第42話 在りし日の夢

「クラウディア様」


部屋で事務作業を進めていたが、外からノックとともに名前を呼ぶ声が聞こえた。


振り返り、「どうぞ」と言うと、見知った青年が入ってきた。


「アラン…。どうしたの?」


「ご報告があって参りました。先日、またもや獣人がかどわかされました。……おそらく、連れ去られた者は人間に売り飛ばされたか殺されたと思われます」


「……そう。また、なのね」


はぁ、と出したくなくてもため息が漏れる。


「奴らは我々を家畜同然だと思っています。クラウディア様、やはり獣人と人間とが手をつなぐのは無理なのでは?」


「…………」


無理ではない。


と言いたかったが、現状を聞いているとそう楽観的なことも言えなくなる。


「ねえ、アラン。どうして人間たちは、私たち獣人を差別し、迫害するの?」


「……それは、我々が人間とはかけ離れた姿をしているからです」


「……え?」


正直に言って、アランの言っていることは理解できなかった。


確かに、私たちの体は人間のそれとは違う。


目の前のアランはオオカミを思わせる耳や尻尾を生やしているし、私も背中から生えた巨大な翼と、手足の先を覆う赤い鱗が存在する。


部位や種類は違うものの、窓から見える民たちの容姿は私たちと似たようなものだ。


だが、そんなことで差別するなど、私たち獣人には考えられなかった。


「姿が人間とは違うから……それだけで?」


「ええ。人間は、自分とはかけ離れた姿のものを嫌悪します。その証拠に人間は、友好関係を築いているエルフとドワーフにすら、心の内で軽蔑しています」


そういうものなのか。


私たちは容姿のことなど気にしないのに、人間の感性はよく分からないな。


——時は映る。


「お待ちしておりました、ルドルフ・ヴァーグナー様」


「やあ、今日はいいてんきですね」


私が話しかけると、待合室のソファーに座っていた青年……ルドルフは立ち上がってお辞儀をする。


私は「ええ」と言ってお辞儀を返すと、ルドルフに再び座るよう促し、自分も座った。


ルドルフは優しい人だ。


人間であるにも関わらず、私たち獣人と対等に接してくれる。それに、人間と獣人が手を取り合えるよう、色々と考えてくれている。


私たちは少し話し合った。


「……やはり、ルドルフ様以外の人は、私たちと話し合う気はないのですね」


「……ええ。彼らはあなたがたと直接会うのが怖いのでしょう。今までされてきたことの復讐をされるのではないかと……」


「そんなこと、私たちはしないのに……」


「たとえあなたたちがそう思っても、信じないものは信じません。……なので、今日はこういった物をお贈りするため参りました」


ルドルフは後ろに控えていた従者の背中に背負っていた物を私に見せるように言う。


中身を覆っている布を取り外すと、大きな鏡が姿を現した。


「交信魔導具です。これを使えば、遠く離れた者とも会話をすることが可能です」


「まあ!このような物、よろしいんですか?」


「ええ。他国も直接会わないならば話をしてくれるということなので、これで私以外の人間とも交流を深めることができますよ」


「あ、ありがとうございます!あなたのおかげで、また一歩和解への道が近づきました!」


「いえいえ。このくらい当然のことですよ」


そう言って、ルドルフは柔和に微笑んだ。


——そしてまた、時は移り変わる。


「いよいよ今日ね」


私はそう言って目の前に鏡を設置する。


「あの、クラウディア様。やはり私は席を外した方が良いのでは?」


アランは今自分がこの場にいるのがふさわしくないと思っているのか、不安げに聞いてきた。


「いいのよ。私、ルドルフさん以外の人間とまともに話すの初めてだから、信頼できる人が近くにいた方が安心するわ」


「それじゃあつなげるわよ」と、私は鏡に魔力を込め、交信を起動させる。


が、何も起こらなかった。


「あれぇ?おかしいわね」


私は魔導具に近づこうとして、そこで気づく。


都市を取り囲むようにして、地面が光り輝いていたのだ。


窓から外を除くと、陣のような奇怪な紋様が上空に浮かんでいるのも見て取れる。


「なに……これ……」


ドクン


「が……!」


突然の胸の苦しみに思わず膝を付いた。


これ…まずい…。胸の内から何かが飛び出そう。


「ぐうぅ!クラウディア、様!」


私だけではない。アランも苦しそうだ。


「ま、まさか…」


窓の外を見ると、下にいる民たちも胸を抑えてうずくまった。 


それだけではない。


みんな、体が膨張し、巨大な獣へと姿を変えていくへと変わっていく。


「……!」


もしや、と自分の腕を見ると、手首までしかなかった鱗が腕全体にまで広がっている。

翼もめきめきと音を立て、膨張していった。


「これは…いったい、何が…?」


「げ、原理は分かりませんがこの感じ、その鏡から妙な魔力を感じます」


アランが指さしたのは先程まで弄っていた鏡だった。


「まさか、ルドルフが何かしたというの?」


確証はない。


だが、もう他に思い当たる節はなかった。


「なぜ……なぜなのですか!?ルドルフ!!!」


その言葉を最後に、私たちは身も心も、獣へとなり果てた。


——最期の時。


……………………………。


意識が朦朧とする。ずっと、夢の中をさまよっているようだった。


多くの命を奪い、焼き、食らう、虐殺日々。


そんな中、私の前に、純白の騎士が立ちはだかった。


相手が何だろうと関係ない。中に人間の気配がある以上、殺すだけだ。


「■■■■■■■■■!!!」


死闘の末、私の心臓に剣が突き刺さった。


あまりの痛みに、まどろみの中にいた私の意識がはっきりとした。


「■■■■■■■■■!!!」


私とは違う断末魔に振り返ると、他の騎士が黒の狼を屠っていた。


……その狼が、アランであることを頭ではなく魂で理解する。


瞬間、怒りが心を支配する。


許さない。


みんなを怪物に変えたばかりか、その命まで奪うなんて。


殺してやるぞ人間ども。


たとえこの肉体が滅びようと、この怨念を持って貴様らを滅ぼしてくれる!

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