第32話 怪しい影

「さて、ルイス王」


防衛戦終了後、ユリウスはノウゼン帝国の王、ルイスと再び交渉を開始した。


ユリウスの付き人として、昨日と同じく裕斗とヴァネッサ、ルイスの付き人にはヴァネッサの父とケネスの弟(ヴァネッサが言っていた)がいた。


ヴァネッサにはまた来ても大丈夫なのかと聞いたが、大丈夫だと言った。


「改めて私たちの開発したセントウキをあなたたちの魔導騎士と交換したいと思います」


「ふ、ふざけるな!そんなことを認めてやるものか!」


ルイス王は唾を飛ばす勢いで怒鳴った。


「おやそうですか。ではよろしいのですね、今の戦力のままで」


「そ、それは……」


「今回の戦いで、多くのライダーが死にました。今後死んだ彼らに代わるライダーが現れるまで数十年……いや、もしかしたらもう現れないかもしれません」


「しかし」とユリウスは続ける。


「我が団員らが開発したセントウキならば一般の騎士団員にも扱えます。それは今のあなた方には喉から手が出るほど欲しいのではないですか?」


「クッ……」


ルイス王は歯嚙みする。奥歯が砕けんほどに奥歯を食いしばり、涼しい顔を見せるユリウスを睨んだ。それはルイーゼ父とその息子も同様で、屈辱的な表情をしていた。


それを見ながら、ユリウスは「ふむ」と顎に手を当てる。


「解答はなし、ですか。ならば今回も諦めて失礼するとします」


「ま、待ってくれ!」


退室しようと腰を上げたユリウスをルイス王は引き留めた。それを待っていたかのように、ユリウスは口元に薄く笑みを浮かべた。


これは上手いな、と裕斗は思った。


絶妙なタイミングで一度引く姿勢を見せることで相手から冷静な判断能力を奪い、思わず引き留めるよう誘導する。


これによって相手は交渉を断る判断を下しづらくなった。


「わ、分かった!魔導騎士をくれてやる!だからお願いだ!その魔導具を私にくれ!」


ルイス王の必死の懇願に、ユリウスは不気味なほど爽やかな笑みを浮かべた。


「ええ、もちろんですとも」


***


交渉は無事成功し、船に運ばれる魔導騎士を裕斗は見つめた。


「さて、帰ったらいろいろと大変になりそうだなあ」


裕斗は気合を入れるように体を伸ばす。


「そうね」


隣に立つヴァネッサはまるで他人事のように返す。


「……ヴァネッサ、良かったの?」


「何がよ」


「いやさ、帰る前にお兄さんに会わなくて」


ヴァネッサの兄、ケネスは何とか一命を取り留めたものの、いつ目覚めるのか分からない意識不明の重体であった。


「……いいのよ。私がいたところであの人が目を覚ますわけじゃないんだし」


「そっか」


それじゃ帰ろうか、そう言おうとした時、誰かの引き留める声がした。


「待て!」


見ると、それはヴァネッサの父親だった。


「……!」


裕斗はヴァネッサ父からヴァネッサを守ろうと手を広げる。


しかし、ヴァネッサはそれを制すように彼の肩に手を置いた。


「ヴァネッサ……」


「大丈夫よ」


彼女は口元に少しだけ笑みを浮かべ、その後真剣な面持ちで自らの父親の前に立った。


「何でしょうか、お父様」


「聞いたぞ!貴様無断で我らの魔導騎士を使ったのだと!これは立派な隊律違反だ!それに加え、私は昨日さくじつ言ったはずだ!二度と私の視界に移るなと!それを貴様……どういうつもりだ!」


「…………」


まるで子供のように、八つ当たりするように叫ぶそれに、ヴァネッサはなにも言わずに頭を下げた。だがそれは恐怖に飲まれた行動ではなかった。


「一つ目の隊律違反については申し訳ございませんでした。……しかし、あの時は私も参戦しなければさらに被害が拡大していたのは火を見るよりも明らかであったため、私はあの時の行動は間違っていないと思っております」


