第40話 その身に宿すものは

「はあ、はあ、はあ、はあ……」


ルイーゼは肩で息をしながら煙の方を右眼の魔眼で睨んだ。


煙の中から、麻衣の魔力を感じなかった。


「……倒した、みたいだな」


ルイーゼの言葉に、ラウラとシルビアは歓声の声を上げる。


「やったッスね!」


「私たちの勝利です」


「ああ。だが、休んでいる暇はない。早くユウトに加勢しに行くぞ」


もう体力も魔力も限界に近いが、一息ついている場合ではない。


今なお戦っているあの少年の手助けをしなければならない。


ルイーゼは裕斗に加勢しようと後ろを向いた、その時だった。


「ルイーゼさん後ろ!」


「ッ!?」


次の瞬間、雷をまとったランスがルイーゼの近くの地面に着弾。


あまりの勢いにルイーゼどころかラウラとシルビアも吹き飛ばされる。


「ぐっ……いったい…なにが…」


起き上がろうとするのを何者かが踏みつける。


「ガッ!」


押しつぶされるような圧力ではなかったものの、衝撃がルイーゼの脳を揺らす。


「やって、くれたわね……」


憎しみのこもった声とともに、ホロモニターに存在してはいけないものが映っていた。


須藤麻衣だ。


そう、今“トリスタン”を踏みつけたのは“スレイプニル”だったのだ。


「な…なぜ貴様が…ここに…」


残った力で“スレイプニル”を睨み、そこで気づく。“スレイプニル”には左肩から先にあるはずの左腕がなかったのだ。


「正直焦ったし、左腕も犠牲になったけど、それまでよ。あんな攻撃、この機体のを使えば避けられるわ」


「なん……だと……」


つまり、自らが放った渾身の一撃は、“スレイプニル”のもつ四本の足のみで回避したということだ。


驚くべき脚力。だが、奴の強さはそれだけではない。


「さて……」


麻衣は裕斗と英二の戦いを見る。はたから見ても、英二の魔導騎士が押されているのは容易に理解できた。


「これは、加勢しないといけないわね」


“スレイプニル”は投げやりの構えを取る。ランスにはバチバチバチバチ!と膨大な量の雷が宿った。


「や、やめろ!」


ルイーゼは無理と分かっていても攻撃を止めようと必死に手を伸ばす。


しかし——


「“グン・グニル”」


ルイーゼの制止の言葉も虚しく、雷の槍は裕斗に向け、投げ込まれた。


***


「い…けぇぇぇぇぇぇ!!!」


裕斗が英二に止めを刺そうとした瞬間だった。


どこからともなく現れた雷の槍が“アロンダイト”を破壊した。


「あ…?」


裕斗は柄のみとなった“アロンダイト”の残骸を呆然と見つめる。


呆然とする裕斗に“ルシフェル”の蹴りが炸裂した。


「ブッ!」


弾丸のごとき勢いで吹き飛ばされた“ランスロット”は地面に激突する。


「が、ああ、あああああ!」


全身を襲う打撲の痛み、肋骨を粉砕されたのではないかと感じるほどの激痛が裕斗を襲う。


通常はこんなことにはならないが、現在機体のリミッターを解除していたのが災いし、“ランスロット”の受けたダメージが裕斗にフィードバックしたのだ。


「ふう、助かったよ。麻衣」


英二は麻衣の方を振り返り礼を言う。


「礼なんていいわ。何かおごってくれるならね」


「考えておくよ」


英二は笑顔で返すと、痛みにもがく裕斗の方を振り返る。


「さて。ここまでだ、榊原裕斗」


“ルシフェル”の翼から羽がバラバラと剝がれ落ち、右手に収束。右手に純白の投げ槍が握られる。


「死にたまえ」


英二は裕斗を貫くべく、投げる構えを取った。


——まずい。まずいまずいまずいまずいまずい


動かなければ、抵抗しなければ、負ける。死んでしまう。


けど、体が動かない。


脳は焼き切れるように熱く、体もボロボロ。


もう無理だ。諦めたほうが賢明なのかもしれない。


「だから…どうした…」


自分が死んだら、ルイーゼは、ヴァネッサは、仲間はどうなる。


——動け、動け動け動け!


「アアアアアアアア!」


渾身の力を振り絞り、裕斗は立ち上がった。


そして、唐突だった。


「あ……」


次の瞬間、裕斗の意識は深海の底へ飲み込まれた。

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