第37話 掴みたいもの

 前髪の隙間から見えた瞳に、側近の女性がびくっと怯えた。


 ……兄と対立こそしているが、しかし兄が嫌いなわけではない……――それもそうだ。

 望むものが別であり、お互いがそれを邪魔しているだけであって、クランプがアーミィを、アーミィがクランプを……その人柄が嫌いだと言ったわけではないのだ。


 家族としては好きである。


 当たり前だが、対立していなければ、仲の良い兄妹でいられただろう……、今回に限り、進むべき道が違うからこそ、対立構造が取られてしまっているだけで。


 赤の他人が兄の悪口を言えば、当然、腹が立つ。

 たとえ側近と言えど、無意識に威圧してしまうくらいには……。


「そ、そんなことはありません! 申し訳ございませんでした……」


「バカにしていなければ、気にせんのじゃ。兄上をバカにしていいのはわしだけじゃ……わし以外がなにかをすれば、プレゼンツの餌食になってもらうからな?」


 うっかり言った本人だけでなく、彼女を支える女性たちと、壁に並ぶ女性たちがアーミィの脅しにゾッとする……。

 分かりやすい『痛み』であればどれほどいいか……だが、アーミィが側近の女性たちにおこなう罰は、主に羞恥が多い。


 もしくは組み替え――、人格や精神を無邪気に破壊するようなプレゼンツをわんさかと作っているのだ。

 彼女からすれば肉体的な痛みは論外であるらしいが、逆に言えば肉体に傷がつかない限りはなにをしてもいい、という、ストッパーがあるのかないのか分からないルールがある……。


 彼女によって、同じ体と顔でありながら、『別人』になった女性が何人もいる。

 彼女たちを不幸だ、と言い切るのは早計だろうが……、それでもなかなか受け入れがたい光景ではあった……。


 土竜の姫と呼ばれるアーミィは、クランプの妹、というだけで姫と呼ばれているわけではない……。姫であり、もう一人の王である……、なにも『持たない』少女ではない。


 彼女に人望があるのも、人徳以外に『製作者』としての才能が飛び抜けているからだ。


 ――天才。


 プレゼンツ製作において、彼女の質と量は、誰にも真似できない。



「ふわふわしとるんじゃー」


 側近の女性たちに挟まれながら体を洗われたアーミィは、火照った体を冷ますためにごろんと布団の上で横になっている。


 ぱたぱたと横でうちわを扇ぐ女性たちは、裸である。まるで男子の夢のような光景を横目で見ながら、「……うへへ」と笑みを見せるアーミィ……。


 今更だが、アーミィは自身の側近に『男性』を選んではいない。

 端から端まで『女性』で固めている。年齢の幅は広く、子供から老人まで……、老婆であってもハニーと言って、輪に混ぜてしまうのだ。

 言うまでもないことだが、アーミィは『正常』ではない。


『異端』とまでは言わないが、男性に興味を持たないところから、やはり本来、進むべき道とは違う方向へ突き進んでいるのだろう……。

 それが間違いであるとは、誰にも言わせないが……兄であるクランプも、これについては指摘していない。


 クランプ自身が(当然だが)若く綺麗な女性を好むのだ、同じ趣味嗜好を持つ妹を咎めることはできない。気が合う、とまで思っているくらいなのだから。


 とは言え、一人の女性を妹と奪い合うことだけは彼も避けたいところだが。


 むに。


「きゃっ」

「えへへー」


 ……というやり取りが繰り返される。うちわを扇ぐ女性が入れ替わりながら――大きいものから小さいものまで。アーミィの手の平がそれを鷲掴みにしていく。


 ……王様のような遊びだった。

 実際、片割れとは言え『王』なのだが……、クランプでもやらなさそうなことを、まさか妹がしているとは、夢にも思わないだろう……。


「体調はどうでしょうか、アーミィ様」

「さいこうじゃあ」


「胸の揉み具合ではなく、アーミィ様の体調のお話です」

「さっきよりはマシじゃな」


「……そのようで。胸の揉み方にも変化がありますね……、万全ではないのでしょうけど、疲労は抜けたようで安心しました」


 揉みつ、揉まれつの関係性であるため、揉み方でアーミィの体調まで分かるらしい……、普通は揉んだ側の感触で、相手の体調が分かるのだろうけど……。

 揉まれて分かるとは、側近を務める彼女も、そろそろ末期かもしれない。


「万全な日なんてこないんじゃ。日々、なにかしらのストレスを抱えているものなんじゃから――生み出すということは失っていることと同義……、であれば、万全に近い今の状態が、理想と言えるじゃろう」


「では」


「うむ――、


 アーミィが重い腰を上げた。

 誰の手も借りずに自身の力で立ち上がったのは、数日ぶりだ。プレゼンツの製作と女遊び以外で彼女がやる気を出すなど……明日は嵐が起こるかもしれない。


「嵐が起ころうとも、この飛空艇が落ちることはありません――なぜなら、」



「――わしはハーレム王になるんじゃあ!!」



 側近の声を遮るように、アーミィが叫んだ。

 部屋に響くその決意は、周囲の女性陣から微笑みを引き出した。


 今はまだ飛空艇内の女性だけだが、いずれは地上の人間、そして翼王族まで手が伸び――世界の女性たちを自分のものにすることが、アーミィの夢である。


 ハーレム王。


 つまり――


 戦争の最中、たとえ弾丸が飛び交う矢面に立ったとしても――夢の半ばで殺されたとしても。……達成できなかった悔いが残ったとしても、それでも、挑戦しなかったことで悔いが残らないなら構わない。


 兄の後ろにいるだけでは手に入れることができない『結果』を、取りにいこう。


 そのためにはまず、最大の障害であるクランプ(兄)を、排除する。


「飛空艇内のプレゼンツをかき集めるんじゃ……、まあ、どうせ兄上は使わないだろうが、だからと言って利用される隙間を作るわけにもいかんのじゃから」


 クランプが使わなくとも、彼の仲間は違うだろう……、その者たちからプレゼンツを奪い取れば、脅威は一つに絞られたも同然だ――クランプのみである。


 あの『人間プレゼンツ』さえどうにかしてしまえば、アーミィの独壇場である。


「待っていろ、ハニーたち」


 ぎゅっと握り締めたアーミィの拳が、開いたり、閉じたり……、その形は中途半端なところで固まる……なにを掴んだ?


 否。


 なにを揉んでいる?



「ぜんぶ、わしのものじゃあ!!」



 そして、内輪揉めは、最終局面へ――。

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