ラスト・エピソード

第48話 これも平和

 飛空艇は地上に降りた。

 人間が落としたわけではない……土竜族の長である、クランプの判断だった。


 だからと言って土竜族が人間に降伏したわけでもない。

 やろうと思えば、彼は人間を戦闘不能にできたし、プレゼンツを使えば、ひ弱な女性でも、子供でも、兵士である人間に対抗できただろう……、翼王族の力があっても同じことだ。


 プレゼンツ、ゼウスの力、人間の数の暴力……恐らく、その全てが拮抗している……。

 三種族がぶつかれば、被害は甚大だ。今のように一時的な停戦はあり得なかった――。


 でも、それどころではなくなったのだ。


 三種族で争っている場合ではない。


 世界を包む、黒い四つ目の勢力が、現在、世界を支配している……。



 悪魔。


 その名を、【俗称・アフリマン】と言う。


 ネム=ランドが成長した姿で(借りたのか? 見た目をコピーしたのか……、なんであれ、ネム=ランドが消息不明である以上、悪魔に奪われたと考えるべきだろう)、その口で、俗称・アフリマンが支配を宣言した。



「挑んでくるなら受けて立とう……、

 貴様らがただ力を合わせただけで倒れる『私(我)』ではないが」


 ネム=ランドの声と、掠れる雑音ノイズが混ざった声だった。


 かろうじて聞き取れるが、悪魔が『こちら』に合わせてくれているおかげだろう……、歩み寄ってくれているのだ。

 これが本気で敵対したのなら……、人間はもちろん、土竜族だろうと翼王族だろうと、相手にならない気がする――。


 力を合わせたところで。


 ……悪魔の言う通り、力を合わせただけではダメだ……、一と一と一を足したところで、ただの三である。

 そうではなく、それぞれの特徴を活かし、合わせるのではなく『組み合わせる』ことで大きな力を生み出さなければ、悪魔は倒せない……、俗称・アフリマンには届かないだろう。


 だから求められるのは、それぞれの種族の、内情の吐露だ。


 情報交換――秘密の開示。


 全てをさらけ出すことで見えてくるものがあるかもしれない……、今更、弱みになるとか、隠していた武器を見せたくないとか、言っている場合ではない――やらなきゃやられる。


 人間に? 土竜族に? 翼王族に? ……いや。



 悪魔に、だ。





「……どういうことか、説明してもらえるんだろうな?」


「は、はい……っっ」


 あぐらをかいて座る大男の目の前で正座をする土竜族の少年……、名をジンガーと言う。

 そんな彼の横には、おとなしそうな見た目の少女と……、そんな彼女に対抗するようにジンガーに密着している、もう一人の少女がいる。


 フィクシーと、アーミィだ。


「……ジンガーくんから離れてよ……っ」

「いやじゃ。わしの疲れを癒してくれるのはジンガーしかおらんのじゃから」



「……私では役不足ということですか、アーミィ様……!?」

「さらにややこしいことになるんだから、あんたは下がってなさいよ」


 左右から挟まれているジンガーの退路には、大人の女性と翼王族の少女がいて……、目の前の大男を合わせれば、完全包囲網が完成されている。


 ジンガーは逃げることを許されていない……、それぞれ理由は違うだろうが。


「……なんでアーミィがお前に懐いてる?」

「それは……、フィクシー? なんでなの……?」


「………………それ、うちが言わないといけないの?」


「そりゃそうでしょ!?

 だってフィクシーとアーミィ――さま、の、間で起こった問題なんじゃないの!?」


 思わず『アーミィ』と呼び捨てにしてしまったが、世界の支配者が塗り替えられたとは言え、土竜族の中では変わらず姫だ……。

 王でなくとも、姫であることは変わりない。そんな相手を末端の土竜族が呼び捨てにする? ……シスコンの兄が許すはずもなかった。


「ぼそぼそ(だってうちのジンガーくんへの好意が、アーミィさまに移ったなんて言えるわけない……っっ、家族の好きが、男の子への好きになってるって、告白したようなものだもんっっ……!!)」


「フィクシー? え、なに? 聞こえない」


「ジンガーくんは知らなくていいことだよ」



「わしとフィクシーはジンガーのことが好きなんじゃ。

 男の子としてのう……、疑うならキスでもしようか? それとも先に子供を作るかの?」


「ジンガーッッ、テメエこの野郎ッッ!!」


「ひぃ!? ちが、おれはなんにも――好かれてるだけなのにぃっっ!?!?」


 立ち上がったクランプがジンガーに覆い被さるように詰め寄っていた。



「あのお姫さまがジンガーに好きと言えば言うほど、フィクシーの好意が証明されるってことなのよね……、二人の頭の中を足して二で割った状態なんだっけ……?

