第36話 欲望の向き
「フィクシーを人質にする? そんなことしなくても、おれは手伝うけど……」
「それこそ同じ立場上、するわけねえだろ。
……妹を人質にされたら、従うどころか相手を殺すだろうな……、オレだったらの話だが」
「それは……おれもだけどさ」
意見が重なる。
クランプも、ジンガーも、手探りで話していたが、相手の胸の内が分かると、『絶対に裏切らない』という確信が得られた。
それだけ二人は気が合ったということだ……。
自分が信じ、大切にしていること……、それが危険に晒された時、どう動き、なにを捨てて、なにを守るのか……全てが一致するからこそ。
まるで自分のことのように、互いの人間性が理解できる。
「ふ――がっはっはっ、ジンガー、お前は『オレ』だな」
「船長こそ、『おれ』だよ」
まるで生き別れの兄と弟が再会したかのようなテンションに、サリーザもフィクシーも戸惑うばかりだった。
意気投合したようだが、あっという間過ぎて、プロセスが分からない。理解できなければ不思議なことは不気味に思えてしまうものだ……。
ジンガーが打ち解けているなら良い人なのだろう、といち早く警戒を解いたフィクシーが、二人の輪に混ざろうとする。
そして、蚊帳の外に置いていかれることを嫌って、サリーザが慌ててフィクシーの背中を追い……――こうして少女の二人も輪の中に合流した。
「真面目な話をすると、だ……妹を止めるには、会話はもう無理だ。……何度もやったが、ありゃ手に負えねえ……。だから、力で捻じ伏せることにした」
「なによ、結局、大切な妹も傷つけるってことじゃない」
「無傷ってわけにはいかねえだろうが……、だが、正直なところ、こっちも本気でやらねえと、先にこっちがやられるだろうぜ。手加減ができるほど余裕があるとも思えねえ」
「あの子、あんな見た目ですごく強いってこと……?」
集会で見た土竜の姫・アーミィは、彼の妹とは思えないほどに小柄だった。
しかし、それは年齢もあるだろう……、大人になればクランプに追いつく身長になるかもしれない。ただ現状、秀でた戦闘能力を持っているようには思えなかった。
「あいつ自身はな。運動神経も、良くはねえだろう……まあ、運動音痴ってわけでもないだろうが――肉弾戦なら簡単に制圧できるだろうぜ」
「…………そっか、プレゼンツ……」
「正解だ、フィクシー」
ぼそっと呟いたフィクシーの声に反応するクランプ。
彼の大きな手がフィクシーに伸び、頭に触れた。このあたりは妹を持つ者として、ついついやってしまうことである。
人の妹分でも自分の妹のように扱ってしまうのは、王である彼だからこそか……、さすがにジンガーは、他人の妹にこうはできない。
「…………」
「なーにヤキモチ焼いてんのよ。小さい男ね」
「うるせえな……」
サリーザに肘で小突かれ、小さく言い返す。
けれど、図星だったのでそれ以上に言葉は出なかった。
「あんなことでフィクシーがあんたから離れるわけないじゃない。もっと信じなさいよ」
「分かってるから」
それでも不安になってしまうのは、クランプが男として魅力的だからだ。男のジンガーから見てそう思うのだから、フィクシーからすればさらに魅力的に映るはずで……。
隣にいるだけでジンガーの自信が失われていく……元々、自信なんてないようなものだが。
「ん」
と、ジンガーに肩を寄せるフィクシー……、
言葉はなかった。
いらないのだ。
昔から、こうしてお互いに必要であることを確かめてきたのだから。
「うん……ごめん、もう大丈夫」
「ほら、フィクシーはこういう子なんだから」
「サリーザに言われなくても分かってるって」
なにその言い方!? とサリーザがジンガーに掴みかかっている。二人の間に挟まれ、あわわ、と助けを求めているフィクシーと目が合ったクランプは、肩をすくめた。
「せん、ちょ……っっ」
「やらせとけ。気が済んだら自然と落ち着くだろ」
きっと。
これまでもこれからも、こんな風に続いてきたし、続いていく関係性なのだろうと、他人のクランプが予想できるほどに分かりやすい関係性だった。
三角関係、だなんて邪推したのがバカみたいだった……、既に成立しているのだ。
これが完成形であるように……、サリーザが引っ張り、ジンガーがブレーキをかけ、フィクシーが背中を押す――三人揃えばクランプに匹敵する戦力になる。
