第4話 出航
東の砂浜に、三日月型の船を停めてある。
結婚式が始まったら、みんなが式に参加しているうちに、その船まで行って隠れていること。
両手を見られないよう気をつけて。
ミントは無事に船まで辿り着いただろうか。
僕はダリアの結婚式を裏で見守りながら心配していた。
両親に気付かれなければ大丈夫だろうが、何かの拍子に誰かに赤い手を見られたら騒ぎになるだろう。
幸いなことに、国の有力者とその人に見初められた佳人の結婚式ということで多くの人が教会の外にも集まっていたので、船のある砂浜の方には人が少なそうであることが救いだった。
区切りの良さそうなタイミングを見計らって、僕はダリアの両親にこの地を後にすることを告げた。
「申し訳ありません。次の依頼が少し遠方でして」
ダリアの両親は少し残念そうではあったが、僕の役目は既に終わっていたためたいして引き止められなかった。
「彩色様、本当にありがとうございました。おかげさまで素晴らしい式になりました」
人のよさそうに見える夫婦なのに、裏で何をやっているかなんてわからないものだな、と僕はそんなことを考えながらダリアの両親と別れて、東の砂浜へ向かった。
ひたすらどこまでも白く細長い砂浜の途中に、三日月型の船を停めてある。
船の色は青白く、大きさはさほど大きくない。三日月の半径が大人二人分の身長程度、幅は両手を左右に広げた程度である。僕一人ならそれで構わないのだが、小柄な子供とは言えもう一人乗せるとなると少し手狭になりそうだった。
「ミント?」
船の中に向かって声をかけると、布の塊がもぞりと動いた。気温の低い海域に行く際に防寒目的で使っている厚い布だ。あの下に隠れていたならきっと暑かったろう。
布の下からちらりと顔を表したミントは、僕を見つけてほっとしたように答えた。
「彩色師様。ミントは大丈夫です。誰にも会わずにここまで来ました」
「そう、良かった」
僕は船に乗り込んで、ミントの前に色瓶の入った籠を置いた。
「焦らなくて大丈夫だと思うけど、すぐに出発しよう。ミント、籠の中から色をふたつ選んで」
僕が言うと、ミントは不思議そうに首を傾げながら瓶を二つ取り出した。
スカイブルーとローズピンクだ。
「今からその二色を、ミントに混ぜてもらう。こっちの空の瓶に三滴ずつ入れてみて」
こっち、と言いながら僕は船の端に転がしてあった空の瓶を拾い上げた。
「こうですか?」
ミントが慣れない手つきでスカイブルーの瓶を開け、スポイトで色を吸い上げて空の瓶に移す。危なっかしいと言うほどではなかったので、僕は「そうそう、その調子」と適当に相槌を打って見守った。
さて、何色になるか。
「色はね、混ぜる人によってできあがる色が違うんだ」
僕が言うと、ミントは不思議そうに首を傾げて、ローズピンクの瓶からも同じように色を移した。
混ぜられた2色は一瞬白く発光し、黄緑色に変わった。
「これは何という名前の色なのですか?」
ミントに尋ねられ、僕は知っている色の中から一番近い色を探した。
「うーん、ミントグリーン、かな」
「ミント?」
自分の名前が出てきたことを、ミントは不思議がっているようだった。
「ミントっていうのはね、昔あった植物の名前で、こんな色をしていたらしいよ」
「……赤くない」
「赤くないね」
地味にショックを受けているらしいミントに、僕は次の指示を出す。
「いま作った色を、海に流して」
「捨てるのですか?」
「捨てるわけじゃないよ」
ミントは僕の指示通りに瓶を傾けて、作ったばかりのミントグリーンを海に流した。海に流されたミントグリーンは、海の表面に線を引くようにすぅっと伸びていく。
「彩色師様、これは?」
「色しるべだよ」
僕が答えるのと同時に船がくらりと揺れて、ミントグリーンの線の上を辿るように動き出した。
「船が……!」
「海に色を流すと、こうやって線が引かれるんだ。海の中には色ごとに集まりやすい場所があって、そこに向かって流れていく。だから新しい色を作ると新しい場所に行ける。この船は色を吸う木でできていて、線の上を辿りながら進むんだ。しばらくすると、船もうっすら黄緑色になっていくよ」
いまこの船が青白いのは、ここまで来るのに青色をつかったからだ。
「すごい。すごいです、彩色師様! どこに行くんでしょうか?」
「さあ、どこに行くんだろうね」
ミントグリーンを色しるべに使うのは初めてなので、僕にも行き先は分からなかった。
「分からないのですか?」
「分からないね。まあ、海の中の花畑か、どこかの島にはつくから大丈夫だよ」
「……そう、なのですね」
いささかミントは不安そうだが、彩色師の旅はそんなものである。新しい色を求めて混色し、色しるべに使って新しい花畑を探す。そこでまた新しい色を採取する。
最低限、行き先の判明している色が数種類あれば遭難しないので大丈夫だ。
「そうだ、まだ僕の名前を言ってなかったね」
ミントが彩色師様としか呼ばないので、やっと名乗っていないことに気付いた。
「お名前、なんというのですか」
「なんだと思う?」
僕は少し意地悪をしてみる。
「分かりません」
そりゃあそうだろう。
「そのうち分かるよ。当ててごらん」
「そんな、それまでどう呼べば……」
僕は少し考えて、答えた。
「師匠、とか?」
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