第38話 クランプvsアーミィ

「きてやったぞ、アーミィ」


『人払いはしておいたぞ……好きなだけ暴れられるな……兄上』


 飛空艇内、随一の広さを持つ部屋だ。

 全・土竜族を集め、朝礼をおこなったあのドーム型の広場である……。

 いま思えば、あの時には既に、翼王族が混ざっていたのだ。


 侵入を許したのは恐らく、アーミィの判断だろう。


 侵入には気づいていた……どころか、機体の周囲に異物が近づけば当然のように分かるのだ……。

 機械に疎いクランプには理解できないが、土竜族が作る『作品』はそういうものなのだろう?


「好きなだけ、か……さすがに飛空艇を壊さないように加減はするが……」


『兄上の拳で破壊されるほど、脆く作ったつもりはないんじゃがな……』


 静かな広場にぽつんと立っているクランプ……、彼と会話をしているのはアーミィの音声である。

 彼女は戦場に立ってはおらず、飛空艇内のどこかの部屋から音声を届けている……、安易に放送室であるとも言えない。


 であれば操舵室? 側近の女性たちを使えば、アーミィが必ずしも飛空艇を操るための部屋にいなくてはならない……わけではない。


 飛空艇の製作者がアーミィであるとは言え、誰でも操縦できるように作られている……、直感的な操作で、思い描いた通りに動かすことができる――。

 使用者が誰であろうと簡単に、最高の出力を出すことができるのが……アーミィが天才と言われる所以である。


「アーミィ、どこにいる?」


『言うたらつまらんじゃろ。どうせ自分を囮にして協力者に頼んでおるくせに』


「まあ、そりゃそうか……全部、筒抜けだよなあ、お前には。

 だけど見逃したってことは、そういうゲームであれば受け入れるってことなんだろ?」


『そうじゃな。兄上以外の土竜族は制圧済みじゃ。プレゼンツ同士の戦いは拮抗するものじゃが、対等に、よーいどんで戦った場合のみじゃ。

 先手を取ってしまえば圧倒して組み伏せることができてしまう……、もしくは条件次第では、じゃな。

 つまり奇襲を仕掛けたわしらが、兄上の仲間を既に制圧しておる……協力者はまだじゃが』


「そうか。で、ここでオレを集中砲火で倒そうって魂胆か……、いいぜ、受けて立ってやる。

 お前らのプレゼンツ程度じゃあ、オレを壊すことはできねえよ――」


 広場の壁の裏――天井には、プレゼンツを抱えた女性たちが潜んでいる……。

 クランプを狙い撃ちだ。

 全員が遠隔武器ではないものの、遠隔のプレゼンツでクランプの動きを止めてから、近接のプレゼンツで深いダメージを与える……、

 百人規模でチームワークを発揮されてしまえば、単独のクランプでは、いくら戦い慣れているとは言っても厳しいだろう……。


『壊せない? 壊せることを証明するための――実験じゃ、兄上』


「いいぜ、付き合ってやる。妹のわがままを聞くのが、兄の役目ってもんだろ」


 すると、壁に穴が空いた……、

 飛び出してきた飛び道具たちが、クランプの体を襲い――



 しかし、全てのプレゼンツが弾かれていた。

 弾丸はもちろん、飛ぶ刃も、形を持たない、ベクトルを得た熱線も――全て、クランプの体を貫くことはできていなかった。


 彼の周囲の床が傷ついている。


 まるで彼のダメージが全て、床へ移動したように――。

 だけど実際はきちんとクランプも受けている……、痛くも痒くもない、とまでは言わないが……、彼によると、くすぐったさはあるようだ。ただし、痛みはない。


 そのくすぐったさを痛みと言うのであれば、痛いのだろうが。


「終わりか?」


 クランプの瞳が左右、上下に動き、壁の裏、天井に潜んでいた女性たちを見る。

 別に、顔を覚え、後で復讐するつもりはないが、見られた側は勘違いするだろう……、咄嗟に顔を隠したために、二撃目のタイミングがバラバラだった。


 一斉に攻撃を仕掛けていれば対処がずれてしまい、数発くらいならまともに刺さるかもしれないが……いや、仮に刺さったところで繰り返しになるだろう……。

 直撃したところでクランプにとっては痛みにならない。


 壊すことができないのだから。


 ……彼の体は特化型プレゼンツの攻撃力よりも勝る、防御力を持っている――。




『(……プレゼンツは作れないくせに、自分の体だけは一心不乱に鍛えておるからのう……、なにが製作は苦手じゃ、バカ兄上め。

 鉄以上に硬く、筋肉を鍛え上げれば、それはもう製品じゃ。特化型プレゼンツと言ってもいいじゃろ……。

 それに、脳みそまで筋肉かと思えば、兄上は冷静な頭があるしの。他者に協力を依頼したのも、自分自身で全てをおこなおうとする単純さがないからじゃ――厄介じゃな。

 特化型の筋肉と、万能型の頭脳を持つ……前例がない、両刀の人間プレゼンツじゃ!)』


 操舵室とはまた違う別の部屋で、アーミィは兄の様子を見ていた……カメラ映像である。


 人間たちに流通していた製品のほとんどが、土竜族製のプレゼンツであり、武器や兵器でなくとも、土竜族の手が入っていることが当たり前になっている。


 ちなみに、カメラは違うが、監視カメラはアーミィの発明である。


 記録することだけに使われていたカメラの機能を拡張し、リアルタイムの映像を閲覧できる技術は、アーミィが広めたものだ。


 ……元々は彼女が大切にしている女性陣……通称『ハニー』の様子を観察したかったから生まれたものだが、アーミィの許可なくそれが公表され、製品となった。


 ……広まってしまうと、監視カメラを私的に利用できなくなってしまったのだ。

 ルールではなく、見られている側に警戒心が生まれたために、アーミィが望んだ映像が撮れなくなったからだ。


 素を見たかっただけなのだ……、

 カメラを警戒する彼女たちを見たかったわけではなく。


 ……くだらないことにこそ、熱量がかけられる。


 そうして生まれたものは、世界に変化を与えるのだ。


 もしも、監視カメラを生み出していなければ……、アーミィはこの場面で兄と同じ舞台に立っていたかもしれない。

 こうして遠くから声だけを届けることもなく、対面していたかもしれないのだ……。まあ、その場合は別の手段で兄とは顔を合わせなかったとは思うが。


 目的のために新しいものを生み出す……、


 それに長けているのが、アーミィなのだから。

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