第2話

月の無い夜、足元を照らすスマホの光を頼りに歩みを進める。



大通から2回かい曲がり、家と家の間の水路の脇に小道があるのを見つけたとき、ふとこの街に通り抜けると魂が抜かれてしまうという曰くのある道があったことを思い出した。


この道がその道なのかはわからないが、飲み屋の連なる大通からちょっと離れたこんなところに街頭の一切ない道があるとは思わなかった。暇を持て余し、あてもなく歩いていたところにちょうどいい暇つぶしができたと、好奇心に身を任せ小道に足を踏み入れたのだ。


じゃりっじゃりっと足元の地面が歩みに合わせて音を響かせる。ふと気づくと足元はアスファルトから小石の混じる砂利道へと変わっていた。


スマホの光で照らされるのはところどころ雑草の生えた地面と隣を流れる小汚い用水路の水のみ、とっくに通りに出てもおかしくないほどに歩いているはずなのに一向に代わり映えのしない景色にもしかして自分は異世界へと来てしまったのではないかと突拍子もない思いが浮かび上がる。


そんなことありえない、と思いながらもゆっくりと背後を振り返ると、そこにあったのは小道の入り口が通りの明かりに照らされている姿だった。


何だやっぱりただの道なんじゃないか、こんなことにビビって小学生かよと先ほどまで心の底から震えあがっていた自分を小ばかにしながら、また歩みを進め初めた。



このとき彼が正常な精神状態だったなら気づけたはずだった。あんなに歩いたのに入り口がこんなに近いはずがないと。



暗闇の中を歩き続ける。心なしか左右の家の塀がぼろくなって気がする。まあ改築の都合で塀の一部分だけが古くなってしまうことなんてままあることだ気にすることじゃない。あんまりに同じ景色が続くものだから気になってしまったのかもしれない。



唐突に左側の塀の向こう側から数人の男たちの笑い声が聞こえてきた。おそらく酒が入っているのだろう、聞こえてくる話し声は距離が遠いのもあるがろれつが回っておらず話の内容を判別することはできない。


暗闇の中一人孤独に歩いていたせいか人の話し声はことの他彼の気持ちを安心させた。

塀の内側を覗いてみたくなったが、塀の背丈は彼の背を優に超しているため。塀によじ登ることは不可能だった。


覗き見を諦め、再び歩き始める、彼の頭の中にはすでに恐怖心は無く、今まで歩いた道のりについてもすぐに忘れ、道の先に何があるのかを確かめたいという一心だけがあった。なぜか引き返すという選択はもう彼の中から無くなっていた。



彼はこれまで何度か足元を照らす光から視線を上げ、何かないか確認するというルーティンを行っていたのだが、もちろん何も見つけることは出来ないでいた。しかしそのときだけは違った、視線の先約100mほどのところにぼうっとした明かりが見えたのであった。


彼は勢いよく走りだした。スマホで足元を照らすことも止め、懸命に腕を振る。つけっぱなしのスマホの光が夜空をチカチカと照らす。



なぜ走っているのか自分でも説明は出来ない。走ったところでその明かりが消えることはないはずだ、ただそのとき明かりを見つけられたという興奮だけが彼を支配していた。



明かりが照らしていたのはどうやら何らかの商店であるらしかった。らしいというのもその店には看板が出てなかったのだ。看板が出てなければなんの店かわからないし、まず客が来ないだろう。閉店するときに看板を下ろす店なのかもしれないが、それだは明かりがついているのはおかしい。


その建物の正体がわからず彼は立ち尽くしていた。もしかしたらヤクザものの事務所だったりするのだろうかと想像したりもした。だがその場合でも訪ねてきたものにいきなり暴力を振るなんてことはないのではないか、それならば中を覗くくらいしてもいいはずだ、といった考えに彼は至ってしまった。



彼はごくりと唾を飲み込み、扉の前に立ち、まずはノックだろうと手の甲を使って2回ノックする。返事がないので、次は2回ノックした後に中に呼びかけてみた。


「すみませーん、誰かいませんかー」


返事は無い。


彼は意を決して取っ手に手をかけた。


力を込めて扉を引くと、思いのほか簡単に開くことができた。

きぃと金具が音を立てながら扉が開かれる。




その後、扉の中の光景を見た彼の心にあったのはなぜこの道に入ってしまったのか、なぜ途中で引き返さなかったのかという後悔のみであった。

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