「な、なん——」


「また」


ヴァネッサは顔を上げる。その顔は凛とした面持ちであった。


「二つ目については、もう聞きません。私が何をしようが、私の勝手ですので」


「貴様ァ!女の分際で何を言うか!」


ヴァネッサ父は顔中の血管がぶちぎれん勢いで激怒し、ヴァネッサに手を上げようとする。


しかし、彼女はその平手打ちを手を掴んで止めた。


「なっ——」


「男だとか女だとか関係ありません。これは私が決定したことです」


手に力を加えたのか、ミシリ、と骨が軋む音がヴァネッサ父の掴まれた腕からなる。


「グアッ!」


たまらずヴァネッサ父は腕を振り払い、一二歩いちにほ下がる。


「では、失礼します」


ヴァネッサは軽く頭を下げて父から背を向けた。ヴァネッサ父は何も言わず、というか言うことができず、彼女を睨みつけていた。


「終わったわ」


そして、ヴァネッサは何事もなかったかのように裕斗に近づき、ひらひらと手を振る。


「う、うん。あの、どうしたの?」


「なにが?」


「いや、昨日に比べて対応がぜんぜん違ったから」


「ああ、それね」


ヴァネッサはフッ、と笑う。


「誰かさんにこれ以上かっこ悪いところを見られたくなかった。ただそれだけよ」


「誰かさん?え?だれ?」


「さあ?誰かしらね」


{?」


「お~い!何してんだ、そろそろ行くぞ!」


船から顔を出したアルバートが叫ぶ。


「ほら、行きましょ」


「あ、うん!」


裕斗は先を行くヴァネッサを慌てて追いかける。


「…………」


追いかけながら、裕斗は一つ疑問に思った。


暴走魔導騎士は士気が崩れた瞬間、まるで示し合わせたように増援が来た。いくらなんでもタイミングが良すぎる。


もしかしたら、自分達の知らないところで誰かが糸を引いているなんてことが……


「ま、そんなことないか」


裕斗はありもしない可能性を笑って払い、ヴァネッサとともに船へと乗り込んだ。


***


「失敗した、か」


高い崖の上に腰掛けながら、一つの青年が戦場跡を見下ろしていた。その青年の手には、緑色の宝石が握られており、それを手のひらで弄ぶ。


『あらあら。あなたが作戦をしくじるなんて、寝ぼけでもしたの?』


耳に付けていた通信魔導具から聞こえる女の声に、青年は苦笑した。


「そんなわけないじゃないか。……少しイレギュラーがあったんだよ」


『イレギュラー?』


「ああ、“スキュラ”がやられた。……それも、たった一機の特別機に」


『……へえ』


通信魔導具越しから女が興味深めに目を細めたのを青年は感じた。


『あの特別機を倒すなんて……相手は何?ノウゼンの総隊長?」


女の問いに青年は「いや」と首を振るった。


「“スキュラ”を倒したのは“ランスロット”だった。だからノウゼンにいるライダーではないのは確定。それ以外は分からないな。……だが、あるとすれば」


青年は“スキュラ”を倒した白の魔導騎士を思い浮かべる。正体は分からなかったが、あのでたらめな戦い方は並の魔力量では到底無理なのは容易に想像できた。


「乗っているライダーは、我々と同じ可能性が高い」


『それはそれは、なら“スキュラ”が破壊されたのも納得ね。……で、そいつは殺すつもり?』


「まさか」


青年は冗談を返すように笑った。


「殺すつもりはないよ。彼、ないし彼女は僕らの同胞なのだから」


その時、音を立てて暴走した魔導騎士が姿を現した。


「…………」


しかし、青年は驚きも慌てもしない。


暴走魔導騎士は持っていた剣を青年に対し振るう。その一閃が青年を両断する直前、青年の掲げた宝石が光った。


すると、動きがピタリと止まった。暴走魔導騎士は剣を下げ、後ろに下がった。


「いい子だ」


青年は立ち上がった。そして、暴走魔導騎士の目の前を通りながらその場にいない少年に対して告げる。


「もう少し待ってくれ、“ランスロット”のライダー。君を一日でも早くそこから救い出してみせるからね」

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