第39話 本命たち
「兄上を、どうすれば無力化できるんじゃろうか……」
恐らく、側近の女性が数百、数千、数万いたところで、無力化はできないだろう……、期待していなかった。
プレゼンツを重ねたところで意味はない。
全てを弾き、冴え渡る頭脳で彼は勝利へ近づくはず……。
ならば、兄の想像を越えるプレゼンツをこの場で生み出すしかない。
……兄を無力化し、アーミィが勝利を手に入れることができる、最短の道は……、
「これじゃな」
「アーミィ様?」
「さて、目的が分かれば、あとは手段じゃ。どうすれば実現可能か……」
「今度はなにを作るおつもりで?」
「わしじゃ」
「??」
「一人じゃから、兄上の相手をしながらハニーの相手をしなくてはならなくなる。兄上にとって大切な妹が一人だから、固執するんじゃよ。
だからわしを増やせばいい……二人、三人? それくらいいれば、役割分担をして作業を同時並行できるってことじゃろう?」
側近は絶句していた。
理屈は分かるが、しかし実現可能なのだろうか……?
実現不可能でも、可能にしてしまうのがアーミィである。
現時点で無理なことは、時が経てば可能になっているのだから。
「少なくとも、兄上を満足させる『わし』を作ってしまえば、わしはハーレムを満喫できるってことじゃろ?
世界の支配者になるためには、やはり兄上を排除する必要があるが……しかし増やすことができるなら、減らすこともできそうなものじゃな……、応用じゃ。
血を見ることなく消すことができれば、一番良いはずじゃ。消去、再生……、ううむ、色々とアイデアが浮かんできているが、取捨選択しないと、とっちらかってしまいそうじゃ……」
アーミィが側近の女性を手招いた。
呼ばれた彼女が、アーミィに寄り添う。
「兄上とそれ以外の対処を任せてもよいか?」
「もちろんです。……アーミィ様は?」
「新しい製品を作る……初めての『生命』かもしれんが」
クランプが自身をプレゼンツにしたように。
プレゼンツに生命を与えて作ることも、可能なのではないか――。
「楽しい、楽しいのう……これだからやめられん。脳が今、弾けておる」
兄よりも新しい作品に意識を奪われているアーミィは、所謂、隙だらけの状態だった。
いま襲撃されたら彼女は抵抗できずに殺されてしまうだろう……。命よりも優先して、作品作りをしているはずだ……それほどまで熱中してしまう。
たとえ『ハニー』たちを放っておいたとしても。
「……ごゆっくりと、アーミィ様」
姫の邪魔をしないように、と傍を離れた側近の女性は、窓の外を見る。
……どうやって知ったのか、それとも直感か……。
飛空艇の外側からこの部屋へ近づいてくる者たちを見つけた。
土竜族の少年と、翼王族の少女である。
クランプから依頼を受けた、協力者だ。
「……邪魔はさせませんよ。説明して、帰ってくれるならいいですが……。それでもなお、邪魔してくるのであれば――落とします」
飛空艇から、であれば優しいものだ。
しかし彼女の言葉には抜けた言葉があった……『地獄』である。
地獄に落とす……それはつまり、地獄を見せることと同義である。
「クランプ様は囮で、本命がこっちであれば――こっちを始末すれば、ひとまず脅威は取り除かれたようなものですね」
だからこそ。
「加減はしません。徹底的に、排除します」
奇襲を仕掛けようとしたつもりが、逆に奇襲を仕掛けられようとしている……、油断しているジンガーとサリーザに、人生最大の脅威が近づいていく。
『とりあえずオレが囮になる。お前らは飛空艇の外――、機体にしがみついて移動してくれ。亀の歩みになるだろうが、アーミィの傍にいる厄介な女どもを相手にするよりはマシだろ』
『外って……、窓の外!? 冗談じゃないわ、移動する飛空艇から外に出れば吹き飛ばされるに決まってるじゃない!!』
『その翼はなんのためにあるんだ?』
『並走するためのものじゃない! 上へ飛び上がることは得意だけど、長時間の横移動は苦手なのよ……。それに、プロペラに巻き込まれて、バードストライクになったら……っっ』
想像をしたサリーザがゾッと体を震わせた。
……バードストライク……、回転するプロペラに飛ぶ鳥が巻き込まれる事故のことだ。
鳥よりは大きいとは言え、躊躇なく回るプロペラに巻き込まれれば、サリーザであってもひき肉状態だ……、だから翼があるから飛べばいい、などど、簡単に言わないでほしかった。
『飛べとは言っていない。しがみつけと言ったんだ。仮に手を滑らせたとしても翼を使えばリカバリーができるだろ……、その翼を補助として使え』
『簡単に言ってくれるわね……。翼があっても、しがみついて移動するのが簡単になるわけじゃないんだから……ッ!』
『んなもん、百も承知だ。それともオレがするつもりだった囮役と代わるか? 数百、数千か? 妹仕込みのプレゼンツが、お前らを襲うことになるが……。奇襲でなくともプレゼンツの集中砲火は、バードストライクよりも悲惨な末路になりそうなもんだが』
『船長こそ、集中砲火を浴びても、平気なのか……?』
と、ジンガーが口を挟んだ。サリーザは否定、ジンガーは肯定……と役目を分けて戦術の拡張を狙ったわけではない……単に性格の問題だろう。
サリーザは難癖をつけたがる。
ジンガーは良さを引き出し発展させる……、上手く歯車が回っているらしい。
『オレのことは気にするな……問題ない。
オレにしかできねえ囮役だ。だからお前らに、妹への奇襲を頼みたかったんだが――』
無理か? とは言っていないが、表情と声のトーンから、そう言われているように勘違いをしたサリーザが、『できないとは言ってないでしょ!』と、案の定、乗ってきた。
……こんな安い挑発に乗るとは、心配である……。
それとも、挑発的な言葉で背中を押して欲しかったのだろうか。
サリーザの中で、動くために必要な儀式なのかもしれない。
『うち、は……』
『フィクシーは留守番だ』
文句はなかった。
危険な空の旅に、フィクシーを同行させることはできないし、彼女もまた、自身が同行することを想像して怯えていた。
自他共に危険を認識しているなら避けるべきだ……、役割分担があるのだから、無理に同行させる必要はない。
『その、妹への奇襲だっけ……? 兄としては、いいの? 本当に?』
『ああ、遠慮なく頭に拳骨を落としてくれて構わねえよ。あいつは自由だが、負けた試合の後に、やっぱり「やりたいこと」だから強行突破するってことはねえな。
負けたら、負けを認めてオレに従うはずだ……、再戦を申し込んでくるまでは、あいつが支配者になることはねえ』
そして、それでいいのだ。
頑固で負けず嫌いだが、卑怯ではない。
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