第40話 vsキプ=キャッス その1

『ゲーム』として舞台を整えてしまえば、彼女は乗ってくるし、そのルール内で敗北すればなんでも言うことを聞かせることができる……、妹の扱いは慣れたものだ。


 兄でなくとも、条件さえ整えてしまえば操縦するのは簡単である。


『わたしとジンガーの奇襲で、倒せる相手なの?』


 小柄な体の少女とは言え、クランプの血を引いている……。

 拳骨を落としてもまったく効いていなかった、という可能性だってあるのだ。


『心配ねえ。あいつはプレゼンツを大量に生産できるが、それだけだ。オレみたいに肉弾戦に自信がある方じゃねえ……、まあ、そういうプレゼンツを使っていたら分からねえが』


『その場で臨機応変に対処しろってことね』


 と、アーミィの前に立った時のことを話しているが、そもそもそこまで辿り着けない可能性だってあるのだ……。

 遠くばかりを見過ぎて、目先の障害を乗り越えられないとしたら最悪だ……。翼を持つサリーザは安心だが、しかしジンガーは命綱一本だけである(しかもプレゼンツではない市販のロープである……耐久性は脆いと言う他ない)。

 ……気を抜けば落下して地上へ逆戻りだ……。こんなことならあの時、触手型のプレゼンツを奪っておくんだった、と振り返って後悔するが、今更である。


 ジンガーに使いこなせるかも分からないし……、一朝一夕で身に付くわけもない特殊なプレゼンツに頼るのは、避けた方がいいだろう……。


 とにかく、アーミィを保護する女性陣たち、通称『ハニー』はクランプが囮となり、引き付ける……その間に、ジンガーとサリーザが飛空艇の外側から、アーミィが潜む部屋を特定し、襲撃する――これが作戦の一部である。


『あんたは大丈夫なの? 自信満々だから、言うまでもないかもしれないけど……囮なんだからすぐに倒されるのだけは避けてよね』


『安心しろ……、オレを倒せる女が、この船に乗ってるとは思えねえよ……――いや』


 意外にも、クランプは一人だけ、該当する人物がいたようだ。


『……キプは、戦闘センスがあるな。ただ、あいつが出てくるとしたらオレの前だろう。いらない心配だったかもな……忘れてくれ』


 そう言われてしまえば、警戒を解いてしまうだろう……、サリーザもジンガーも、まさか立ち塞がる相手が、クランプが一目置く、実力者であるとは思わなかった。




「船の外側から襲撃とは、大胆なショートカットですね」


「……ショートカット? 嘘でしょ、めちゃくちゃ遠回りよ!!」


 命綱のロープと、壁に張り付くグローブ(プレゼンツ)を利用し、飛空艇の外周をなんとか這って移動していた二人の前に、なぜか背中に女性が立っていた……、足場のせいで斜めにはなっているが。

 斜めではあるものの、ぴんと真っ直ぐである……、全身の力を隈なく使って立つ姿は、只者ではないことを思わせる。


 作戦前に、クランプがぼそっと呟いた名を思い出したのは……ジンガーだった。


「キプ……だったっけ……?」


「そうですよ、私の名前はキプ=キャッス……、名乗った覚えはないですが?」


 クランプが一目置いていたことを言うべきか悩んだジンガーだが、彼が答えるよりも早く、キプ自身が勝手に予測したようだ。


「まあ、情報は出回っていますか……特にアーミィ様の近くにいる私を重要人物とでもラベルを貼っていたのでしょう……、先頭にある名前は覚えやすいものですからね」


「えっと……まあ、はい」


 否定し、訂正するつもりはなかった。


 いつも通りに会話ができるほど、しがみついている状態に慣れているわけではないのだ。


 不安定な足場だ……足場というか、滑り落ちていないだけで、乗っているとは言い難い。立っているのでもなく、寝転がっているのでもなく、引っ掛かっている……。

 手袋がなければとっくのとうに地上へ落下しているだろう。


 つまり、ちょっと小突かれただけで落ちる可能性がある。

 ……こんな状況で戦えるわけがなかった。


 しかも、クランプが危険視する実力者と、なんて――。


「……で、なにそれ。わたしたちの真似? 翼、よね?」


「本物には及ばないでしょうけど……プレゼンツですよ。『エンジェル・バック』……空を飛ぶことができます。

 自由に上下左右を移動できるわけではありませんが、一度の上昇と、その後は風に乗って滑空することができます……、つまり、足を滑らせたとしても、一度の上昇で戻ってくることができるわけです」


 サリーザができることに近い……それは、ほぼ翼王族の特権を再現できたということだ。


 翼という特権が、大量生産できる製品に奪われた……、翼王族の価値が奪われる……!


「サリーザと同じ……」


「一緒なもんですかッ!」


 キッ、と敵意を見せて相手を睨みつけるサリーザ……、

 翼王族としてのプライドが、偽物の翼を持った存在を許せなかったのだ。


「翼王族以上に、翼の扱いが上手い種族がいるもんですか……ッ!!」

「試してみます?」


 キプ=キャッスの挑発。


 ここで逃げることは、翼王族全体を落とすことになる……、だから。


「いいわ、証明してあげる……翼王族が最強ってことをッッ!!」


 翼の扱いに限れば、長けているのはサリーザだろう……しかし。


 ここは戦場であり、

 キプ=キャッスは、こう見えても場数を踏んでいる、元・兵士である。




 土竜族特有の黒い肌……、耳で揃えた金髪がより輝いて見えている。


 これまで彼女が見せてきた優しい瞳と表情は、アーミィ『様』に向けるためだけのものであり、敵対者に向けて見せるものではない――だから冷たい瞳だった。


 特別なのがアーミィだ、サリーザに向けるこの顔こそが、彼女の素である。


 キプ=キャッスが動いた。

 後手で対応するよりも、先手を取って討つのが彼女のスタイルである。



 歩けば滑るような不安定な足場……、飛空艇の輪郭を滑るように走り抜ける彼女は、サリーザへ接近している。

 選択肢は『ジンガー』もあったはずだが、しかし優先したのはサリーザの方だった。さすがに効率を考え、ジンガーを狙う、なんて大人気ない真似はしなかったようだ……。

 ただこれは、余裕があるからこそできることである。


 必死に喰らいつこうとしている二人は、既に勝機を見失っているとも言えた。


「その命綱を切ってしまえば……その後に軽く小突いて機体から剥がすだけで、二人とも戦線離脱――ですね」


 殴る必要はない。


 最低限の力で最高の結果を残すことができる。……囮役ではあるが、最終的にクランプを相手にすることも考えると、キプ=キャッスも力を温存しておかなければならない……。

 こんな子供に余計な体力を使うわけにはいかなかった。


 キプはサリーザとジンガー、二人の命綱であるロープを切った。……ナイフを取り出した様子はなかったが……? 見えない針でも指の間に挟んで、駆け抜ける際に突き刺して裂いた……?


 ぶつっ、とロープを頼りにしていたジンガーが、がくんと重力を感じる。


「うわっ……、ぐ、グローブの吸引力だけで……ッッ!」


 なんとか、しがみついている状態だった。

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