第2話 花嫁の妹


「もちろんよ。こちらへいらっしゃい」


 ダリアが手招きをすると、物陰からフードを被った少女が顔を出した。ダリアの妹らしい。小柄で、年は十歳前後といったところだろうか。サイズの合わないだぶだぶのローブを着せられている。


 ダリアのもとへ駆け寄ろうとした少女は、はたと何かに気付いたように立ち止まり、僕に頭を下げた。


「あ、えっと、妹のミントです。こんにちは」

「こんにちは」


 僕への挨拶をすませたミントは、今度こそダリアのもとへ駆け寄って、ダリアの右手を覗き込んだ。


「わぁ……!」


 ミントは姉と同じように感嘆の声をあげ、顔をほころばせた。


「ぜんぶこの色にするの?」


 ミントが無邪気に尋ねると、ダリアは困ったように首を傾げた。


「それも素敵ね。でも、せっかくだから一つじゃなくて、いくつか組み合わせて付けてみたいな。……あの、いくつまで選べますか?」


「いくつでも大丈夫ですよ。ご両親から十分すぎる報酬を頂いていますから」


 僕が答えると、なぜだかダリアはわずかに俯いた。

 いくつでも、と言われても困るだろうか。僕は思い直して言葉を続けた。


「でも、色が多ければ多いほど良い、というわけではありません。おすすめは大きな体積を占める色を一つか二つ決めて、それに合う他の色を、部分ごとに少しずつ足していく方法です」


 僕の説明を聞いたダリアは顔を上げて、ミントに向き直った。


「……それなら、一番たくさん使う色をミントに決めてもらおうかな」

「いいの?」

「ええ、ミントに決めて欲しいの。お願い」


 ダリアに頼まれたミントは、机の前に立って色を選び始める。

 待っている間、僕はダリアの右手から先ほどのターコイズを回収することにした。

 ミントが選ぶ色によっては、取り合わせがよくないかもしれないからだ。

 

 僕は籠から筆を取り出し、ダリアに右手をこちらに向けてもらう。

 筆先をターコイズに染まった指先に近付けると、布が水を吸うかのように色が筆に吸い込まれた。


「お姉ちゃんには、これがいいと思う」


 ミントの声がして振り返ると、並べられた瓶の中から一つの瓶だけが手前に引き出されていた。

 イエローだ。黄色の中でもとびきり明るい、レモンイエロー。


「すてきな色ね」


 ダリアが本当に嬉しそうに微笑んで、僕は自分に向けられた笑みでもないのにドキリとしてしまった。

 

「彩色師様、その色でお願いします」


 ダリアの声で僕は我に返って、レモンイエローの瓶を手に取った。


「承知しました。これはレモンイエロー。大昔に存在した果物の色と言われています。明るく、お祝い事にぴったりの色ですね」


 僕は色の説明をして、スポイトで瓶からレモンイエローを吸い取った。頭、髪、首、肩、腕……と、何回かに分けて色を落としていく。


「お姉ちゃん、きれい」


 おおかた塗り終えると、ミントがうっとりしたような声で呟いた。

 ミントが言う通り、きれいだった。真っ黒なドレスとの対比で、レモンイエローが輝いているようにも見える。


 そこから先は、ダリア自身が選んだ色を点々と足していった。指先と肩にローズピンクをわずかに入れ、髪にスカイブルーとターコイズを細かく散らす。鼻先と唇と耳たぶには、飾るように濃いオレンジを加えた。


 最後に色の量を調整するために部分的に筆で色を回収し、色と色の境目にはにじみ液を加えた。これで滑らかなグラデーションになる。


「完成です」


 僕が告げると、ダリアが立ち上がって、鏡の前でくるりと回った。


「ありがとうございます、彩色師様。こんなにも美しく塗って頂いて……。これが私だなんて夢のようです」


「光栄です。そう言って頂けると、僕も仕事のしがいがあります」


 ミントがダリアの周りをぐるぐる回って、「きれい」「すごい」「お姫様みたい」と褒めたたえる。仲の良い姉妹で微笑ましい。


 僕は瓶や筆を籠に戻しながら、ふと思いついてミントに声をかけた。


「ミント様も指先に付けてみますか。一色だけならいいですよ」


 妹ならダリアの結婚式に参列するだろうから、少しくらい飾っても良いだろう。指先だけならサービスの範疇だし、年齢的にもそれくらいは許されるはずだ。


 ミントはきょとんとした顔で僕を見上げ、「いいの?」と、首を傾げて僕へ向かって両手を伸ばした。 


 伸ばされた手を見て、僕は絶句した。


 赤い。

 だぼだぼの袖に今まで隠されていたミントの両手の、中指から先が赤かった。

 ミントがであるなら、右手から左手までを結ぶ糸のように、赤い線が身体を巡っているはずである。


 ミントは生まれながらに色を宿す特異な少女だった。

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