 でもフィクシーの好意が綺麗に二分の一になったわけじゃなくて……まあ、好きな人への好意は一さえあれば、一瞬で百になるわけだし」


 量ではなく、オンか、オフか。


 ゼロなら、なにもなければ無関心でいられるが、一でもあれば簡単に増幅する……、だって好きになる素質はあるのだから。


 きっかけさえあれば、人を好きになることは簡単だ。


「アーミィ様は影響を受けやすいですからね……一過性のものかもしれませんが、その好意は一瞬で最高値を突破します。我々は体感していますから……」


 愛され続けた『ハニー』たちには説得力があった……、感受性が豊かなアーミィは、フィクシーの好意にあてられ、自身の愛もフィクシーに染められた。

 女の子が好きという感情を塗り潰され、今はジンガー、一色である。


 アーミィに胸を揉まれずに普通に喋りかけられることが、胸を突き刺すほどに寂しいとは……側近の彼女を含めた『ハニー』たちは自覚した。

 羞恥が強かったあの行動も、なくなるとそれはそれで物足りないのだった……。


 それとも、


 胸を揉まれないとしっくりこない性癖に変えられてしまっている……?


「……落ち着きませんね……、あなた」

「ん?」


 サリーザが振り向く前に、側近の女性がサリーザに自身の胸を腕に押し付けていた。


 主張するように。

 その大きな胸を使って誘っている……。


「アーミィ様の、代わりになってくれませんか……?」


「……ゼウスさま、この女の煩悩を焼き払ってくれませんか?」


 指先に灯る青い光は、サリーザが受け取ったゼウスの力である。


 未遂とは言え、性的な暴力を仕掛けられたのだ、強力なゼウスの力で反撃してもこれは正当防衛だろう……。

 種族間の対立は落ち着いたが、個人的な対立は完全に沈静化はできていない……、好きな人がいれば嫌いな人もいるわけで……小さないざこざまでを操作することはできないのだ。


 王であれ、神であれ……本能的な対立を鎮めることは難しい……。


 そして、攻撃を受けたから反撃するのは当たり前である。勘違いだとしても、勘違いされるようなことをする方が悪い……、そういう対立なら望むところだった。


「土竜族だからじゃないわ、あんたみたいなレズに襲われるわたしの気にもなってみなさいよ……怖いわよ。だから先に潰しておくわ――危機回避よ、文句ある?」


「て、照れ隠し……? ――嘘よ、冗談だからその光をこっちに向けないで!」


 両手を上げて降参する女性に呆れながら……サリーザは横目でジンガーを見る。


 すると、ばちっ、と、彼と目が合った。……ジンガーも、サリーザの方を見ていた。ただしそれは、サリーザとは違う理由だろう……彼は目で訴えている――「助けて」と。


「……まあ、飛空艇で助けてもらったのは事実だし……」


 恩は返さないといけない。

 きっとジンガーは、「もう返してもらってるけど?」と言いそうだが――、サリーザの翼で助かった窮地があったのだ、そういうことを含めれば、サリーザの方が多く貸している状況である……しかし。


 そういうことではないのだ。


 助けた回数ではない。

 サリーザ自身が、深い闇の底から救い上げられたと感じたのだ……、命の危機を数度、救った程度ではとても返せない恩である。


 ジンガーは自覚していないだろうけど。


 サリーザが返したい恩は、一度や二度、彼の願いを叶えた程度で無くなるものではない。


 できれば一生……傍にいて彼を助けてあげたいものだ――。


「(でもそれって……フィクシーの役目を奪うことになるわけよね……)」


 だから遠慮している……、ゆえに、心のモヤモヤが残っているのだが――このストレスが爆発するのはさらに後になってからだった。


 今のサリーザは、恩を返したい以上の感情が眠っていることに、自覚がなかった。



「さ、サリーザぁ!?」


「分かったから。……もうっ、あんたもはっきりしないからよ」



 だから苦しむ子がいるってことを、早いこと気づいてほしかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る