「おい、夫婦漫才をしているところ悪いが、後にしてくれ。手伝ってもらう以上、隠し事はなしにしたいからな……こっちの詳細を教える。いいな?」
『夫婦漫才じゃないし!!』
「別にいいと思うけどな……土竜と翼王……――新しい関係性ができても」
「だーかーらー」
「サリーザ、もういいよ……なんか長引きそうだし……」
「否定しないまま突き進むのはわたしががまんできないの!!」
まあまあ、となだめるジンガーは、しかしサリーザに怒鳴られて押され気味だった……、これを見ていると、ジンガーは尻に敷かれるタイプである。
実際、フィクシーを相手にしても、主張の仕方こそ弱いが、全てにおいてフィクシーの言い分が通っているのだから。
「……協力を頼む相手を間違えたか?」
クランプの呟きは誰にも聞こえていなかったようだ。
これは役立たず、という意味ではなく、クランプなりの配慮である……。この三人を巻き込んで良かったのか? という疑問。
そりゃもちろん、良くはないのだろうが、しかし彼らだからこそ変えられるのではないか、と思っている……、妹のアーミィ、その支配欲を。
彼女の真意を暴けるのは、年齢が近く、クセが強い彼、彼女しかいない。
「アーミィ様。クランプ様が侵入者と接触しました……、どうやらアーミィ様を『止める』ため、協力を依頼したようです」
「この期に及んで『止める』、なんじゃな……。それとも、そういう『つもり』で依頼をしたのかのう――」
クランプの妹・アーミィは、指先と頬が黒く汚れていた……、汚れた指先で額から滴る汗を拭いたために、顔中が真っ黒になってしまったらしい。
珍しいことではない……彼女でなくとも、土竜族であれば同じように汚れることが多く、日常茶飯事である。
徹夜でプレゼンツを作っていれば、隈なのか汚れなのか分からなくなる。
「――できた! 新しいプレゼンツじゃ!」
「ありがとうございます。では、オークションを開催し、持ち主を決めようと思います」
「うむ。……手元が寂しいな、作りかけ――もしくは欠陥があったプレゼンツを運んでくれるかの……、ちゃちゃっと『製品』にしておきたいんじゃ」
「……お休みしてください。たとえ短時間の作業でも、相当な疲労が溜まりますから。クランプ様との一戦が控えていることを考えると、アーミィ様には万全な状態でいて頂かなければ……」
「わしにとっての休息は作業なんじゃが……まあ、分かった。
可愛い可愛い『ハニー』たちのお願いなら聞かぬわけにもいかんじゃろう……、お風呂に一緒に入ってくれるか? せっけんが苦手じゃ。あれは目に入る……。
目に入らないように髪が洗えるプレゼンツでも作ってくれないもんかのう」
「シャンプーハット、というものがありますので。……それにしても、髪はお切りにならないのですか? 顔が隠れてもったいない気がしますけど……」
「こだわりはないぞ。めんどうだから切っていないだけじゃ……、しかし、さっぱりし過ぎてもいかんな。視界の悪さと頭の上の重さで慣れてしまっているんじゃ、急に軽くなったら不調になるかもしれん」
「……では、散髪はまたにしましょう……とにかく今は、湯舟に浸かって疲れを取りましょうか。私が全身、隈なく洗って差し上げます」
「うむ、くるしゅうないぞ」
アーミィの側近である(日によって担当している女性は別だ)女性が周囲を見回し、壁に並んでいる女性の中から数人を選んで、視線で呼ぶ。
呼び出された女性たちは(中には子供も混ざっている……)指示を出されていなくとも『なにをするべきか』を自力で導き出しているようで――、
立つ気がないアーミィの肩や腰、腕や足を掴んで持ち上げた。
「はふう……幸せじゃなあ……可愛い女の子に抱えられるなんて……」
「アーミィ様も、同じく可愛い女の子ですけど」
「わしは可愛くない。化粧をしなければ見た目にも気を遣わんしのう。胸も小さい、お尻だって綺麗な形じゃないし……贅肉もついてるし……背も低いし――」
「そう卑下なさらないでください。アーミィ様が劣等感に感じているそれは、我々からすればチャームポイントですよ。
可愛いじゃないですか、小さな胸……お尻も綺麗ですし、贅肉と言うほどじゃないです……健康的な体ですよ? 小柄な体格も、こうして抱え上げることができるのですから……クランプ様に似なくて良かったですね」
「――兄上をバカにしてるのか?」
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