第4話 - ユイ、再び

次の日、契約結婚募集サイトから自分の投稿を消した。

新しい出会いは今は無理だ。

ユイの姿ばかりが頭を占めている。

相手の意図が理解できず、自分がどうしたいかも決められない。


錯綜した頭で仕事に向かった。

社内会議や顧客提案を何とか乗り越える。



同期の女性から社内コンパの連絡が来た。

忘れていた。今、参加する余裕は残っていない。

知り合いの先輩に声をかけ、代わりに参加してもらうことにした。

彼は女好きで浮名が多いが、憎まれにくい性格をしている。

素直に心情を外に出せるこの先輩も、伊藤は人間的に尊敬していた。


皆に行けなくなったことを伝える。

女性陣から残念がられたが、「次は行くから」という言葉を出さず、ただ謝って終わった。


宮村とは少し話をした。

「すまん」

「予定が入っちゃったら仕方ないすよ。代わりも見つけてくれましたし。それより大丈夫っすか?」

「何か変か」

「今日は何だか雨に濡れた犬みたいな感じっす」


思わず笑う。

「詩人だな」

「話、聞きましょうか」

「ありがとう。ただ、しばらく自分で考えたいんだ」

「無理しないでくださいね」

「うん」


理由は話せなかったが、気持ちは不思議と楽になった。

こういう人間になりたいものだなとふと思ったら、涙が出てきた。

不調を実感し早めに上がった。



夜、メールが来た。

「もしマコトさんがよければ金額半分の週2回の契約でもいいですか?ユイ」

金銭的な援助を割り引いても会いたがる理由は何だろう。

会話は無いし、彼女の声は片手に数えるほどしか聞いていない気がする。


提案は嬉しいけれど、身体だけが目的と思われたくなかった。

「ありがとう。週2回で大丈夫。でも毎回ホテルではなく、同じ金額で食事とかでもいいよ。」


しばらくしてから返信があった。

「ありがとうございます。でもホテルだけでお願いします。」

反対することも不自然で受け入れた。

明日、会うこととなった。



ハチ公レリーフの前に立つ。

早めに着いてしまったので文庫本を出して読み始める。

待ち合わせ時間が近づいた頃、ふと視線を落とすとユイが居た。

「ごめん、気付かなくて」

彼女は首を振ると、伊藤の手を握って歩きだした。


高校生の恋愛のような恥ずかしさと嬉しさが身体を満たす。

また、無言で道玄坂を登っていく。


部屋に入った。

ユイが抱きついてくる。

そのままぎゅっと抱き返して、頭を撫でる。

彼女は吐息をもらした。



今回、シャワーは1回だけとなった。

服を来てベッドに並んで腰掛ける。

「痛くなかった?」

彼女は頷く。

「話をするのは苦手?」

辛そうな表情。


「ごめんなさい」

掠れた声。

不用意に踏み込んで傷つけた。

どうしても聞かなければいけないことなど無いのに。

「無理に話さなくて大丈夫だから」

肯定も否定もしなくてよいように、胸の中に抱きとめて囁く。


ホテルを出て、歩く。

二人の手は離れている。

前と同じ場所で、彼女は頭を下げて別れた。


伊藤は胸が空っぽになるような喪失感に襲われた。

彼女を追いかけた。肩に手を触れる。

踏み込みすぎだ、嫌われるかもしれない。

それでも、繋がりを手放したくなかった。


「ユイ…また会えるかな」

彼女は振り向き、はにかんで頷いた。


帰宅した頃にメールが届いた。

「今日もありがとうございました。うまく喋れなくてすみません。また会えたら嬉しいです。」

「ありがとう。僕も会いたいから、また会う日を決めよう。」



しかしそれ以降、彼女からメールが来ることはなかった。

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