第47話 救いの悪魔
大男がジオに飛びかかった。
速度は、そうあるわけではないが……、大きな体で目の前から飛びかかってこられたら、冷静に横へ避ける、ということができるまでに多少の時間がかかる。
その多少の時間が、避けられる時間を大幅に減らすのだ――ギリギリだった。
横に滑ったジオはギリギリで、大男の手から逃れられた。
だが、指が一本、掠っただけで、ジオの肩に鈍い痛みが走る……打撲、だ。
まるでそこだけ、トンカチで殴られたような痛みがあった。
指が掠っただけなのに。
プレゼンツを持っているわけではない……?
なら、純粋な筋肉と、腕力、握力による衝撃か!!
「……これは、骨が折れるな……」
本当に。
腕の二本、折られることは想定しておくべきだろう。
土竜族の大男・クランプとジオの視線を奪ったのは――外だ。
爆発音。
地上から伸びる黒い雷のようなそれは……、飛空艇よりもさらに上へ伸びている。
暗雲を晴らし、飛空艇から地上を見下ろすことができるようになったが……、さすがにその雷がどこから伸びているのかまでは分からなかった。
国や町は無事だ。
土竜族は空爆をしていなかった――、半ばしていないと確信していたが、それでも実際に目で見ると安心する……。
しかし、この雷の正体が分からないことには、今まさにこの雷が地上の国を破壊してもおかしくないのだ。
「……ゼウスさまに、続いてる……?」
飛空艇の側面で、サリーザが呟いた。
サリーザとジンガーの目的が足止めであることを知ったキプ=キャッスは、大急ぎでアーミィの元へ向かおうとしていたが……、
自由を得たサリーザに邪魔をされ、未だにそれは叶っていなかった。
キプを倒せなくとも、邪魔ならできる――、だからサリーザでもできたのだ。
「って、あ、あの人が……」
目を奪われたサリーザの脇を抜けるように、キプが飛空艇の中へ戻っていったが、気づいたジンガーには止められない。
サリーザは地上から伸びる黒い雷に視線を奪われていて、それどころではないらしいし……、ここは諦めるしかない。
時間稼ぎはできたはず。
今頃、フィクシーがアーミィを、なんとかしてくれている……はずだ。
打ち解けてくれているといいけれど……。
「サリーザ、思い当たることでもあるのか?」
飛空艇の出っ張りにしがみつくジンガーが、バランスを崩さないように注意して、サリーザに聞いた。だけど返事はなかった――、ぶつぶつと独り言を繰り返している。
「……黒い雷だけど、これはゼウスさまに与えられた力の軌跡、よね……? でもそれが黒くなって……、なぜかゼウスさまに戻っていながら、そこに『攻撃性』が加わってる……。
誰かが裏切って、ゼウスさまを攻撃している……――なんで!!」
これがなんなのか分かっても、動機が分からない。
翼王族からすれば、神とは親だ……、人間なら親に反発することはあるが、翼王族にはない。
神の使いと呼ばれる翼王族は、『神』が作り出した自由自在に操作できる存在である。
神が自ら『敵』を作り出したならまだしも、いつでも操作されてしまう立場でありながら反発するなんてことは、決してしないはず――なのに。
誰が裏切った?
神を攻撃し、どんなメリットがある……?
