロとは?
そしてこの女性は?
自分の声を出す何者かは?
増幅する疑問を淡々と思慮する。
すると、視覚ではない直接脳に送られて来るようなビジョンが見えた。
暗くノイズの走る映像の中心で、アサルトライフルを持った兵士がこちらを睨みつけている映像。
そして、流し込まれるように誰かの記憶……もしくは情報を流し込まれた気がした。
「メーデーメーデ」
「好きだよ。たいちゃんのこと」 「度し難い」
「ねえメトロ」
「おい!東棟に赤酒が攻めてきている!」
「戦争は終わっちゃいない」
「カエデ……リオ……俺はようやくこの銃を手放せるよ」
-さぁ、いって-
「はぁっ」
肺に大量の酸素がはいってくる感覚がした。
息を吹き返したかのような気分。
俺は、骸のように眠っていたのか。
そして、体を一気に起こして、空気を吸い込んだんだ。
多少の息切れと、心臓が活発に動く感覚がある。
何かにおびえるような驚いたような、そんな感情の中ゆっくりと、呼吸と心拍を落ち着かせていく。
「眠っていたのか」
バイクで十時間ほど走ったからか、この待ち合わせ場所で眠っていたのだろう。
廃集落から道を挟んだ向かい側、まだその面影を残す田跡があった。
俺はそれを見つめながら、草原で眠っていたのだろう。
排気ガスのないきれいな空気に、青々とした自然の芝生……そして日光が心地いい。
何か悪夢のようなものを見ていた気分だが、そんなことはこの景色に溶け込んで思い出せなくなっていた。
携帯の画面を開くと 15時45分と表示されていた。
かなりの時間、眠っていたようだ。
俺は、あたりを見渡して、後輩が来ていないか確認してみる。
誰もいない。
後輩の姿はない。
後輩はこの山道を通るはず。
眠っている俺を見つけることはできただろう。
しかし、後輩の姿もなければ、人の気配と言えるものは一切ない。
そして、今になって気づく。
待ち合わせには重要なもので、なぜ最初に思いつかなかったのかと自分にあきれてしまうほどのことに。
【待ち合わせ場所と時間】
集合時間はいつなのだろうか?
そんな初歩的な疑問を持つことはなく、此処に来てしまっていた。
少し焦って、昨日届いたメッセージを再び開いた。
そこには、時間と言えるような文章は書かれていない。
後輩も時間を書き忘れたのだろうか?
なんとなくだけど、そんなことはないのだ。
そんな気がする。
思い出の日と書かれているということは、思い出の時間というものがあるのかもしれない。
しかし、日にちは覚えていても時間まで覚えている人はそうそういないだろう。
いろいろと考えてみる、思い出のある7月の21日で思い出に残る時間?
それとも、全く関係ないところに書かれている?
彼女が好きそうな時間とか?
例えば、よく飯を食いに行った時間は夕方……だが、そんなことを言ってしまえば、高校生だった俺たちの思い出の時間はすべて放課後に集中する。
次に座標を……
そう考え始めたとき、俺が来たほうの山道から大きなエンジン音がした、古いマニュアル車のような音。
後輩だろうか?
俺は、音のする方向を見つめた。
それは近づくことも遠ざかることもなかった。
止まったいちから音はなっている。
つまり、車は停まっているのだろう。
しばらくして、音は消えた。
急いで立ち上がると、バイクを置いて音のした場所へ、小走りで向かった。
ー
音がした場所は、そこまで遠くはないはずだ。
少なからず、
もう少し、先からだったのだろうか?
そうならば、バイクを取りにいかないと……
蛇のようにうねる、山道の先に人気はない。
この先数百メートルに後輩はいない。
直感的に思い引き返そうと振り返る。
すると少し先の曲道、そこに敷かれたガードレールが目に付く。
錆びたりして、もともとの白さの面影がない。
そんなガードレールが大きく変している。
まさか車は、このガードレールを突っ切ったのか。
駆け足で、変形したガードレールのもとに行くと、その先は林であり。
事故車は見当たらない。
あるのは、放棄され朽ち果てた廃車のみ。
あれが動くとは思えないし、ガードレールの変形はどう見ても、何十年も前の物だ。
昔この場所で、事故でもあったのだろう……そして、車は放棄された。
そんなところだろう。
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