序章 RE

第一話 K

「今日の夜には、浅草に着くぞ」

山道を一台のソアラが往く。

「浅草ってどんなところ?」

その車内で、幼い少女がそう言った。

Tシャツとロングスカートを着て、赤い靴を揺らしている。

少し退屈そうな表情をしているものの、久しぶりの家族旅行といううれしさもあった。

そんな彼女が見つめる先、前席には母親と父親が座っている。

眼鏡をかけて、ハンドルを握る父親は、上機嫌に山道を走る。

助手席に座る母親は、そんな旦那と娘を見てほほえましそうにしていた。


笑顔の絶えない三人は、とても幸せそうにも見えた。

絵にかいたような家族団欒である。


「にぎやかなところさ」

父親が娘にそう伝えると、娘は窓の外を見つめて、浅草を想像した。


母親が、カーラジオのチューニングを合わせる。

車の揺れのせいでうまくチューニングを合わせられないのだろう、音楽番組の放送に若干のノイズが混じり、流ちょうな英語を交えたアナウンサーの声が聞こえてくる。

「えぇ、続いてお送りします曲は、昨年リリースされました。

ジョージー・マイケルのワン・モア・トライです。」











ー幸福な朝食ー









早朝5時、枕もとで充電していたスマホが振動し、通知音が鳴った。

すぐに画面が点灯し通知が来たことを知らせる。

その音と光は、ぐっすり眠る俺を起こすには十分な刺激であった。

「んあぁ?」

眠気交じりの眼を開いて、画面をのぞき込む。

「もぉ……」

そんな声が、愚痴のように口から零れた。

俺は、自身の睡眠を邪魔する時間も考えない非常識な通知の主を、この目で確認しようとイラついた手付きで画面を撫でる。


画面には、「メッセージを一通受信しました」という表示とともに、

送り主の名前だけが表示されている。

(K)


通知の送り主の名前は、アルファベットのK……その一文字のみ。

すぐにメッセージを開いて内容を確認しようする。

Kという、送り主にどこか心当たりがあるからだ。


そして、再び表示された送り主(K)の文字を指先でなでながら、

「K・A・Y・A・N・O」

とつぶやく。

カヤノ……俺の悪夢のような高校時代の最後に出会った後輩の名前だった。

もしかして、彼女が僕に?



そう思って、あわてて本文を読んだ。


(お久しぶりです先輩。

私のことを思い出せますか?


おそらく、先輩なら思い出せると思います。

あの一件のちょっとした進展があったので、先輩とお話ししたく連絡しました。


私は、先輩との思い出の日に、この場所でお待ちしています。)

メッセージとともにあるアルファベットと記号、そして数字の羅列が送られてきた。



X354+45


「座標?……」

前文の文章からも、なんとなくの予想はできた。

謎解きのような英数字の羅列は、以外にも簡単に解けてしまった。


あとは、この座標がどこであるかを突き止めるだけだ。

昔は、地図とかを開いて調べていたのだろう……

今は便利なもので、コピペしてネットで検索すれば、あっという間にその場所の情報が出てきてしまう。


福井県織田あたりにある、山道。

検索結果を見て怪訝な顔をする。


山道で待ち合わせなのだろうか?

1キロ以上はある道のどこにいればいいのだろうか?


そう思って、その場所を地図アプリの航空写真で眺める。

指でなぞりながら、拡大する。

しばらく見ていくと、この長く退屈な山道で目を引くものがあった。

集落だ。


道の隅に、民家らしきトタンの屋根が十数軒並んでいる。

おそらく座標の位置は山道のど真ん中ではなく、その山道のすぐそばにある、この集落で待ち合わせをしろということなのだろう。


「ここだったら、バイクでいっても……一日はかかるよな?……」

遠い。

だからと言って、このメッセージを送っているのであろう後輩との再会を断念する気にはなれない。

メッセージに書かれていた、に興味があったからだ。


起こされた怒りも眠気もすでに冷めていた。

俺は、いつも通りのルーティンをこなすために、立ち上がると体を伸ばしながら、台所へと向かう。

窓からの光がまぶしくて思わず目を細める、夏の朝。


コーヒーを入れながら、カレンダーを見つめる。

「俺との思い出の日……」

7月21日。


それは、ある人からすれば、開放的な日々の始まりの日であり。

ある人からすれば、稼ぎ時


そして、俺からすれば あの悪夢の始まりの日だった。

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