「ゼウスさまは――」
「サリーザ……、なんだ、あれ……」
上を見ているサリーザは気付けなかったが、下を見ていたジンガーは気付けた……、見えたのは、渦を巻いた黒い穴である。
おびただしい量の黒い腕が、手が、指が、地上の大地に伸びている……。
「え、」
国を飲み込むような大きな穴が、どんどんと広がっていく。
数多の腕を持つ本体が、這い出てくる……、滴る黒い液体が景色を塗り潰していき――それは誰も見たことがなかったものの、しかし翼王族は本能で分かっていた。
血に刻まれた『敵対者』の記憶である。
「冥府を開いて……呼び出したの……!?」
かつて、神に討たれ、冥府へ落とされた存在――【悪魔】のその内の一体である。
「……裏切り者が出ましたか。初めての事例、というわけではないですが……仕方ありません。最高でこそないですが、傑作だった『彼女』を作り直し、」
しかし、神である独唱・ゼウスの力が通用しなかった。
……、電子機器へ、リモコンの電波が届かない、というレベルではない。
こちらの操作を受け付けていない。
それはつまり、所有者が現時点から独唱・ゼウスではないことを意味している――。
「……なにが起きました?」
姿を持たない白い光の神――、全知全能とまで呼ばれている神でも、疑問に思うことがあるらしい。そして、概ね、神にそういう反応をさせるのは、『悪魔』である。
「……神に反逆し、自身を堕天させることで冥府の門を開いた……? 堕天した罪人を連れ込もうとする冥府の手腕をきっかけに、『悪魔』と交渉でもしたとでも言うのですか……?
彼女はなぜ、悪魔を……――この世界を再び滅ぼすつもりかッッ!!」
独唱・ゼウスが見たのは、滴る液体を持った……見えてはいるがそれが姿であるとは限らない……、ゆえに悪魔もまた、姿を持たない。
恐怖が視覚化したような悪魔に飲み込まれる彼女を確認した。
これで彼女は、牢獄から抜け出すことはできたが……しかし。
結局、悪魔に囚われていることは、変わらない。
「なにを望む――ネム=ランド」
「この世界の支配者になってください……俗称・アフリマンさま」
『それが貴様にとって、どんな利益になるのだ、ネム……』
大悪魔――俗称・アフリマンは、ネムランドから持ちかけられた交渉に頷いた。が、個人的に気になることだ。
相手の『願い』に興味を持たない悪魔が、その動機には興味があった……それほど、ネムランドの願いには違和感しかなかったのだ。
世界に強い恨みを持っているわけではない……、平和を望んでいる彼女だ。
なのに、悪魔に世界を委ね、しかも支配してくれなど――訝しんでも仕方ないだろう。
「敵の敵は味方……、だからこそ、一つの種族が頂点に立てば、それを引きずり下ろそうと二つの種族が手を組みます……。
引きずり下ろし、また別の種族が頂点に立てば、同じことが繰り返される……。
翼王族が上に立てば、人間と土竜族が手を組み、人間が上に立てば、土竜族と翼王族が手を組むなど……。そうして歴史は繰り返されてきました。
そして今は、土竜族を落とすために人間と翼王族が手を組んでいます。これが一種族しかいなかったとしても、同じことですよ……。
内部で派閥が分かれ、上に立つ者を蹴落とすことになる……そんなことが続いていくなら、絶対に三種族は仲良くなることがない――」
だからこそ、絶対的な強者が世界を支配することが望ましかった。
協力をしても絶対に倒せない敵がいれば。そして支配は殲滅ではなく、ただそこに君臨し、全種族が悪魔の奴隷となることでハードルを下げた平和が維持されることになる。
敵を倒せなければ常に手は組んだままだ……、それが三種族が終始、打ち解けている関係性でいられるのなら――悪魔に魂を売ってでも手に入れたいものである。
リスクはもちろんある。
だけど、リスクを負わずに欲しいものを手に入れることなんて、できないだろう?
「世界を支配されることでしか手に入らない平和があります」
『犠牲も出るが?』
「覚悟はしています」
『お前自身だとしても』
「それが理想ですよ、アフリマンさま」
彼女の覚悟を再確認した俗称・アフリマンが、ネムランドを媒体に、この世界に姿を現す。
失ったはずのネムランドの翼が背中から生えており……ただし、真っ黒だ。
彼女の容姿は成長しており、これまでは十代にしか見えていなかったが、今は二十代後半のグラマラスな容姿である……。
これが彼女の未来の姿、とも言い切れないわけだが……、年相応に成長した彼女の姿の中身は、ネムランドではなく、【アフリマン】である。
既に彼女は翼王族ではない……悪魔だ。
三種族を地に落とす、四番目の支配者の誕生だ。
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