第49話 窓の外の『異国』
「オリヴィアさん、義足の調子はどうですか?」
「いいんじゃない? 悪い時を知らないから分からないけど」
「痛みがあったりしませんか? 違和感など……」
「違和感はあるわ。ただ、環境が変わったことによるストレスなだけの気もするけどね……、住めば都って言うじゃない。
それと同じで、義足をはめた生活を続けていれば、これが当たり前になるんじゃないかしら」
「だといいですが――」
土竜族に依頼し、作られた義足をはめたオリヴィアが、車椅子生活から卒業しようとしていた。卒業……、まあ、完全に離れるわけではないが……、機会があればまた乗ったっていいのだ。使い分けである。義足か車椅子か、どっちかしか使えないわけではない。
しばらくは、両刀使いになるだろう……、車椅子に慣れたところだったので、気を抜くと車椅子に戻ってしまいそうだ……。気を抜くために車椅子に座ってしまいそうでもある。
あれはあれで楽だったのだ……。
「土竜族が作った義足への嫌悪感は大丈夫ですか?」
「暴発を疑っていないかって? ないわよ。
前までは疑っていたけど、三種族が力を合わせないと勝てない第四の勢力が出てきてしまった以上、アタシたちが『内輪揉め』をしている場合じゃない。
製品に爆弾を仕込む土竜族じゃないでしょうよ……、そんなことをしている暇も、余裕も、意味もないでしょうから」
「それもそうですね」
もちろん、ゼロではない。だが、疑い出したらきりがない。
人の手が入った料理に毒が入っているかもしれないと疑ったら、全ての食品が食べられなくなる。手作りでなくとも、人の手はどこかで入っているのだから……。
手作り弁当とコンビニ弁当……どちらにせよ毒を入れるタイミングは絶対にあるのだから。
パッケージの種類で毒の有無は判断できない。
『毒なし』というラベルが貼ってあるから安心、でもないのだから……。
疑心がゼロになったわけではないが、ある基準を下回れば受け入れる……、でないといつまで経っても、土竜族の便利な製品を利用することができない。
……多くの人がまだ躊躇うほど、暴発の衝撃が強かったことは確かだが。
「敵なら厄介だけど、味方だとやっぱり……頼もしいからね」
プレゼンツ……、一度、牙を向いた兵器も、再び手元に戻ってくれば頼れる切り札だ。
しばらくは疑心暗鬼が続くだろうが、それも慣れによって元に戻るはず……、人間と土竜族が手を組んでいたあの時まで――。
「アンジェリカとジオは? もう――出発したの?」
「はい。つい先日……、オリヴィアさんに顔を見せるように、とは言っておいたのですが……アンジェリカ様が嫌がったもので」
オリバーはしっかりと、「オリヴィアさんのことが嫌いと言ったわけではないです」と補足したが、オリヴィアは言われずとも理解していたようだ。
「分かってるわよ。あの子のことだもの、会えば出発できなくなるって思ったんじゃない? だから顔を見せなかった……(だと思うわよ……)」
「自信がなさそうですが」
「だ、だって! 本当にアタシのことが嫌いになったって可能性も……ッ!」
「ないですよ。先日、会った様子ですと、アンジェリカ様もオリヴィアさんに会いたがっていましたから。
ですが、オリヴィアさんの言う通り、出発できなくなるから――連れて帰ってくるまでは会わない、とのことでした」
「……連れて、帰ってくる……、できるのかしら……本当に」
「…………」
「だって、相手は、あの――」
「俗称・アフリマン、ッスよね」
窓の外。左右に広がる翼には似合わない、褐色の肌が特徴的な少女だった。
にぃ、と笑みを見せる彼女が、興味津々に手を伸ばす。義足を触ってみたいらしい。
「……失礼なやつね。挨拶もなしに触らせるわけないでしょ」
「いやー、義足ってどんな感触がするのかなぁって思いまして。
本物みたいに肌っぽいんですか? それともプラスチック?」
「さあ? 教えてあげないわ」
ケチー、とむすっとする翼王族の少女が、「あ、」と思い出したように両手の人差し指を立てる……、わざとらしいが、演技には見えなかった。
人知れず、損をしてそうな少女である。
「アンジェちゃんに頼まれてやってきました、ジオせんぱいの後輩であります、イルッカでッス。今日からオリヴィアちゃんのお世話をしますので、なんでも言ってくださいね」
「……アンジェ……アンジェリカ?」
「はいッス」
どんな関係? と探ってみたくなったが、ジオせんぱい、と言っていたのだ……アンジェリカの知り合いというより、ジオを経由した知り合いなのだろう。
恐らくアンジェリカとそう親しい仲ではないと思う……そう思っていないと八つ当たりをしてしまいそうだ。
「アンジェちゃんとは親友ッスよ」
「ふうん……アタシの前でよく言えたわね……」
「なのでオリヴィアちゃんとも親友ッス」
「は――なんでそうなるわけ!?」
人の話を聞かない翼王族の少女・イルッカが窓枠に足をかけて部屋に入ってくる。
「ちょっと!!」
「困ってることはあるッスかー?
掃除洗濯料理に家事手伝い、おつかいもできるッスよー」
部屋の中で、白い羽根が舞う。
「ではイルッカ、私に従いなさい」
「うげ、オリバー隊長……、でも今はオリヴィアちゃんの駒なので……、オリバー隊長の命令は聞きたくないッス」
「今の私はオリヴィアさんの『トナカイ』ですから。彼女の手助けになることしかしません……。お前が世話をすると言うのであれば、オリヴィアさんのためになることしか頼みませんから――おとなしく従いなさい」
「トナカイ? ……まあ、分かったッス。せんぱいにしていたみたいなスパルタ命令がなければオリバー隊長の言うことも聞きますよー」
「あれよあれよという間に展開が進んでいく……!? 家主の意向は聞かないわけ!?」
「では、どうしたいですか、オリヴィアさん」
「オリヴィアちゃんはどうしたいッスか?」
二人に詰め寄られ、義足に慣れていないせいでバランスを崩して車椅子に尻もちをついたオリヴィアは……、結局、二人に任せることにした。
「……、とりあえず、寝て、頭の中をスッキリさせたいわ……」
「分かりました、ベッドを整えて……その前に冷えますから、毛布を追加しましょう」
「あ、じゃあ添い寝でもする?」
「イルッカ、お前は掃除だ――、
真面目にやらなかったらお前のその翼を雑巾代わりにして床を拭くからな」
「酷い!? 翼も体の一部なんスからね!?」
イルッカとオリバーが部屋を出ていく。
一人、部屋に残されたオリヴィアが溜息を吐いて、窓の外を見た(疲れただけで、二人の厚意が嫌なわけではない)――地平線の向こうに見えるのは、黒い雲と……広がっている、永遠に『夜』の世界。
通称・悪魔の国。
俗称・アフリマンのみが存在する、『異国』だ。
「……アンジェリカに怪我をさせたら、絶対に許さないから……ッ」
ジオとアンジェリカは、その異国へ向かっている。
理由? そんなものは一つしかない……。
依り代にされている、ネム=ランドを救出するためだ。
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