第41話 内なる獣
「なんだ?」
英二は“ランスロット”が立ち上がった瞬間、ツインアイの光が消え、ガクンと顔が下がり沈黙したのを見て動きを止めた。
一瞬魔力切れかと思ったが、その予想は大きく裏切られる。
パキキ…と、“ランスロット”の胸に赤黒い宝石が生じ、おもむろに顔を上げる。
「■……」
光を失ったツインアイを塗りつぶすように、赤い光が灯った。
「■■■■■■■■■■■■!!!!!」
それはまるで、獣の雄叫び。“ランスロット”から発せられた咆哮は、空気を、空を、大地を震わせる。
「…………!」
ビリビリと魔導騎士越しに伝わる振動に、英二は気圧された。
何なのだ、こいつは。
あの魔導騎士は…“ランスロット”は暴走しているのは分かる。だが、こいつは今まで見てきた暴走魔導騎士とは別格だ。
全身の細胞がこいつから逃げろと訴える。なのに、体が恐怖で動かすことができない。
——どうすればどうすればどうすればどうすれ…
「英二!」
そこでハッ、とする。ホロモニターを見れば麻衣の顔が映る。
「しっかりしなさい!いくら異質でも、暴走魔導騎士ならアレが効くはずでしょ!?」
「そ、そうか!」
英二は懐からエメラルド色の宝石を取り出し、命令を下した。
「ひれ伏せ!」
“ランスロット”はその命令に従うようにガクッ、と片膝をつく。
「や、やった」
効いたことに安堵した英二はホッ、と息を吐く。
しかし、安心したのも束の間、“ランスロット”は地面を割って跳躍し、“ルシフェル”の目の前まで肉薄したのだ。
「え?」
“ランスロット”は“ルシフェル”の頭をを掴むと、地面へ投げつけた。
地面に衝突した“ルシフェル”は物言わぬ人形のように沈黙する。
「……は?」
呆然とする麻衣。
“ランスロット”はぐりんと振り返り、次の標的である麻衣に目をつけた。
「ひ…!」
麻衣は武器を構えたが、もう遅い。
“ランスロット”は麻衣の目の前まで一瞬で肉薄し、“スレイプニル”の首根っこを掴み地面に叩きつけた。
「ガッ!」
装甲が悲鳴を上げ、バキバキバキ、と装甲がひび割れる。
さらに“ランスロット”は獲物が起き上がらないようにわき腹を足で踏み抑える。
麻衣の動きを止めると、“ランスロット”は右手を上げ、“スレイプニル”の操縦室目がけて振り下ろす。
風穴を開けた右手は中にいた麻衣を引っ張り出した。
「きゃああああ!」
外へ引っ張り出された麻衣は恐怖で悲鳴を上げる。
「いやぁ!離して!離してえー!」
子供のようにじたばたと暴れる。
だがしかし、“ランスロット”はその手を離すどころか掴んだ手に力を籠め始めた。
「ぎゃああああ!!!」
全身の骨が折れ、潰れる生々しい音と甲高い女の悲鳴が戦場に響きわたる。
「う、うう、ん……」
その音は気絶していた英二が目を覚ますには十分であった。
「真衣…どこ、だ…?」
まどろんでいた意識は今まさに握りつぶされようとしている真衣の姿を見て覚醒する。
「や、やめろ…」
力の入らない手を必死に伸ばし、懇願する。
「やめろおおおお!」
しかし、理性を無くした獣に慈悲はない。
ぺしゃり
と、果実のごとく、安藤真理は握りつぶされた。
「あ、ああああ……」
プチン、と英二の中で何かが切れた。
「ああああああああああああ!!!」
同胞の仇を討つべく、“ルシフェル”の翼を広げ、接近する。
それに対し“ランスロット”は左の手の平を前に突き出す。
すると手の平に魔法陣のようなものが作り出され、中心に炎が収束し、赤色の光線が射出された。
「な……!」
英二はそれを避けるも身を守ることもできず、光線に飲み込まれた。
「ば…ばかな…」
倒れこむルイーゼは目の前に起きたことが信じられなかった。
新堂英二と須藤麻衣。二人の強敵を瞬殺したのだ。
だが、喜んではいられない。暴走した魔導騎士が標的がいなくなった時にすることは一つ。
ゆっくりとこちらを振り返った“ランスロット”は、ルイーゼに標的を変え、再び魔方陣を作り出した。
——やはりそう来たか!
しかし、予想はできて回避は不可能。
魔力も枯渇し、機体もボロボロの今では、抵抗することは不可能だ。
「クソ…!」
もう打つ手はないのかと思われた次の瞬間、
バキン!
と魔方陣が破壊され、赤目と宝石が消えた。
“ランスロット”は魂が抜けたように倒れる。
「……え?」
突然のことに困惑していたルイーゼだが、操縦室が開かれ、投げ出されるようにして落ちた少年の姿にハッ、とする。
「ユウト!」
ルイーゼは“トリスタン”から降りると、疲労で思うように動かない体を無理やり動かし、裕斗に駆け寄った。
「ユウト…?」
ユサユサと彼の体をゆするが、反応がない。
心臓は動いているが、顔は真っ青だし呼吸も荒かった。
「まずい。早く、診てもらわなくては」
ルイーゼは裕斗を肩で担ぎ、船まで歩いて行った。
***
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
荒い息を吐きながら、戦場を離れる一つの影があった。
翼を広げて飛ぶそれは、英二の愛機たる“ルシフェル”だ。
彼が今こうして生きているのは、光線を受ける直前、とっさに“ルシフェル”の翼を盾代わりにして防いだからだ。
だが、無傷ではない。
機体の右半身は消滅し、中の英二も重傷を負った。右腕は肩から先が無くなり、顔の右半分も焼けただれている。
意識を失うどころか死んでもおかしくない重症。だが仲間を殺した男の存在が彼をこの世につなぎとめていた。
「覚えて、いろ…榊原…裕斗…。いつか、貴様を…殺してやる…!」
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