第3話 弟子入り


「彩色師様、お願いがあります」


 驚いて固まっていた僕に、ダリアが言う。


「彩色師様の旅に、ミントを連れて行ってくださいませんか?」


 事情が飲み込めずに、僕はしどろもどろに「どういうことですか?」と返した。


「ミントは見ての通り、生まれながらに赤色を宿した子どもです。両親は、ミントの存在を隠し、密かに赤色を売って財を成しました。私と国の有力者との縁談が成立したのもそのつながりです」


 人間から取れる赤色は確かに希少な色だ。海底の花から抽出される赤色とは違って強烈で人目を惹く。わずかに流通している古い時代の色素とも違って、格段に鮮やかだ。


「このままではミントは、両親に隠されたまま、色を取られ続けてしまいます。私が結婚で家を出たら、もう守ることもできません。だから今日、本当は家で待っているはずだったミントを荷物に紛れさせて連れてきたんです。お礼としてお渡しできるものが、お金と少しの宝石しかありませんが……」

「ま、待ってください!」


 ダリアが必死に話を進めようとするので、僕は慌てて遮った。


「その、事情はわかりましたが、あまりにも急で。ミント様もそう望んでいるのですか?」


 僕がミントに目を向けると、ミントはこくんと頷いた。


「連れて行ってくれるなら、付いていきたい……です」


 両親に隠されていた……という話から、良くない扱いを受けているのだろうと予想が付いていたが、ミントもその気らしい。


「ですが、僕は彩色師ですよ。僕こそ、彼女の色を根こそぎ吸い取って金儲けに使うかもしれないし、彼女自身を売り飛ばすかもしれない」


 僕がダリアにそう言うと、ダリアは静かに首を振った。


「いいえ。彩色師様はそのようなことはなさらないと思います」


「なにを根拠に……」


「だって、彩色師様の使う色と、ミントの赤色はあまりに違いすぎます。直接見て、確信しました。ミントの赤色は確かに鮮やかな色ですが、人の心を乱し、狂わせる、禍々しい色です。なによりミントを幸せにしません。それに比べて、彩色師様の使う色は、穏やかで、澄んでいて、ただ純粋に美しく、見る者に幸せをもたらす色です。だから、きっと、彩色師様はミントの赤色を悪用したりしません」


 手放しに色を褒められて、僕は思わず心を揺さぶられる。よくわかっているじゃないかなかなか見る目があるそこまで言うなら仕方ない引き受けてあげなくもな──


「いえ、そんな簡単には連れていけません。僕は色の採集であちこちの海に行きますから、危険が伴いますし、採集に手いっぱいで子供の面倒を見る余裕はありません。こう言ってはなんですが、足手纏いは」


「お手伝いできると思う」


 僕の話に割って入ったのはミントの声だった。

 なんて言った? 手伝える?


「彩色師様は、みんなと違って、海に潜れるんですよね。それで、海の底のお花から色を取って、いっぱい集めて、売ったり塗ってあげたりしてる。ミントも、海に潜れます。だからお手伝いできると思います。弟子、にしてください」


 僕は唖然とした。色持ちの上に海に潜れるだなんて。

 そんな特異な存在が、まさかにいただなんて。


「彩色師様、どうかお願いします。ミントを連れて行ってください。一人で生きていける術を、この子に授けてください」

「お願いします。迷惑にならないよう、がんばります」


 二人に頼み込まれて、僕は逡巡した。リスク、手間、面倒、その他もろもろが乗った天秤の反対側に、ただひとつ重たい言葉が乗る。


 人手。


「わかりました。弟子として連れて行きます」


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